閑話 トリックオアトリート
2019年のハロウィンに小説家になろうに投稿した閑話となりますので季節感無いのはご容赦を……
あと三人称です
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74
「――明日は十の月の最終日です!」
「……ん?」
「明日は十の月の最終日です!!」
訓練の後、備品の整備をしている秀彦の元に、息を切らせて銀髪の少女が駆け寄って来た。その満面の笑みは実に可憐であり、薄っすらと汗を浮かばせながら浮かべている笑みは実に愛らしい。しかし、その愛らしい姿とは裏腹に秀彦の心を支配した感情は”不安”という感情であった。
「で、お前は何が言いてえんだ?」
「つまりはハロウィ……」
「却下だ!」
「ぇえっ!?」
にべもなく断る秀彦に、この世の終わりのような顔をする棗。無理もない、十月最後の祭りと聞いて秀彦の脳裏に浮かぶのは、ロクでもない幼馴染の悪戯の数々。この一見清楚な幼馴染は、見た目に反して”やんちゃ”な一面を持つ事を、彼は身を持って知っているのだ。
「なんでだよぉ? お祭りだぞ? 面白いんだぞ? お菓子欲しくないのか?」
「収穫祭やりたいなら神嘗祭でも新嘗祭でも好きにしろ。時期もほぼ一緒だし日本の一大イベントだ」
「は? 何言ってるんだゴリラ? ここは日本じゃないぞ」
「ハロウィンも異世界には無ぇし、日本の祭りでも無ねぇ!!」
なんだかんだと言っているが秀彦は知っている、この少女がしたいのは収穫祭でも悪霊を追い払いたいのでもなく、ただただ悪戯をしたいだけなのだと言う事を。
「とにかく。明日はハロウィンするからな! お前もちゃんと準備しておけよ?」
そういうと棗は、秀彦の返事も聞かずに勢いよく去っていく。恐らく城内の人間全員にハロウィンを強要するつもりなのだろう。そしてこの世界の人々は、それがどれ程ひどい結果を生むのか理解せずに快諾してしまうのだろう。
「……面倒くせぇ」
ぶつくさ文句を言いつつ、秀彦は翌日の
……――――
「ハッピーハロウィーン!」
「は、はっぴぃはろいん?」
起き抜けに謎の呪文を唱えられたが、何とか同じように返すコルテーゼ。聞き慣れない挨拶ではあったが、前日に概要の説明をされていたので何とか返すことが出来た。
が、目の前で起き抜けにテンションを上げていく少女の姿には得体のしれない不安を覚える。
この少女は普段は真面目で心優しくまさに聖女と呼ぶに相応しい人物なのだが、時々恐ろしい勢いで明後日の方向に突っ走っていく悪癖を持っていた。過去にそれで何度か酷い目にあったコルテーゼにはその空気を感じられるようになっていた。間違いなくこれは良くない事が起こる前兆であると。
「コルテーゼさんはメイドさんのコス……仮装ですね! 大変似合ってますよ!」
「これは自前の仕事着でございます!!」
「さあさあ、僕”も”仮装してきますので少し待っていてくださいね」
「”も”ではありませんからね!?」
呆れるコルテーゼを置いて一人衣装部屋に走る棗。メイドであるコルテーゼとしては、棗の着替えを手伝いたい所ではあるのだが、前日に絶対覗かないで下さいと言われていたので寝室にて待機する。
――暫くの間、可愛らしい仮装を期待しつつ待っていたコルテーゼであったが、棗がいつまでも出てこないことに不安を覚え始めた。いくらなんでも遅すぎる……と。
「……ナツメ様?」
見るなと言われていたが、ノックの後にドアを開く。早朝であるにも関わらず中は薄暗く、恐ろしい程静かだった。
……コルテーゼの胸に不安が過る。
「ナツメ様! ナツメ様!?」
……ぬるり
「なっ!?」
足元に感じる嫌な感触。コルテーゼはこれを知っている。かすかに鼻をつく鉄のようなその香りも。物陰に隠れてよく見えないが、”ソレ”はクローゼットの影から流れているように見える……
「ナ、ナツ……メ様……」
怖気が走り、コルテーゼの心拍が上がっていく。呼吸をするのも難しい程心は乱れ……
突然後ろから何かが抱きついてきた。振り向いたコルテーゼの視界には悍ましい仮面が映り込む。
「…… トリックオアトリート」
「キィヤァァァァァァァァッ!?」
めったに聞けないメイド長の悲鳴がこだました。
――――……
「……はじめやがったか、あのバカ」
秀彦はため息を吐き、来たるべき襲撃に対しての準備を開始する。懐にしまったお菓子を確かめ、いつでも根の盾ラシーヌ・ブークリエを召喚できるように意識を集中する。そんな戦にでも行くかのような雰囲気をまとった秀彦の顔を、猫耳カチューシャを付けたトリーシャが不思議そうに覗き込む。
「ヒデヒコ様、一体何が始まったのです?それに今の悲鳴……」
「多分棗の仕業だ。あいつが動き出しやがったんだ」
「ああ、昨日おっしゃられていた、はろ、いん? でしたか? 仮装してお菓子を渡したり悪戯したりするという……」
「 …… ぬぁぁぁ!?」
再び遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「いまのはウォルンタースさんの声だな、やられたか……」
「え、え、はろいんとは収穫祭のようなものなんですよね!?」
「そういう一面もあるが、あのバカにとってはそれはオマケにすぎない。いや、オマケどころかそんな物どうでもいいと思ってる」
怪訝そうにするトリーシャに秀彦が手招きをする。何かを期待して嬉しそうに駆け寄るトリーシャだったが、突然目の前に突き出された握りこぶしにその勢いを止められる。
「ヒデヒコ様?」
「手を出せトリーシャ」
どういう意図かは解らないが、とりあえず差し出された手にポトポトと何かを落とされる。どうやら、あの握りこぶしはこれを握っていたものらしい。
「これは……飴ですか?」
「そうだ、もしも今日、棗のバカを見かけたらこれを投げつけろ。一応出現する時には”トリックオアトリート”という声がするはずだ。いいか、返事などするな、とにかく声のした方にこれを投げつけろ、できれば全力で、だ」
「ど、どういう事なんでしょうか? ナツメ様はお優しいお方ですよ? そんな魔物みたいな扱いは……」
「甘い!!」
「ひぇっ!?」
顔を両手で包まれ赤面するトリーシャ、しかしそんな彼女の姿など気にもとめず秀彦は続ける。
「ハロウィンの期間中のあいつは危険な魔物だと思え。姿を確認したら高確率でロクでもない事になる。最悪死ぬと思え!」
「ひゃ、ひゃい!」
真っ赤になりながらコクコクとうなずくトリーシャ。それを確認した秀彦は、彼女の顔から手を離すと、まるで冒険にでも出かけるような完全武装で立ち上がった。
「それじゃあな、俺はこの場所を離れる。お前も気をつけろ、セリフを言い切らせる前に飴を投げれば大丈夫だ。俺の場合はそうはいかないだろうが、お前ならそれで見逃されるはずだ」
「ひゃ、ひゃい!」
同じ言葉を繰り返すトリーシャ、余りに近くで言われたため彼女の脳はショート寸前になっていた。
「はふぅ……」
秀彦の出ていったあと、トリーシャは腰砕けになり、床にへたり込む。いくらなんでもさっきのあれは純情な乙女には刺激が強すぎた。トリーシャがそんな熱の余韻を味わっていると……。
「あれぇ、ゴリラはここにはいないんだね?」
「ひぃっ!?」
突然背後から声をかけられる。慌てて振り向くが、そこには誰もいない。誰もいないが誰かがいる!
「え、え!?」
「まぁいいや、トリーシャちゃん。トリックオアトリート……」
あれほど注意をされていたのに彼女は秀彦の言葉を失念していた。
声が聞こえたらすぐに飴を投げろと言われていたのに……。
「キ、キャァァァァッ!?」
――――……
――遠くに聞こえる悲鳴。方角的に自分の部屋である事を秀彦は悟った。
「……トリーシャがやられたか」
秀彦には、トリーシャが一体何をされたのかは分からない、想像もしたくはないが、洒落にならない悪戯をされた事だけは想像できた。困ったことに、彼の親友はこういった事に最大限の労力を費やす事をいとわない。むしろ嬉々として数ヶ月という準備期間を設けていたりする。その周到な悪戯の数々には毎年犠牲になってきたのだ。あの聖女は、この世界にも暦があり”十の月”という月があると知った時、おそらくはこの世界に来たその日から着々と準備を進めていたに違いない。そう思うと秀彦の体はブルリと震える。
あの
「唯一対抗できるのは姉貴ぐらいか。あれはあれでぶっ壊れてっからな。まぁ今年は俺も万全の体勢で迎え撃つつもりだ、幸いあいつと俺の身体能力には大きな隔たりが出来た。いきなり襲われても対処は容易い」
毎年、友人に対して手を変え品を変え悪戯してくる棗ではあるが、中でも秀彦に対しては容赦のない内容が多い。二年前には古い井戸を利用した落とし穴に落とされた挙げ句、上から大量の蛙を投下された。しかも数十匹だ。あの日の為にオタマジャクシから育てたらしく、秀彦が動こうとすると蛙が傷つくと怒られた。理不尽すぎる。
「あの後、蛙は全て回収して生涯面倒を見たらしいからな。あいつのハロウィンへの気合は本物異常だ。とりあえず姉貴と合流して……」
――それを言い切る前に、秀彦の背筋を冷たいものが流れた。走っている廊下、その突き当りに見慣れたものが落ちていたからだ。
「うそ、だろ……」
それは秀彦が棗への対抗手段の切り札と考えていた姉の、変わり果てた姿だった。
「姉貴、大丈夫か!!」
「……ぅぅ、ヒデかい?」
なんとか意識はあったものの、憔悴しきったその表情は、肉親である秀彦ですら見た事がないものだった。
「マジか、あいつとうとう姉貴にも勝ったのか」
「はは、弱点を突かれてしまってね、今年の棗君は本当にヤバイ。気をつけたほうが良いよ」
「一体何をされたんだ?」
「ふ、ふふ、私が持っている斧そっくりのレプリカが私の部屋に置いてあったんだ。どれも精巧に作られていて、その手間と技術に驚かされたよ……」
「それだけか?」
「そのレプリカは全て刃の部分が抜け落ちる作りになっていてね、トリックオアトリートの声に反応する間もなく全ての刃が地面に、う、うぅ……」
「何がそんなに辛いのか分からんが、相変わらず手間を惜しまないな、あいつ。しかも無駄に器用だ……」
何がそこまで友人を掻き立てるのかわからないが、とにかく今年の棗の危険度は以前より酷そうだと秀彦は戦慄する。
「ヒデ、私は慢心から奇襲を許し敗北してしまった。だから使うチャンスが無かったけど、これを渡しておくよ」
「……これは?」
「対ハロウィン棗きゅん用兵器だ。これを使って皆の敵を……ぐふっ!」
「姉貴ーっ!!」
部屋で襲われたという葵が廊下に倒れていたという事は、最後の力を振り絞ってこれを秀彦に託そうとしたのだろう。秀彦はそれを受け取ると決意をもって決戦の場へ向かう。途中、何人かの悲鳴が聞こえたが、それに心を乱される事もなく秀彦は棗の部屋の前に立つ。
「逃げ回るのは性に合わねえ、はいるぞ棗ぇ!!」
返事はない。しかし、この中に棗が居る。そんな確信が秀彦にはあった。
扉を開け放ち室内に入る。
直後、ありえない光景が秀彦の眼前に広がった。それは墓地。室内であるはずなのにそこには広大な墓地が広がっていたのだ。真っ暗な宵闇の中に、オレンジの光を放つかぼちゃのランタンが点在している。
「くそ、幻術か。例の杖だな。厄介なもの手に入れやがって……」
こうなると自分の視覚情報は当てにならない。秀彦は目を閉じると五感からの情報を遮断し、自分に迫りくる敵意にのみ集中する。
「 …… トリックオア」
「そこかっ!」
声のした逆方向、そこに向けて根の盾ラシーヌ・ブークリエを構える。何かがぶつかった感触と同時に室内の幻術が消えた。
「見えた!!」
目の前にはかぼちゃの意匠をあしらったローブに身を包んだ棗が倒れていた。足元には隠者の仮面が落ちており、仮面が外れたことにより棗の隠密は解かれていた。この千載一遇のチャンスを見逃す秀彦ではない。
「悪戯に
「もがぁっ!?」
立ち上がって正面から向かって来ようとする棗の口に葵からもらった最終兵器(超高濃度ウィスキーボンボン)をねじ込む。正確にはウィスキーではなく、口にしたものを一瞬で酩酊状態にする魔法薬の類らしいが、味も香りもウィスキーのそれなのでこう呼ぶ事にしていた。
秀彦に襲いかかろうとしていた棗は、フラフラとしながら勢い余って秀彦にもたれかかり、そのままぐったりと動かなくなった。
「説明は聞いてたが、とんでもない威力だな。感謝しろよ棗? これを姉貴に使われてたら、お前タダじゃ済まなかったところだぞ」
恐らくあの姉の事、酩酊状態の棗に色々な悪戯をするつもりだったのだろうと秀彦は考える。
「とにかく今年はおれの勝ちだな。ハロウィンで勝ち負けってのも意味がわからねえがよ。……おい、棗、そろそろ起きろ」
「……」
ペシペシと頭を叩くも反応がない。体から力が抜けていないので意識はありそうだが、棗は反応をしない。
「おい、棗?」
「……えへへ」
胸元に顔をうずめた棗から気の抜けた声が聞こえてきた。やはり棗の意識はあると確信した秀彦だが、そうなると一つ謎がある。何故、意識があるのに棗は自分の体にしがみついたまま動こうとしないのか、と。
「つかま~えた~えへへ」
「お、おい、棗?」
「捕まえたから悪戯しちゃうぞ~」
「な、おま!?」
焦点の合わない目で自分を見つめ、徐々に近づく棗の顔。
「や、やめろお前、お菓子ウィスキー食べたから悪戯はだめだろ!?」
「ん~、僕よくわかんにゃいな~」
自分の勝利であるから悪戯されないと油断していた秀彦は、相手が現在酩酊状態、ただの酔っ払いである事を失念していた。色々と説得を試みるも、全く会話が成り立たない。
「やめろ、このバカ! 何する気だおいぃっ!?」
「ん~悪戯だにゃ~」
目を閉じどんどん近づく棗の顔。いよいよ二人の距離は息がかかるほどに近づき……
「お、おいぃ、マジでやめろって……」
まさに接触しようかと思われた瞬間。
「……うっ」
「う?」
「きもちわるぃ……」
「な、おい、まさか、やめ!?」
「お、おぇ……」
「うわぁぁぁぁぁっぁっ!?」
――初めて勝利したハロウィン。しかしその代償は、かつて味わったどの悪戯よりも悲惨な結果を産んだ。来年からは大人しく悪戯を享受しようと心に刻み込む秀彦だった……。
翌日、城の要人全員からやりすぎだと数時間説教を食らった棗は、次の年からは笑って許される範囲の悪戯をするようになったとかなんとか。
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