第三話 聖都と教会聖騎士団

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「聖都カタフィギオ、女神マディスを崇めるマディス教徒であれば、誰もが一度は訪れたい神聖な都市。ここサンクトゥース王都にあっても、住民たちは目覚めの祈りと、寝る前の祈りをカタフィギオに向かって行います」


「ふむふむ」


「かく言う私もこの祈りを欠かした事は一度としてありません。カタフィギオとはそれほどこの国にとって。いえ、すべての国家にとって特別な都市なのです」


「ん? さっきの口ぶりからすると、セシルたちはその聖都カタフィギオってのを、あんまり良く思ってないんじゃないのか?」


「とんでも御座いません!!」


 秀彦の言葉に声を荒げて立ち上がるセシル。こんなに感情を見せるセシルは珍……僕絡み以外では珍しい。それにしてもなんて失言するんだこのゴリラめ! 皆の前でなければ一発蹴っ飛ばしてるところだぞ。


「聖都カタフィギオは私達マディス教徒にとって最も大切な土地。そんな場所を嫌うなどという不敬は、たとえ王族と言えど許される物では御座いません」


 珍しく怒りの感情を見せるセシルに、僕も秀彦もそして先輩も驚きを隠せない。自分たちが崇拝するものを侮辱されたんだから無理もないか。なんの宗教も信仰してない僕でも、神社が燃やされたとかあったら嫌な気持ちになるもんね。


「……これはヒデが迂闊だったね、すまない。決して悪気があっての事じゃないと思うんだ、どうか許してくれないかな?」


 先輩が仲裁に入ると、セシルはハッとなったような表情を見せた後に落ち着いてくれた。


「……すいません、私も少し感情的になりすぎました。ヒデヒコ様、どうかお許しくださいませ」


「いや、今のは俺が完全に悪かった。こっちこそ許してくれ」


 しょげるセシルと縮こまるゴリラ。このままだと話が進まないかと思った所に、涼し気な男性の声が届く。


「二人共、顔を上げて。すまなかったねヒデヒコ様、僕たちは女神マディスを崇拝しているし、聖都カタフィギオを本当に尊い場所だと思っているんだ。異世界から来た君たちには馴染みがないかもしれないが、そこだけは気をつけて、特に聖都カタフィギオではね」


「はい」


 何時になく真面目な表情のカローナ殿下を見ても今の秀彦が如何に迂闊だったかが分かる。秀彦本人もそれは解ったらしく、とても申し訳無さそうな表情を浮かべている。……でも此奴の表情って皆に伝わってるかわからないので、反省してるのが伝わっているのか心配だなあ。


「しかし、そうなるとさっき言ってた問題って言うのはどういう事なんだい?」


 先輩の一言に、今まで微動だにしなかった騎士のみなさんも含め、セシルの表情も暗くなる。


「聖都カタフィギオはその尊さから、我々王族ですらおいそれと手出しはしない様にしてまいりました。そも聖都は、我々が法を強いるまでもなく、教皇猊下の厳格な規律のもとに清く正しく神に祈りを捧げる人々が住まう場所でございます。ですので犯罪に手を染めるものなどもおらず、人口も然程多いものではなかったものですから、ほぼ治外法権の特別自治区の様な形をとっておりました」


 ふむふむ、国が関与しない都市。何か嫌な予感がするな。あ、先輩もなんか察したような顔してるね、ゴリラは……もう飽き始めてるけどさっき無礼なこと言っちゃったから頑張って聞いてる顔だねあれは。頑張れ!


「しかも、歴代教皇は聡明で高潔な方々が即位なさっておられたので、それで何の問題もなかったのです……」


「でもね、聖都が出来てから五百年。どんな素晴らしい組織も、その全てが高潔で居続けることは難しい」


「二百年前、前回の魔王襲来の際、マディス教団もその戦いに身を投じました。その際結成されたのが、教会聖騎士団テンプルナイツです」


「てんぷら……ぐはっ!」


「黙れ!」


 皆から見えないようにゴリラの足をかかとで踏む。そんなに高いヒールではないけれど、それでも女性の靴はかかとが硬い。恨みがましく上目遣いの涙目で睨んできたけど可愛くないぞ!


「彼等は命がけで民の盾になる素晴らしい騎士団でしたが……」


「腐敗が始まってしまったと?」


「……はい」


「騎士団を持つことによって、聖都カタフィギオは以前とは違い、武力を持つことになった。これによって聖都の在り方に変化が起きてしまったのです。教会聖騎士団の志願者は多く、かの都市は一都市でありながら小国程度の軍備を得るに至りました。その上、元々五百年前より法の外にありましたので、今では王族と言えど聖都には手を出せない状況となっております」


「そんな所に棗君を送ろうって言うのかい?」


「勘違いはなさらないでください。確かに大きな力を持った都市になりましたし、嘗ての聖都のように全員が押し並べて高潔な人物とはいい難くなっているかもしれません。しかし、教皇猊下を始め、ほとんどの方はマディス教の教義をまもり、神に祈りを捧げる素晴らしい方々なのです。聖都カタフィギオはこの国の中でももっとも安全な都市と言っても過言ではありません」


 ふむふむ、一部に腐敗はあるとは言え、基本的には聖都の名前通りの場所であると。


「それで、セシルは僕にどうして欲しいのかな? 安全な場所だって言うのなら、僕はそこに行くのは全然構わないよ?」


「私も聖都に皆様が行かれること自体は問題が無いと思います。今回は教皇猊下御本人からのお招きですし。ただ、一つだけ心配なのが、マディス教徒にとってのナツメ様の存在です。聖女ナツメ様と言うのはマディス教にとってあまりにも特別なのです」


「僕が特別?」


「マディス教における最高位は教皇猊下ですが、その教皇猊下ですら、女神マディスの神託を受けることは出来ても、その御姿を見ることは叶いません。しかも、その神託も、神のお声を聞けるわけではなく、飽く迄アーティファクト百四十文字制限に寄るもの。しかし、異世界から光臨なされたナツメ様は、女神マディス様に直接お会いしています。その上そのクラスも”聖女”。更には、不死騎団襲来の際、我が身を顧みずいち早く孤児院に向かい、孤児たちを身を挺して守りきった噂も聖都に伝わっていることと思います」


 んんー? 僕ってそんな感じで話が伝わっているのか!なるほど確かに女神様から直接遣わされた上に、孤児を守るためにその身を挺した聖女……おお、本当に聖女みたいだな!? 中身を知らなければ……


「つまり、ナツメきゅんを利用して良からぬことを企む連中が出るかも知れないって事かな?」


「考えたくはありませんが、可能性として零とはいい難いと思います」


「……セシル、それは僕一人で行かないと行けないの?」


「いえ、もちろん護衛の者は付けます。しかし、王都の守りの事も考えますと、アオイ様とヒデヒコ様の何方かには此処に残っていただきたいと思っております」


「そうなのかい? それは残念だね。秀彦、お土産は何がいい? バナナとかで良いかな?」


「何で俺が置いていかれる前提なんだコラ?」


「決まっているだろう。教皇猊下にお会いするのに、山出しの動物である秀彦を連れていけるわけは無いじゃないか?」


「それを言うなら姉貴だって大概イカレてるだろうが?」


「秀彦。女性に対してその様に乱暴な言葉づかいは駄目ですよ? 秀彦はとても優しい良い子ですのに、そう言う乱暴な言葉を使ってしまう所が玉に瑕ですね。でもお姉ちゃんはそんな秀彦も大好きですよ!」


「辞めろ、久しぶりに見ると怖えよ!!」


 うーん、僕も久しぶりに学校モードの先輩をみた。なんだろう、すごく綺麗で清楚なのに……吐き気がする。あー、カローナ殿下もセシルも、王族がしちゃダメな顔してるよ。一応セシルは一番最初の一瞬だけ、このモードの先輩見てたはずなんだけどな……そう言えば本当に一瞬で猫投げ捨ててたね。


「あら、セシリア女王陛下。どうしてその様なお顔をなさるのですか? 私、悲しくなってしまいます」


「ぬおぉおぉおおぉ、アオイ様、出来ればそれ・・は私にはしないでいただけないでしょうか? 何と言いますか、理想の美少女がそこに居るというのに、寒さと震えが止まりません!!」


 おお、セシルの歯がカチカチ鳴っている! 魔王軍が攻めてきても凛としたまま即座に指揮をとっていたあのセシル女王陛下が怯えてらっしゃる!! ってよく見たらウォルンタースさんも震えてる! カローナ殿下は……見とれてるのかな? 顔が赤い。


「なんだいなんだい、皆して私を虐めるのかい? これでも学校では好評だったのだよ?」


「いやー、素を知ってる僕と秀彦は何時もドン引きだったけど?」


「何時も私にだけは辛辣だね。棗くんは!?」


 ――でも、まあとりあえず。


「まあ、先輩が来てくれるなら僕も安心出来るから行ってくるよ。セシルには何時もお世話になってるからね!」


「お世話なんてとんでも御座いません。皆様をお呼びしたのは我々なのですから」


「それでも、だよ。セシルは安心して待っててよ、僕と先輩でお使いしてくるからね!」


「――お待ち下さいナツメ様」


「はい、何でしょうカローナ殿下?」


「聖都との交渉は元々私の役目でございます。この度の聖都への遠征、是非私に道案内をさせてください」


「なるほど、殿下は聖都にお詳しいのですね。それでしたら是非お願いいたします」


「……ッ!?」


 なるほど、殿下が書簡を持ってきたみたいなこと言ってたものね、殿下は聖都方面に詳しいと。

 ……ん、なんだ? ゴリラが焦った顔でこっちを見てるぞ? 今日のゴリラは色々百面相で面白いな。


「セ、セシル、その俺も行くわけにはいかねえかな?」


「何言ってるんだよヒデ。僕等全員で向かって、お城にもしもの事があったらどうするんだよ。そんな事言うなんてお前らしくないぞ?」


「う……む。そうだが……いや、そうだな、俺が間違ってた」


「申し訳ありませんヒデヒコ様、ですがご安心ください。お目付け役として女性の騎士を数名と、コルテーゼも同行いたしますので。ナツメ様には指一本触れさせはいたしません」


「お、おう……」


 ん? なんでセシルはカローナ殿下と睨み合ってるのかな? 先輩がニヤニヤしてるから、多分禄でもない理由だなこれ……


 んで、ゴリラはゴリラでソワソワし始めてるし。僕に内緒で皆は何か解ってるみたい、ちょっと仲間はずれ感あるな、


 でも、コルテーゼさんが来てくれるのか。あの人が居ると色々安心感があるよね。こっちの世界のお母さん的な? これは素直にありがたいし、とても嬉しい。


「それでセシル、僕は何時出発したら良いのかな?」


「そうですね、まずは書簡で返事を送り、その後返事を貰ってからとなりますので、恐らく一月程は猶予があるかと」


「そうなんだ!」


 良かった、そしたら孤児院の皆ともしばらく遊べるし……


「ヒデ。一月あるみたいだから、一杯一緒にレベルあげような!」


「ぬ、ぐ……お、おう」


 なんだよー、その変な顔は! 僕と一緒に修行するのが不満なのかーこの野郎。

 お前、それはちょっと傷つくぞ!


 腹が立ったので、取り敢えずもう一回秀彦の足を踏んでおいた。


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