第七話 異世界馬車と異世界ヒャッハーと鈍感聖女

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 王都より聖都へ向かう石畳。その上を白く豪奢な馬車が行く。


 二頭のスレイプニルが牽引する馬車は、一般の馬車よりはるかに早く走行するけど意外と振動は殆ど無く、乗り心地は最高だった。やっぱりこの世界の文明は、僕等の世界と比べてもそんなに大きな差はないように感じる。見た目は中世みたいだけど、地球のそれとは大きく違うみたい。


 ……まぁ、この馬車は王族御用達だから、これが庶民の水準ではないと思うけどね。


「ナツメ様、具合が悪くなったりはしてませんか?」


「はい、大丈夫です。この馬車すごく乗り心地が良いのですね」


「そうだねぇ、道が石畳なのを加味するなら、正直現代日本の車でもここまで揺れ無いのは難しいだろうね」


「はは、この車の車輪には魔力のコーティングが成されていますからね。実は軽く浮いていて、地面に直接は触れてはいないのですよ」


 ふむふむ、宙に浮いた馬車、正しくファンタジーだね。でも、そうなると車輪の意味は無いような?


「但し、道具に文字を刻み、そこに魔力を流して発動させる自動発動の魔術ですので、それほど大きく浮く訳でもないのですよ。ですので、偶に凹凸などで接地してしまった場合、これが車輪じゃないとダメージが大きく、どんどんすり減ってしまいますので、浮いてはいるけど車輪である必要もあるという訳なんですよ」


 いずれは大きく浮かせることによって、車輪のない馬車も生まれるかもしれないですがね。と、カローナ殿下が笑う。なるほど、魔法の世界は未来を生きているな。


「カローナ殿下は博識でいらっしゃるのですね」


「ははっ、仕事柄どんなものにもそれなりに精通していないとならないのでね」


「素晴らしいことだと思います」


 僕がパチパチと手をたたくとカローナ殿下は少し照れたようにはにかむ。うんうん、そんな姿も絵になるね。イケメンはどんな顔しててもイケメンなんだな。これが秀彦だったら少し不気味な表情だと思うもんね。


「――棗君は何というか、そう言うところ良くないとお姉ちゃんは思うなあ」


「え?」


 珍しく呆れた様な表情を浮かべる葵先輩、コルテーゼさんも何か言いたそうに僕を見ているし、どうやら僕はまた何かをやらかしてしまったらしい? うーん、わからない……


 クネクネしてるカローナ殿下を見る限り、これは僕が原因ということなんだろうか?


 それにしてもスレイプニルっていう馬はすごい。あんな沢山の足で、縺れたりしないものなんだろうか? 流れる景色を見ると、速度も相当出ているように見える。でも、この道は馬車専用に敷かれている様なので徒歩での通行人は居らず、この速度で走っても何ら問題はないらしい。


 僕が暫く窓の外に見入っていると、コルテーゼさんが静かに動き出す。


「ナツメ様、アオイ様、そろそろお腹が減りませんか?」


 そう言いながらコルテーゼさんは、持っていたバスケットを差し出してきた。うん、実はずっと気になっていたんだよね、ほのかにいい香りがするんだ、この大きなバスケット。


「こちらに御昼食をご用意しております」


「わぁ、美味しそう!!」


 コルテーゼさんの持っていたバスケットには色とりどりのサンドイッチが敷き詰められていた。ハムに野菜にトマトに卵! うう、見ているだけでよだれが出そうだけど、今は淑女モードなので飛びついてはいけない。え、今メッキが剥がれていたって? こんな物をいきなり見せられたらメッキが剥がれてしまうのは仕方がないでしょう。


「……ふむぅ、それにしても素晴らしく順調な道程だね。こう言う時お約束的には、山賊とかドラゴンとかが襲ってくるものなんじゃないかね?」


「なんでそんな嫌な期待をしてるんですか。そんなの来たら、この美味しそうなサンドイッチが食べられなくなるでしょうが」


 突然変なフラグを立てようとする先輩に、またもや僕の聖女が剥がれ落ちる。兎に角、変なイベントが起きる前にこの美味しそうなサンドイチをお腹に収めなければ! 僕は嫌な予感を無視して、バスケットに手を伸ばした。


 すると、馬車が大きく揺れ、スレイプニルが悲鳴のような嘶きを上げた。


「何事ですか!?」


「――皆様、敵襲です!」


「ほらぁ、先輩が変なこと言うからぁ!!」


「わはは、まさか本当になろうとは。ワクワクするねえ棗君! きっと山賊とかドラゴンだよ」


「美味しそうなご飯が食べられなくなるでしょうが、このっこのっ!!」


 窓から外を見ると確かに僕たちの馬車に並走する謎の集団が見えた。どうやらドラゴンではなかったらしい、良かった。彼等が乗っているのは普通の馬のように見えるけど、しっかりこちらの馬車に付いてくる。どうやら積み荷の重さの問題でこちらと同じくらいの速度を出せるようだ。しかし、それよりなにより今僕が気になることは……


「……すごい、全員モヒカンだ」


「信じられないよ、あんなに賊々しい見た目の集団なんてあるんだね。やっぱり異世界は素晴らしい」


 族々しいって何だよ……


「何がそんなに楽しいんですか。僕らは今、あの悪趣味な軍団に追われてるんですよ!?」


「しかし、武器のセンスは良いようだよ。案外悪い奴らではないのでは?」


「斧持ってるだけでしょ!」


 上裸に革鎧でモヒカンの手斧……絵に描いたような賊がうじゃうじゃと僕等の馬車と並走している。なんだろう、物凄い世紀末感……


「ふむ、カローナ殿下。賊の数は多いようだけど、私達の力は必要かね?」


「いや、お二人には前回の防衛戦でお世話になっているからね、今回は我がサンクトゥースの騎士の力をお見せしよう……それに」


「ん?」


 カローナ殿下は僕の手を取ると、じっと目を見つめながら微笑んだ。


「貴方のように清らかで美しい女性を、あんな蛮族の目に晒すのは忍びない」


「はぁ……でも僕たちは戦うために来たんですよ殿下?」


「う……ぐ」


「凄いよ棗君。最近のヒデと棗君のやり取りを見てると、お姉ちゃんは棗きゅんのチョロさに色々なことを心配してたのだけど、どうやら杞憂だったみたいだね! 殿下のHPは一撃で零だよ!」


 ん、何でここで秀彦の話が出てくるんだろう? 辺りを見回すとカローナ殿下はちょっと引きつった笑みを浮かべているし、コルテーゼさんは何か可愛そうなものを見るかのように殿下を見つめている? また僕だけ意味を理解できてないっぽい……


 あ、そうだ、そんなことより護衛の騎士さん達が気になるね!


「殿下、窓から外を見てもよろしいですか?」


「あ、あぁ、その窓のガラスはかなり強力な防御術が施されているので、顔をださないのであれば問題ないと思いますよ。ですが、もし賊が弓矢の類を使い始めたら念の為奥に避難してくださいね」


「はーい!」


 どうやら見ていても構わないらしい、僕はワクワクしながら外を眺める。


「……すごいね。殿下が手を握っているのに、何も気にしないで観戦を始めているよ。お姉ちゃん別の意味で心配になってきたな」


「うぅ、流石にこれには私も殿下に少し同情してしまいますね……」


 外を見るといよいよ賊が僕等の馬車に向けて進路を変えて来た。その数ざっと20人ほど? 対してこちらの護衛騎士は五名。数の上では圧倒的に不利に見えるけど……


「ヒャッハァァァァツ、お貴族様ァ! そんな少数の護衛でどこいくんでちゅかぁぁぁぁ?」


「金目の物と女は置いていけ! 女は幸せにしてやるからよぉ、安心して差し出せやオラァン?」


 いよいよ近くに来た族の先頭を走る、ひときわ大きな体躯の男がだみ声を上げる。顔も汚いけど声はもっと汚い! 凄い!


「うわ、ヒャッハーって言った!! 葵先輩、本物のヒャッハーだよ!」


「聞いた、聞いたよ! 本当にいるんだね、これにはお姉ちゃんも驚きだよ。私も俄然見たくなってきた。申し訳ないけど殿下、その手を離して私も入れるようにしてくれないかな?」


「あ、はい……」


 僕が覗き込む窓に、無理やり葵先輩が割り込んできた。二人仲良く一つの窓でヒャッハー観戦が始まった。しかし、せいで殿下の手が離れていく。そう言えば握ったままだった! ごめんね殿下、気が付いてなかったよ……。


「……とても楽しそうですね、一体何がお二人の琴線に触れたのでしょうか?」


「さぁ……」


 僕も葵先輩も興奮しながら齧りつくように外をみる。だけど、既に僕等には護衛騎士のみなさんが大丈夫かな? とかそう言う気持ちはほぼ残っていなかった。だってヒャッハーだもの、多分彼等の運命は決まっているもの。


 暫く族と並走していると、僕等の耳に力強く凛とした声が届いた。


「護衛騎士団三番隊参る! ホースト、範囲重視で状態異常魔法展開! セフォー、キモは正面から。アンディは私と側面攻撃!行くぞ!!」


「「「ハッ!!」」」


 あ、護衛騎士の隊長さんは女性なんだね。指示が飛ぶと同時に、ホーストと呼ばれた人から大きな魔力が膨れ上がる。


「汝が肩を並べしは、果たして真に友なりや? 狂乱ビェーズウーミエ


 詠唱が終わると同時に、ホーストさんの手からモヤのような魔力が広がり賊を包み込んでいく。みるみる広がるモヤに呑まれ、抵抗する事も出来ず魔法の影響を受けたヒャッハー達は、術の発動と同時にその人相を変え、先程までと違い水を打ったように静かになった。しかし、怒声は聞こえなくなったものの、彼等の発する雰囲気は先程よりヒリついた剣呑なものになっているように見える。


「今のは?」


「今のは集団に疑心暗鬼の心を植え付ける呪文で狂乱ビェーズウーミエと言います。その効果は決して強くは無いのですが、その分範囲は広く、距離を開けて躱す事は困難です。そこそこに強い不安感と疑心暗鬼に囚われる術ですので集団に対して有効な術ですね」


「それだと、いくら効果が広いとは言え、あまり大きな効果は無いんじゃないかい?」


「いえ、集団戦に於いて、周りの人間が信用出来ないというのは中々に嫌なものなんですよ。この様な術を使うものはめったに市井には居りませんし恐らく彼等は素行も悪いでしょうから、こういった術は効果的だと思いますよ」


 ふむ、確かに、彼等の内何人かは既に口論を始めているように見える。そこにアンディさんと呼ばれていた騎士の人と隊長さんが側面から切り込んでいく。


「彼女はグレコ隊長と言うのだけど、僕の護衛騎士団の隊長を務めてくれている才女でね。野営地に付いたら紹介しようと思っていたのだけど、どうやら紹介より先にその実力をお見せすることになりそうだね」


 フルフェイスの兜をかぶっているのでその顔は見えないけど、グレコ隊長が腰から細剣を抜き斬りかかる勇ましくも美しい姿に僕は目を奪われるのだった。


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