第二話 聖都からの招待状

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 ――僕が準備を終え通路を歩いていると、丁度先輩と秀彦も謁見の間に向かう途中だった様で謁見の間の扉の前で合流することが出来た。

 今日の先輩は軽鎧姿ではなく、胸元の大きく開いた赤いドレスを身に着けている。パーティのときとは違って、そんなに派手な意匠ではないけど、美人な先輩が身につけるとすごく綺麗だ。


 それにしても、先輩は本当に赤が好きだね、軽鎧姿も赤を基調にコーディネートしてるみたいだし。それに、髪の毛が金髪になってからの先輩は、こういう服が本当によく似合ってる。ああ言う胸元を強調した服なのに、先輩が着ると下品には見えないのも凄いね。僕が着たら……うん、自虐は良くない、忘れよう。


「やぁ、棗君。今日は一段と可愛らしいね」


「先輩も、すごく綺麗だね!」


「ぷぉっほぅ!? そんな可愛らしい笑顔で!! 何だろう、最近棗君のデレ期を感じる。何々!? 死ぬの? もしかして私、明日死ぬのかい!?」


「揺らすなバカ姉貴! 服が汚れるだろ!」


 今日も元気に何かをボタボタ垂らす先輩と、今回も微妙に僕から目をそらす秀彦。先輩の鼻から垂れるキラキラが秀彦の服を汚しそうで怖い。ていうか、先輩が赤い服好きなのって、ヤッパリそれが理由なの?!


 ……まあ、それより秀彦だな。コヤツ、また僕のドレスを見てくれないつもりでは無かろうね?


「ふふーん」


「な、何だよ?」


「なにか言うことはないかね、親友殿?」


「う……」


 露骨に目線を逸した秀彦に態と近づいて顔を覗き込む、今は此奴がどうしてこう言う態度になるのか解っているので、僕の悪戯心がムクムクと首を擡げるのだ。うひひ、普段堂々としている秀彦が狼狽える姿はちょっと面白い。


 ――と、何だ? 突然まっすぐこっちをみたぞ。その表情はどういう感情だ?


「今日のドレスも良く似合ってるぞ棗」


「な、なぁぁぁっ!?」


 と、とととと突然何を言い出すんだこのゴリラは、あわわわ!? や、やめろ、まっすぐに僕の目を見るな!!


「うくく、中々意地悪な返しをするじゃないかヒデ。ナツメきゅんに効果は抜群だったみたいだぞ?」


「何言ってんだ姉貴? まだ慣れねえけど、この間の一件で、こう言うのはきちんとその場で正直に言ったほうが良いってのが解ったからな。これからは似合ってるものは褒めて行く事にするぞ俺は」


「あぅぅ……」


 なんだこのゴリラ、いつの間にこんな状態異常魔法習得したんだ。うぐぐ、動悸と息切れが止まらない。だれか僕に○心を……


 しかも言っている事が真っ当過ぎて、これじゃあ秀彦を誂おうとした僕が、ただただ自爆しただけになっちゃったじゃないか。


「ナツメ様、殿方が褒めてくださったのだからちゃんとお礼を返しませんと」


 僕が恥ずかしさから、髪を掴んで顔を隠すようにしていると、後ろに控えていたコルテーゼさんが僕の背中をちょいちょいと突いてくる。ぐぬぬ、わ、解ってますよぅ。


「あ、ありがとう秀彦。秀彦もそれ、よく似合ってるよ、格好いい」


「う、ぐっ!?」


 ちょっと気恥ずかしかったので、ちょっと俯きながら正直に褒めてあげたら、今度はゴリラが照れ始めた、これはリベンジなったかな? 何の勝負か分からないけど……


「うーん君らはどれだけ眺めていても飽きないねえ、ナチュラルに殺し文句を言うキラーゴリラに、これまた意図せず上目遣いで反撃するナチュラルボーンラブコメ聖女か……」


「な、なんですかそのへんな称号は!!」


 まったく先輩は口を開くとろくなことを言わない。


「――ちょっとぉ、私をのけものにしてドアの前でいちゃつかないでくださぁい!!!」


「ひえっ!?」


 僕等が扉の前で話していると、勢いよく謁見の間の扉は内側から乱暴に開かれ、中から豪奢な王族の衣装に身を包んだセシルが現れた。って、王様が謁見の間から出てきちゃって大丈夫なの!?


「全く、目を離すとすぐ貴方方は! 良いですか? 無駄に行われるイチャつきは悪です、何の生産性もありません。ですが私の眼の前で行われるイチャつきには高い栄養素があるのです。ですので、イチャつくならしっかり私の前でするように、良いですね?」


「訳が分からないよ!?」


 セシルは普段は落ち着いた美人さんなのに時々こうやって訳のわかんない事を言い出す。この国大丈夫かな?

 あと、先輩は何を神妙な顔で頷きながらサムズ・アップしているのさ……意味は解らないけどなんか腹立たしいな。


「取り敢えず早く入ってください、王族っぽさを演出するのは結構大変なんですからね? あ、私戻って王座に座るので、入るのは五分後でお願いしますよ?」


「えぇ……」


 そう言い残して扉を閉めると、辺りは静けさを取り戻した。扉の横にいる騎士の皆さん、良く真面目な顔で直立していられますね? 前に、セシルは僕たちが来てから変わってしまった、みたいなこと言ってたけどあれ嘘ですよね? コルテーゼさん、絶対これが素ですよね?


 ――何も言ってないのに露骨に目を逸しましたね。


「とりあえず中にはいるか?」


「そうだね!」


 僕等の言葉に反応して、スッと扉を開いてくださる騎士の皆さん。すごい、全く動じないから、全然話を聞いてないのかと思ったら、ちゃんと僕等の会話を聞いていたんだね。つまり、先程のセシルの姿にも、彼等はまったく動じていないんだ、プロだな。


 開かれた扉の先には赤い絨毯が敷かれており、その向こうに王座がある。王座に座ったセシルはこちらに向かって優しく微笑みかけると、凛としたよく通る声で挨拶をする。


「よくぞお越し下さいました、勇者様方」


「いや、仕切り直しは無理だからね!?」


 すごい、何事もなかったかのように女王様しようとしてる、ある意味プロだね。ドン引きだよ!


「どうなさいましたか? 聖女ナツメ様」


「すげえな、これが王族か……」


「さすがの私もこれにはドン引き」


 本当にすごいよセシル、僕は先輩があんな顔してるの見たこと無いもん。恐らくこの世で唯一先輩をドン引きさせた人間なんじゃないかな? セシルは。どうやらこのまま突き通すつもり見たいだね。王様の心臓は鉄で出来ているのかな?


「本日皆さんをお呼びしたのは、皆様。特にナツメ様にお願いがあるからでございます」


「僕に?」


「はい」


 なんだろう、どうやら本当にこのまま真面目な話になるらしい、ちょっと違和感はあるけどこのまま聞いてみよう。


「実は先日、聖都より書簡が届きました、今回の勇者召喚の内容が聖都に伝わった様なのです」


「……聖都?」


「――そこからは僕が説明しよう」


 横から声がかかり、カローナ殿下が現れた。そう言えば殿下、初めてお会いしてから魔王軍襲撃とか、復興とかで何だかんだ殆どお話してないんだよね。あの日、折角僕を傭兵に誘ってくださったのに、その後お話できてなかったのは申し訳なかったな。


「ご無沙汰しております、アオイ様、ヒデヒコ様、そして、ナツメ様」


 爽やかに最敬礼をし、バチコーンと音が出そうなほどの見事なウィンク。イケメンがやると格好いいなあ。こんなの秀彦がやったらどうなるんだろうね?


 ――う、危ない、吹き出しそうになっちゃった。虫が目に入ったゴリラだ、これ。


 お? そのゴリラがちょっと不機嫌そうだぞ、珍しい。こいつ基本的に人当たり良い筈なのに、何でか殿下とは微妙に馬が合わないみたいだ。何でだろう、心が狭いぞ?


「カローナ殿下、お久しぶりです。それで、聖都というのは何なのでしょう?」


「はい、ご説明させていただきます。皆様はこの世界にサンクトゥース以外の国があるのはご存知ですね?」


 えーと、セシルにも聞いたし、座学でウォルンタースさんにも教わったなあ、なんだっけ?


「帝国エアガイツ、エルフの王国ティリア、それに獣人国ベスティアだったかな?」


「そうです、さすがはアオイ様」


「おお、姉貴すげえな、俺は忘れてたぞ」


 ゴリラは安定のゴリラ脳なので忘れてしまっていたようだね。まあ、僕も忘れてましたけどね! 口にはださないけど!!


「その三カ国に我がサンクトゥースをいれた四カ国を纏めて、四大国家などと呼びます。他にも小国がありますが、国の規模の大きさからそう呼ばれている訳です。そして、形式上国と言う訳ではありませんが、四大王国に多大な発言力を持つ都市があるのです」


「……一都市が?」


「はい、私達は女神マディスを崇めるマディス教に属しているのはみなさんもご存知ですね?」


「……もちろんだ!」


 ……こいつ、忘れてたな絶対。


「そのマディス教の総本山とも呼べる都市、聖都カタフィギオ。サンクトゥースの中の一都市でありながら、その発言力は四大国家以上と言える都市です」


 ふむふむ。そう言えば元の世界にもそんな国があったなー。たとえ小さな国だとしても、宗教というのは心の支えだから、どこの世界でも強い発言力を持っているものなんだな。ん、ゴリラは既に理解を辞めた顔をしているね。頷いていても僕には分かるぞ。先輩は飽きちゃったのか、大きな欠伸をしている。自由だな君ら!?


「今回皆さんをお呼びしたのは、その聖都カタフィギオが理由なのです」


「どういう事? セシル」


「先日、兄が帰国した際に、その聖都カタフィギオからの書簡を持ってきたのです」


「そう、僕も中身は知らなかったのだけどね」


「その手紙にはなんて?」


「……」


 僕の言葉にセシルの表情に少しだけ影がさす。何だろう? 何か良くないことが書いてあるのかな?


「……セシル、隠しても仕方がないだろう? それに別に悪い話という訳でもない」


「そう、ですね。端的に申しまして、聖女ナツメ様、貴方を聖都カタフィギオにいらっしゃる教皇猊下が是非お招きしたいとの話なのです」


「ふむふむ」


 それのどこに問題があるんだろう?


「それは、何か良くないことなのかい?セシル」


「いえ、そのような事はない筈なのですが、その……」


「歯切れが悪ぃなセシル。らしくねえぞ?」


「我が国の恥部を語るようで恥ずかしいのだが、聖都カタフィギオはマディス教総本山であるがゆえの問題を抱えているんだ」


「……問題?」


「それを聞いた上で、ナツメ様には聖都に向かうかどうかを決めていただきたいと思います」


「……」


 なんだろう、そんな言い方をされたら不安になるじゃないか。僕はセシルの次の言葉を、待つことにした。

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