第五話 いつでも僕が慰めてやるからな!
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――――…… Side ゴリラ
「ふ、ふっ!!」
無心で剣を振る。授業以外で剣道はやってこなかった俺だが、こちらの世界に来てから剣が妙に手に馴染む。恐らく聖騎士とか言うクラスがそうさせるのだろう。盾に関しては更に経験がないが、剣より更に扱いやすい。そんな事を考えながら、雑念が消えるようにガムシャラに剣を振るう。振り下ろした剣を斬り上げ、更に袈裟斬り、横薙ぎ、あらゆる角度から振る。額から汗が流れ、目に入り染みるが、そんな事はお構い無しだ。
正直俺自身、何でこんなに剣を振っているのか良く解らない。いや、本当は解っている、
考えてみればそうか、俺達は付き合いの長いダチなんだから、そんな事をするわけは無えよな。うん。
――だが、アイツの聖都行きが決まり、それに付いて行けないと聞かされ、更にはカローナ様が付いて行くと聞いてから、何だかモヤモヤが止まらねえ……
くそ、雑念を払え!剣に集中するんだ。今度は剣の素振りに盾の動きも混ぜ、攻撃と防御をスムーズに行う。
どれだけそうしていたのか、ふと俺は背後に人の気配を感じ振り向いた。
「精が出ますねヒデヒコ様」
「……トリーシャさん?」
そこに居たのは、俺と同じ地属性の影響を受けた淡い栗色の髪をしたメイド、トリーシャだった。こちらの世界に来てから、俺に充てがわれたメイドさんだ。年齢は俺たちより少し上らしいが、その顔立ちには割と幼さを残しつつも整っていおり、何時も笑顔を湛えているので俺としても一緒に居て心が休まる人だ。さすが王城のメイドさんだな、レベルが高い。……あと胸がでかい、兎に角でかい。
「こんなお時間から訓練をなされているなんて、ヒデヒコ様は素晴らしい聖騎士様なのですね。トリーシャはヒデヒコ様を尊敬いたしますわ」
こういう事をサラっと言えるのも凄え、これが王城メイドの実力か。お世辞って思わせない自然な話術が凄え、歯が浮くような言葉なのに嫌味がまったくない、正しくプロだな。
但し、今日の俺はそんな褒められた動機で剣を振っていた訳ではないから、非常に気まずいんだがな。
「止めてくれ、そう言うんじゃねぇんだ」
そう言いながらトリーシャの持ってきてくれた水を飲み、布で汗を拭う。
「夜が明けましたのでご様子を見に行ったら、お姿が見えなかったので驚きましたわ」
「ぬ、もう夜が明けたのか」
どうやら、相当な時間剣を振っていたらしい。全く気が付かなかった。いつの間にか徹夜をしてしまった。これはいかんな、パフォーマンスが落ちる。
「よし、それじゃあ、俺は風呂に入ってから食堂に向かうぜ」
「お背中お流しします」
俺の言葉の後にさも当然の様にとんでも発言をしやがる。この辺の文化の違いは未だに慣れねえな。
「やめてくれ、そう言う事言う馬鹿は一人で充分だ」
「あら……」
頭の中に、全裸で風呂に乱入してくる
「うふふふ、それでは私はご入浴の準備をいたしますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
練習場を出ていくトリーシャさんの姿を目で追いながら、俺は残った水を一気に飲み干した。さーて、ひとっ風呂いきますか。
――――……
ふぅ~、朝っぱらからいい湯だった。何と言うか王城に来て一番良かったことは、このでかい風呂だな。多少は気持ちが落ち着いたような気がする。温まった体に心地よさを感じつつ廊下を進み、部屋に戻ると扉の前に見慣れない小柄なメイドさんが立っていた。カートを押している様だから、飯を運んできてくれたのか?
メイドさんは綺麗な白銀色の髪の毛をアップで纏めており、その肌は透き通るように白い。どうやら食事を運んできてくれたので間違いないみたいだが、間違いなくトリーシャさんではないな……誰だ?
俺が近づくとメイドさんもこちらに気がついたようで、くるりと回るようにして、こちらに振り向いた。満面の笑顔のメイドさんの顔を見た瞬間、俺の心臓がぶっ壊れるかと思う程に高鳴る。って……。
「お、やっと戻ってきたか、秀彦。部屋に居ないからどうしようかと思ったぞ! ご飯作って来てやったから一緒に食べよう!」
「……お前、何やってんだ」
一瞬心臓が誤作動したが、聞き慣れた声を聞いた瞬間少し収まった。ああ、驚いたぜ、なんでこいつメイドの格好なんかしてやがるんだ。心臓に悪いだろ。
「おっと、違った。――お食事のご用意が整っております秀彦様」
突然棗が変なことを言い始める。メイド服と言い、今度は何を考えてんだ……。
「……何のマネだ?」
「ん?」
なんで首かしげて不思議そうにしてるんだお前は。
「あれぇ、お前の好みに合わせたつもりだったんだけどな。お前トリーシャさんと話してる時デレデレしてるだろ?」
「してねえよ」
訳の分からない事を言い始めたと思ったら、今度はちょっと不機嫌になった棗、意味不明過ぎて怖ぇよ、情緒不安定か?
「あれぇ……まあいいや、取り敢えず部屋に入れよ! ご飯にしようぜ?」
「俺の部屋だ、馬鹿」
不機嫌そうな表情からコロっと表情を変え、ケラケラ笑う棗が早く部屋を開けろと急かす。まったく、人の気も知らねえで何をしに来やがったんだこいつは。付き合いこそ長えが、昔から今一つ棗の考えは良くわからん。何ていうか思考がぶっ飛んでるんだよなコイツ。姉貴の事を変態とか言うけど、棗も大概だと俺は思う。
鍵を開けてやると、お馬鹿メイドは俺の部屋に入り、いそいそと食事の準備をする。何か企んでいるようで、たまにこちらをチラチラドヤ顔で見てくるのが腹立たしい。
「さて、秀彦さま、こちらを開けてみてくださいませ」
「その慣れない口調辞めろよ、正直気持ち悪いぞ」
「うるさいな、早く開けてくれよ、冷めちゃうだろ?」
キャラが定まってないメイドだな。取り敢えず言われるがままに、棗が押してきたワゴンの上に置いてある銀色のふた?ドーム状のやつを開けてみた。
「……うぉ」
思わず声が漏れる、そこにあったのは肉じゃが、白米、それに味噌汁っぽいスープと焼き魚だった。懐かしいラインナップに思わず声がもれる。ハッとなって棗の顔を見ると、非常に満足そうな笑顔を浮かべていた。
「ふっふ、驚いたか秀彦! 棗様特性なんちゃって和食セットだぞ。こっちの世界の材料で作ったから少し異世界風味だけどね」
「……」
「ささ、早く早く、食べて食べて!」
なんでいきなり和食作ったのか真意は謎すぎるが、これはありがたい。確かにちょっと和食が恋しくなっていたのは事実だ。
「……いただきます」
「どうぞどうぞ」
折角なので、まずは肉じゃがを口に含む。
――うぉ、確かに少し変わった風味だけど、間違いなく肉じゃがだ。しっかり味はしみているのに煮崩れてはいないジャガイモが、ホロホロと口の中で崩れていく。サヤインゲンもシャキシャキとしており、甘い玉ねぎと一緒に程よいアクセントになっている。じっくり味わいながら、そのまま白米をかっこみ、味噌汁をすする。お椀ではなく、白磁のボウルなので少々違和感はあるが、こちらも肉じゃがと同じくそれっぽい味がした。よくこんな出汁見つけてきたな、魚をそのまま使ったのか? 焼き魚もパリッと焼けてて、非常に美味い。
「その味噌汁モドキ凄いだろ? 臭みが出ないように魚のアラに塩ふって水分抜いた後に、熱湯くぐらせてから出汁を取ったんだ。鰹節とかが無くてもちゃんと出汁は作れるんだぜ」
「……うめぇ」
「……!!」
思わず呟くと棗の表情が綻ぶ。昔からこいつは自分で料理とかする奴だったけど、まさかここまでの物を作れるのは意外だった。余りの美味さに手が止まらず、その後はあっという間に料理を平らげた。
俺の食いっぷりを見ると満足したのか、棗も自分の分を食べ始める。
――――……
「ふぅ……ごちそうさん」
「うむ、お粗末さまだ!」
腹も膨れて、人心地つくと、棗が俺の顔を覗き込んで来た。なんだ? 俺の顔に何か付いてるのか?
「どうだ?少しは元気出たか?」
「……は?」
何の脈絡もなく突然そんな事を言う。
「何だ、まだ元気にならないのか? まぁ、ゴリラは意外と繊細な動物らしいからな、困ったやつだお前は、よっし!」
「何いってんだ……わぶっ!?」
いきなり視界が何かに塞がれ、暖かくて柔らかいものに顔が包まれた。
……ってこれは!?
「こ、今回だけは特別に僕が慰めてやるぞ、ゴリラ。心が弱った奴にはハグが良いって何かで見たからな!」
どうやら俺の頭を抱きかかえているらしい、身長差があるので俺は座ったままで丁度いい高さみたいだ。
「……なんで俺が弱った前提なんだ?」
「ん? だってお前最近元気なかったろ? 何か変に剣の素振りとかしまくってたし」
あー、そうか、そう言う事か。
「別に弱ってねえよ!」
「五月蝿いなあ、そこで喋られると息がかかって暑くなるだろう。黙って癒やされろよ、今の僕は女の子だから役得だろ?」
「……」
「ついでに頭も撫でてやろうか? しばらく会えなくなるかもだからね、今日はホームシックのゴリラ君を徹底的に癒やしてやるぞ? ん? ん?」
顔は見えないが、声から棗のドヤ顔を幻視する。そうかそうか、そっちがそのつもりならこっちも手加減しないぞ親友……。
「……そうか、じゃあ頼むわ」
「ふぇっ!?」
毒を喰らわば皿までだ、お前も赤面しろ!あわよくばこの状況の異常さに気づけ……。
どうやら狙い通り棗は羞恥を感じたらしく、その動きが止まる。ザマァ見ろ、馬鹿な事するから自業自得だ……って、うおっ!?
「仕方ないな、言い出しっぺは僕だからな、今回は特別だぞ!」
「ッッッッ!?」
俺の頭を抱え込んだまま棗の小さな手が俺の頭を撫で付けてきた……。
一瞬何が起こった解らず頭が真っ白になった、その後自分の心臓の音で正気に戻る……いや、これは俺の心臓だけじゃないな、棗の心臓もめっちゃドキドキしているのが伝わってくる。何考えてるんだ棗ぇ。
「くっそ……」
「ひゃぅっ!?」
もういい、解った、取りえず今、完全に理解した。
俺は棗に頭を撫でられた体勢のまま、細い腰に手を回し、少し強めにその体を抱きしめた。突然の反撃に棗は変な声を上げて撫でるのを止めてしまったが構う物か。
「手が止まってるぞ、棗」
「は、へぁ?」
「早く撫でろ!」
「ひゃ、ひゃい!」
俺の反撃に混乱したのか、呂律が回ってないが、言われるままに撫でを再開する棗、辿々しい手付きになっちまったが、優しく撫で付ける手が心地良い。
「……棗」
「ひゃい!」
「聖都、気をつけて行って来いよ。俺もこっちで頑張るからよ」
「……うん、うん! 僕も頑張ってくるよ! 戻ってきたらお前なんかより全然強くなってるからな!」
「いや、お前はいい加減聖女って職を理解しろ、馬鹿」
腕を解いて顔を見ると、棗はウヒヒっと緩い笑顔を浮かべていた。コイツにとって俺は親友ってだけなんだろうけど、俺はこれからコイツを守るために全力で強くなることを決めた。多分俺のこの気持は一生誰にも話せないが、どんな物からでも棗を守っていこう。
「うんうん、やっと元気になったなゴリラ! ホームシックになったら何時でも肉じゃがつくってやるからな。フヒヒッ」
――でもやっぱりこいつは姉貴並みの変人だとは思う、とことんズレてやがる。
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