第六話 行って来ます!
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――ふぅ、ミッションコンプリート。これでゴリラのホームシックも治っただろう。めでたし、めでたし。
……て、そんな訳あるかー!!
「そんな訳あるかー!!」
思わず口にも出してしまった! なんなんださっきのは、何を僕はハグしてナデナデって! 思い出しただけで顔が熱くなる。
「うぉおおおー!!」
なんだなんだ、どうしたんだ僕は。今まであんなのした事なかったろう!?
何がついでに頭も撫でてやろうか? だ!
人生最大の不覚!
僕は廊下を勢いよく走り抜けると、自室のドアを開け放つ!
「なーにがついでに頭も撫でてやろうか? ダーッ!!」
うわぁぁぁぁ恥ずかしい!
部屋に入るなりベッドにダイブすると、そのまま羞恥にのたうち広いベッドの上をゴロゴロと転がり続ける。あまりの羞恥に体が止まらない! シーツを巻き込みながら僕のゴロゴロは加速する。
「うわぁぁぁぁぁーん!!」
消えてしまいたい、あのときの僕はどうかしてたんだ! 気の迷いだったんだ。早起きしすぎて変にテンションが上ってしまっていただけなんだぁぁぁぁぁ!!
しばらくの間右へ左へと転がっていると、突然僕の体は何か柔らかいものに包まれた。シーツにくるまっているから姿は見えないけど、嫌な予感がとまらない。
「ぐへへへ、悶え叫ぶ君も愛いねぇ棗きゅうん?」
「うわぁぁぁぁぁ変態がでたあああ!」
「うへへへ、どんな時でも一家に一台、葵お姉ちゃんだよ!!」
「こんな勝手に侵入してきて添い寝する家電やだぁ! ていうか何時から見てたんだよぉ!」
「えーと……棗君が市場でイチゴ齧ってた辺りから?」
「怖ッッ!!!」
思った以上に長い時間ストーキングされてた! 怖い。そもそも、なんで葵先輩は僕の魔力探知に引っかからないんだよ。
「あ、私棗くんのストーキング長いせいか隠密を素でもってるからね?」
「シレっと心読まないでね?」
どうしよう、前から危ない人だと思ってたけど、こっちの世界に来てからそれが更に顕著になってて怖いぞ。早急に葵先輩にも通用する探索スキルか法術を編み出さないと、僕のプライベートが危うい。あとでウェニーおばあちゃんの所に行こう。出来れば永遠に封印して、戦闘中だけ呼べるようにしよう。
「それで、棗きゅんはさっきのヒデとの甘々イチャラブを思い出して喜んでいたのかな? かな?」
「喜んでないですし、イチャラブなんてしてません。何で突然察しが悪くなるんですかねこの人は」
今更先輩が何しても驚かないけど、やっぱり秀彦の部屋にも侵入していたらしい。本当にとんでもない人だ。僕はもぞもぞとシーツから這い出し葵先輩を睨む。しかし、そこにあったのは、悪戯な笑みを浮かべたいつもの先輩ではなく、意外にも少し優しい笑みを浮かべた先輩の顔だった。
「まぁ、あれのお陰で秀彦も元気が出たみたいだし、棗きゅんは良いことをしたんだと思うよ」
「……そう、かな?」
そう言いながら僕の頭を撫でる先輩。こういうときは本当にお姉ちゃんみたいだなって思う。
――しかし、その撫でる手は止まらず、徐々に力を強め、僕の頭をグリグリと揺らし始めた。め、目が回る……。
「でもね」
んぉぉ!? 先輩の目が座ってる……何だ何だ? 秀彦を元気づけたから褒めてくれてるんじゃないのか!?
「――なんで私には手料理を振る舞ってくれなかったのかなああああ?」
「ひぇっ!?」
この後僕は全身をくまなく擽られて、半泣きになりながら先輩にもご馳走する約束を取り付けられてしまった。
結局このまま直ぐに市場に戻ることとなり、一日に何度もお邪魔したせいで市場の皆さんに変な目で見られてしまったような気がする。何だかすごく視線が刺さってた。半分は先輩の美貌とメイド服のせいもあった気がするけど。
でもまあ考えてみたら確かに、先輩も久しぶりに和食を食べたかったよね、秀彦の分だけ作ったのは僕が悪かったかもしれない。だから作って上げること自体は別にやぶさかじゃない。
でも先輩、僕より料理上手だよね?
再び厨房をお借りして料理をしていたら、途中からセシルも乱入して来た。こんな事もあろうかと、今度は少し多めに作っておいたので、問題なくおすそ分けしてあげると、セシルは女王陛下がしてはいけない顔で喜んでいた。美人ってあんな顔もできるものなんだね……
ついでにウェニーおばあちゃんの分も作って持って行ったんだけど。僕の手料理と聞いた瞬間、おばあちゃんが大興奮して意識不明になってしまったので大騒動になっちゃった。でも喜んでもらえたようで良かったなぁ……喜んでくれてるんだよね?
この話をしたらウォルンタースさんやカローナ殿下も食べたかったと悔しがっていたので、僕等の世界の料理には皆興味があるらしい。今度一回、和食パーティでもやってみようかな? 出来れば孤児院の皆も呼びたいね。まあ、これから聖都にいくからしばらくは無理だろうけどね。
数日後、目を覚ますとコルテーゼさんから、ついに聖都からの正式な招待が来たことを告げられた。朝から洗礼の儀式を受けたり正装に着替えたりと大変だったけど、正午には準備が終わり、正門前に着けた馬車の前で皆と挨拶をする。
「それじゃあな、姉貴。棗をよろしくな」
「いやいや、私に言わずに本人に言い給えよ?」
「う……」
そうだぞゴリラ、この間ホームシックになった情けないお前のために、手作り料理振る舞って元気づけてやった親友に対して何だその態度は!
――おい、こっちを見ろ。
「やめろやめろ、顔を掴んで引き寄せるな!」
「なんだよ、こっち見ろよ。失礼だろゴリラ!」
「今更だが、俺はゴリラじゃねえ、この馬鹿聖女!!」
お、やっとこっち見たな。でもまだ表情が硬い。仕方のないやつだな。
「そんな顔すんなよ、戻ってきたらまた作ってやるからさ」
「あ?」
「しばらく肉じゃが食べられ無くなるから拗ねてるんだろ?」
「違ーよ」
全く、ホームシック位でそんなに照れる事は無いのにな。食べ慣れた料理が食べられないのは皆辛いもんな。意外と繊細な所もあるん物だ。
「ナツメ様、そろそろお言葉遣いの方を……」
「む、カローナ殿下……」
ん? 何だかまた不機嫌そうな顔してるな、秀彦。コイツ表情判りにくいから、皆は何事にも動じない
「御機嫌よう、皆様方」
「御機嫌よう、殿下」
「ちッス……」
「やぁやぁ、今日もイケメンだねえ殿下」
そう、言葉遣い。実は聖都に行くに当たって、僕の言葉遣いは聖女然としたものに教育されている。国を救う象徴として、出来ればそうしてほしいとのこと。僕としてもセシルに協力するのはやぶさかではないので、ここ数日淑女としてみっちりコルテーゼさんに教えてもらった。
さて、皆にはまだ見せていなかったので、ここでお披露目と行こうかな。皆驚くがいいよ、これが僕の淑女モードだ! 僕は皆の顔を見渡しつつ、頭の中で淑女モードに切り替える。秀彦と目があったのでニコリと微笑みかけると、露骨に顔をひきつらせやがった、失礼な奴め。
「それでは秀彦様、
「お、おう……」
「しばらくお会い出来ないのは残念ですが、どうかご健勝でありますように。棗は聖都から毎日祈らせていただきますわ」
うーん、反応が鈍い。うまく出来てないかな? と周りを見ると、セシルと葵先輩は、淑女が鼻から出してはいけないものを垂れ流している。うん、ちゃんと出来てるよね?
「秀彦様、しばらくお会いできないのですから、棗は秀彦様とお話をしたいのですが?」
「お、ぉう……」
あ、解った。これあれだ、照れてるやつだ。この間のドレスの時と一緒の反応だもんね。て、言うか。何かを我慢してるのか、秀彦の眉間の皺がエライ事になってる。すごい形相だなお前、僕を殺しにきた殺し屋に見えるぞ?
「仕方ないなあ、秀彦はー、僕がちょっと雰囲気変わる度にフリーズしやがって」
「う、す、スマン。何ていうか慣れないんだ、お前のそう言うの」
言葉遣いを戻してお腹に一発ボスっとパンチすると、やっといつもの秀彦に戻ってくれた。そうそう、それで良いんだよ。お別れに緊張して喋れないなんて勿体無いだろ?
「そんじゃ行って来るぞ、お城の方はよろしくな」
「おう、頑張ってこい。気をつけてな!」
お互い顔を見合わせて拳をぶつけ合う。ヤッパリこいつとはこうでないとね。
「……アオイ様、あの二人はお付き合いをなされている訳ではないのですよね?」
「驚くだろうセシル。信じられない話だけど、あの二人はあのザマでまだ親友とか宣っているんだよ」
「信じられませんね、大量の砂糖を口から吐き出しそうな空気だと言うのに、オロロロ……」
「信じられないと言えば、君の兄上も大概だな……」
「凄いでしょう。あの空気にあてられても平然とナツメ様を狙って居るのですよあの男は……」
なんか葵先輩とセシルがこっちを見ながらヒソヒソ話している。多分また碌でもない事話してる顔だね。さて、取り敢えずコルテーゼさんが待ってるから、そろそろ馬車に乗らないと。ウォルンタースさんにも挨拶したかったけど、今日は朝から任務があるとかでここに居ないんだよね。ウェニーおばあちゃんも、あまりあの部屋からは出て来れないみたいだし。残念だなあ。
「それではセシリア陛下、御機嫌よう」
「ふふふ、すっかり聖女然とされた御姿が板についてまいりましたね。ナツメ様もどうかお気をつけて」
優雅に微笑んでいるセシルだけど、その、鼻が……。
「それではナツメ様、お手を」
「はい」
カローナ殿下に手伝ってもらいながら馬車に乗り込むと、またゴリラの顔が梅ぼしみたいになってる。お前大丈夫か?
「それでは皆様御機嫌よう! お土産待ってろよ秀彦ー!」
「おう、メッキ剥がれてるぞ、
こうして僕の聖都への旅路が始まった。僕は心地よく馬車に揺られながら外の景色を眺める。果たしてどんな所なんだろうな。今から楽しみでしょうがないよ。
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