第四話 誕生。市場のアイドル

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 ――遂に謹慎の解けた僕は、今日は朝早くから市場へと顔を出していた。


 ……嘘です、本当はバリバリ謹慎中です。でも、今日の僕はどうしても此処で手に入れたい物があったので、毎度お馴染み仮面パワーでこっそり抜けてきちゃったのです。アメちゃんの幻影で僕は椅子に座っているように見せかけてあるので、しばらくは脱走に気づかれることは無いはず。


「――ぅお!? びびった! おい、すげえ仮面のお姉ちゃん、うちの魚見ていってくれよ。うちのは鮮度が違うよ」


「おぉ、すげえ仮面だなお嬢ちゃん。ウチの新鮮野菜はどうだい? さっき収穫してきたばっかりだよ!」


 活気のある市場を物色しつつ歩いていると、色々なお店の人が話しかけてきてくれる。流石というか何と言うか、市場の人達は僕の仮面を見ても殆ど気にせずに話しかけてくれる。とは言え、こんなものかぶってると怪しさ爆発だから、仮面は後頭部に回して何時でも使えるようにしつつ顔を出そうかな。


「お、仮面とるのかい? っては、へ!?」


「こんにちは、おじさん。お野菜を見せてもらっていいですか?」


「お、おう……」


 必要なのは玉ねぎと、じゃがいもと、さやいんげんもあるのか。野菜は殆ど向こうの世界と一緒なんだね。動物も似ているし人間も向こうと一緒だから、異世界といってもその辺はあまり変わらないのかな? まあ当然無いものもあるし、みたことない物も並んでいるけど。


 あとはどうしようかな……んー、そうだ。


「おじさん、このじゃがいもと玉葱とリンゴくださいな」


「は、はいい!! 少々お待ちを」


 後はお隣さんも折角声をかけてくれたから何か……うん。


「おじさん、この魚もくださいな」


「はい、はいぃぃ、こちらで御座いますね!?」


 何だろう、おじさん達が慌ててる感じがする。ヤッパリこの仮面、ちょっと怖かったのかなぁ? これは失敗しちゃったな。


「お、お待たせいたしましたお嬢様! じゃがいもと玉ねぎとさやいんげんとリンゴ、あとこのイチゴはサービスでございます!! よろしければ桃もどうぞ!」


「こちらもホタテサービスです!!」


「は、はい?」


 何だかすごく安かった上におまけまで貰ってしまった。市場ってサービス良いんだな。なんか買ったものより高級そうなおまけな気もするけど、大丈夫かな? でもこのイチゴもホタテも凄く美味しそうなのでありがたく頂戴しよう。


「ありがとうおじさん、また来ますね!」


「「は、はい、またのご来店お待ちしております!!」」


 うん、良いお店だったまた来よう! 僕は貰ったイチゴを頬張りながら次のお店へ向かう。はしたない? 大丈夫、結構食べ歩いてる人は居るからね。て……あれ? なんか結構視線が集まってる気がするな、ヤッパリちょっとはしたないのかな? うーん、まあ良いや、食べちゃおう。


 うーん美味しい。みずみずしいイチゴの果実を頬張ると、甘酸っぱい抜けるような爽やかさの後に、甘さが口の中いっぱいに広がって行く。何て言うかこっちの世界は食べ物が美味しいね。魔力とかそう言うのがある世界だから、作物にも何か違いがあるのかもしれない。


 ――お、目当てのお店が見えてきたぞ。


「こんにちは!」


「はい、こんに……はへっ!?」


「……? どうしました?」


「あ、あぁ、なんでもないよ。こんにちは。何がご入り用でしょうかお嬢さん」


 お肉屋さんに声を掛けると、これまた驚いた顔をして僕を凝視している。しばらく二人で見つめ合っていたけど、おじさんが凍りついたままだったので、僕は自分で目的のお肉を探す事にする。しかし、この世界では肉は塊で売るのが主流のようで、ちょうどよい薄切り肉がない。困ったな。


「おじさん、このお肉薄く切って貰うことは出来ますか?」


「う、うす、あ、あ、はいいいいぃぃぃっ!!すぐにやらせていただきますぅぅっ!!」


「ひえっ!?」


 おじさんは突然大きな声で叫んだかと思うと、勢いよく店の奥へ肉を掴んだまま走っていくとまな板と包丁を取り出して肉をスライスし始めた。なんだか挙動が怖いのだけど、大丈夫かな?


 おお、すごい、肉の断面が光を反射するほど滑らかだ! 挙動が激しいおじさんだけど良い腕をしてるんだなあ。スイスイ切れていくお肉は、眺めているだけでも面白い。


「こ、これでいいかい?」


「はい。ありがとうございます、おじさん」


「はうっ!!」


 肉屋のおじさんも、すごく安くお肉を売ってくれた上に沢山おまけを持たせてくれた。こんなに貰っちゃったら僕太っちゃうかもだよ。でも優しいおじさん達の好意を無下にも出来ないから、後でお城の人達と一緒に食べようかな。


 最後に、帰りがてら寄ったお店のおじさん達に挨拶をして市場を後にする。

 さて、ここからはバレないようにもう一度仮面の出番だ。てやっ!


「隠、密、発、動ぅぅっ!!」


 別に言う必要は無いのだけど、こうやって口にすると何となく必殺技っぽくて好きなんだよね。さて、お城へ帰ろう。



 ――――――――



「な、何だったんだ今のお嬢さんは」


「こんな場所に居て良いような人じゃねえだろあれ……」


「か、可憐だった……」


 棗の立ち去ったのち、市場は謎の仮面美少女登場の噂で持ちきりだった。後にサンクトゥース市場のアイドルと呼ばれる”仮面ちゃん”誕生の瞬間であった。




 ――――――――




 さてさて、これで大体の材料は揃ったし、無事幻術がバレる前にお城に戻ることも出来た。


 よし、早速作業を開始しようかな、まずは魔導竈に魔力を注いで火をつける。この魔力で動く道具のお陰で、この世界の生活水準は非常に高い。多分昭和の日本よりは住みやすいくらいじゃないだろうか? 他にもシャワーやらドライヤーやらも有るんだよね。中世ファンタジーとは呼べない世界観だって先輩は少ししょげてたな。便利で良いじゃないって言ったらすごい顔で泣かれてしまった。


 さて、鍋が暖まってきたのでここで油を引き、玉ねぎが透明になるまで炒めた後にジャガイモを投入。うん、いい匂いがしてきた。そして、ここでお肉も投入。しばらく炒めたら水を投入してそこに砂糖と白ワイン、後はりんごをジュースにして注ぎ、風味をつける。


 ……ここで日本出身者には辛い、異世界事情。実はこの世界に醤油が無いのである。


 だから僕は、こちらの世界では和食を全部諦めていたのだけど、最近仕入れた新情報がそれを解決してくれたのだ。実はこちらの世界にも醤油ではないけど豆の発酵調味料があるらしいんだよね。これは味噌と醤油の間のような調味料で、醤油というよりどちらかと言うと大陸の方にあるジャンみたいなものなんだけど、これを入れると日本人には嬉しい懐かしのあの風味に似た味になる。大量投入すると別物になりそうなので飽く迄風味付けなんだけど、これを入れると入れないでは完成のできが雲泥の差なのだ。


 ちなみにさっき入れたりんごジュースと白ワインは味醂の代用品。味醂もこっちの世界にはないんだけど、これは昔TVで見た海外で暮らす日本人の特集で見たことがあったので解決。本当は出汁も入れたいところなんだけどこっちの世界に鰹節とかあるのかな? わからないので今回は出汁無し、今度探してみよう。


 具材の入った鍋に落し蓋をしたら更に煮込んで放置。この落し蓋は、自作なのです。孤児院のみんなと図工で遊んだときに作ったんだよね。我ながら良い出来である。ここで別の鍋にさやいんげんを入れて湯通しする。一緒に煮込んじゃうと茶色くなるのでこれは後乗せだ、ここ大事。ここまで揃うと、しらたきも欲しかったけど……多分無いだろうなあ。


  ――さて、そろそろ完成かな?


  うん、いい出来だ!


「ふふ、アイツ喜ぶかな?」


 さて、この棗君特性肉じゃが。何で作ったかと言うと、実は理由があるんだ。


 なんかここ最近秀彦は元気がない。他の人には解り辛いかも知れないけど、あれは間違い無くしょんぼりゴリラなのだ。原因を僕なりに考えてみたんだけど、多分あれはホームシックってやつなんだろう。僕と先輩が聖都に行くって聞いてから不安そうな顔してるもんな。体は大きいのに情けないやつだよ、ふふ……。


 そこで、この肉じゃがさんの出番なわけです。これを食べて一緒にレベル上げに行けば、きっとアイツの寂しさも紛れるに違いなし! 世話のやけるゴリラの為に、僕は今日、日も昇らないうちから市場に行って、料理長に頼み込んで厨房もお借りしたのだ。友達思いだろう? 僕は。アイツの喜ぶ顔を想像するだけでなんだか胸がポカポカしてくるもんね。


「よっし、ご飯も炊けたな、いざ参らん! ゴリラの巣へ!」


 僕はお鍋いっぱいの肉じゃがと、ホカホカの白ご飯をカートに載せて、秀彦の部屋へ朝のサプライズを行うのだった。

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