第八話 幻想的な人

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 白銀の煌めきが舞う、正にそうとしか形容できない光景だった。グレコ隊長が剣を振るう度にヒャッハー達がどんどん倒されて行く。その姿はまるで舞でも踊るかのように華麗で、剣技と呼ぶにはあまりにも美しい姿だった。


「凄い……」


「ふむ、確かに凄いね。幾ら騎士が常日頃から鍛えているとは言え、こんなにも賊との差があるものなのかね? 彼等とて、荒事を生業にしているのだろう?」


 確かに先輩の言う通りだ。相手が狂乱状態であるのも原因なのだろうけど、それでも四倍ほどの数がいてこうも一方的に蹂躙されてしまう物なんだろうか? しかもよく見ればグレコ隊長達はどんどん賊を無力化してはいるけれど、命までは奪っていない様に見える。


「そう言えば、賊が来ているのに馬車を止めてしまって大丈夫なんですか?」


「そうですね、あの程度の賊であれば、下手に走りながら戦ってバラけるより、一箇所で一網打尽にしたほうが後の処理が楽なので、あえて足を止めているのですよ」


「ふむふむ」


「殺さないことにも意味があるのかい?」


「もちろんですよアオイ様。そうでなければ危険を犯すこと無く命を奪ってしまったほうが手っ取り早いからね。」


 カローナ殿下とそんな話をしている間に続々とヒャッハー達は倒され、残るはあの一番大柄な人だけになっていた。ヒャッハー達のボスだから、ヒャッハーキング? ヒャッハーロードかな? うん、王様って顔じゃないのでロードで行こう。


 ――どうやらそのヒャッハーロードは、グレコ隊長と一騎打ちをしろと喚いているみたいだ。


 隊長はそれを受けるらしく、他の騎士の皆さんはヒャッハーロードを取り囲むようにしながらも距離を開けていく。何で態々こんなことに付き合うのかとも思ったけど、決闘を挑まれたら受けて立つ。騎士というのはそう言うものなのかもしれない。


「殿下、大丈夫なんでしょうか? 相手のおじさんはグレコ隊長より大分大きいですよ?」


「これは私も危険な行為だと思うね、なにせ相手の男は斧を持っているからね……」


「だから先輩はなんでそんなに斧推しなの!?」


「ははは、まあ見ていると良いよ。彼女はあのウォルンタース=アニムスの一番弟子だからね。その実力は王国でも十指に入る程なのさ」


 男は馬の背から降りると、今まで使っていた手斧を捨て、括り付けてあった巨大な戦斧を手にとった。どうやら馬の上から降りたことによって、本来の得意武器を使うつもりらしい。対するグレコ隊長も、馬から降りはしたものの、その手には先程と同じく細剣が握られているだけだった。


「あんな細い剣で……」


「確かに。あんな細い剣では強力すぎる理想的な武器である斧の一撃は防げないだろうね。威力、見た目、重量感、全てに置いて劣ってしまっていると言わざるを得ない。恐らく一度でもあの力強く美しい斧とぶつかり合ってしまえば、あの哀れなほど貧弱な細剣は無様にへし折られ二度と使うことは出来ないほどに痛々しく破壊され尽くすだろうねぇ」


「先輩は黙ってて!」


 先輩が馬鹿な事を言っている間に二人に動きがあった。ヒャッハーロードは戦斧を頭上に掲げると、それをヘリコプターのように振り回し始めた。凄い、風が起きて砂が舞い上がっていく。でもあれって、目を開けていられるのかな? あ、すっごい薄目になってる……。


「わははは、凄い! 凄いよ棗君!! なんて無駄な技なんだろう。これだから斧使いは素晴らしい。全く意味のない虚仮威しっぽいのに、何故かどこか強そうに感じないかね?」


「それは褒めているの???」


 どうも斧の話となると、付き合いの長い僕でも先輩が何を考えているのか分からない。どうやら先輩的に、あの変な斧技はあり・・らしい……。


 ――あ、ついにヒャッハーロードが動いた。振り回した戦斧の勢いを利用して一気に勝負をつけるつもりだ。遠心力も利用した素早い踏み込み、無駄に迫力のある一撃! あんな物を食らったら、人間なんて形も残らない。しかし、グレコ隊長は落ち着いて半身になると細剣を素早く二回振る。一瞬光が見え、風を斬るような音が聞こえ、直後、大地を揺らす轟音が辺りに響き渡る。


「あ……!」


 斧が振り抜かれ、巻き起こる砂煙。視界が一気に悪くなり、その中の様子を見ることが出来ない。僕の胸を不安が過る。


 ――暫く経つと、砂煙が徐々に晴れ、そこに2つの人影が見えてきた。そこには、倒れ伏す大男とその横で残心を残すグレコ隊長の姿があった。


「……凄い、格好いい」


「ぐぬぬ、斧を使っておきながら細剣に遅れをとるとは。斧使いの風上にも置けないやつ。しかし、あのグレコという女傑は確かに凄まじいね、後で斧使いの実力を見せつける必要があるかもしれないよ……」


「解るのかい? アオイ様、彼女の凄さが」


「もちろんだとも、初撃を躱しつつ武器を持つ指を細剣で斬っていた、並大抵の腕前ではないね。恐ろしいほど正確無比な剣捌きだ。弟子とはいえ、ウォルンタースさんの剣技とはあまりに似ていないのだね」


「……はぇ~」


 さすが葵変t……先輩。ただの変態なのかと思ったら、ちゃんと見るところを見ている変態だったんだね。僕の目には剣を抜いた所までしか見えなかったけど、先輩にはちゃんと彼等の攻防が見えていたらしい。


「凄い凄い、さすがですね先輩!」


「ふふん、もっと褒めてくれ給えよ。何なら頭を撫でてくれても構わないんだよ?」


「はーい、先輩はすごいですねー」


「ぶっふ……!?」


「うひゃぁっ?」


 撫でてあげた瞬間に鼻血を吹き出すのは止めてほしいな!? 幸い僕の方を向いてなかったから良かったけど、危うく血塗れの服で聖都入りするところだよ!?


「いや、すまない……まさか本当にしてくれるとは思って無くて。不意打ちで興奮してしまった」


「まったく、自分でしてくれって言ったくせに」


「全くだね、申し訳ない。秀彦は良くこんな地獄のような天国であんな仏頂面を維持できたものだね……」


「ふぁっ!?」


 やめて、思い出すから! あれは……あれだ。朝のテンションでちょっとおかしくなってただけだから! あくまで友情だしね? 友情のスキンシップ! ゴリラは僕の事、友達と思ってるはずだからね! あばばばば……。


「あわわ、ア、アオイ様こちらのハンカチをお使いくださいませ。一体何が!?  ナツメさま、早く治療をお願いいたします」


「……あ、はい」


 そうだ、葵先輩の鼻血、理由がわからない人が見たら驚くよね、いや、理由が解ってても驚きの出血量だけど。兎に角治療しなきゃ。


 ――僕は葵先輩の鼻をつまむと、手刀で首筋をトントンして……。


「あー、棗君? 治療してもらえるのは嬉しいのだけどね。そう言う民間療法じゃなくて、お姉ちゃんは治癒術を施してほしいんだなぁ。そもそも、その治療法はやっちゃいけないやつだからね?」


「あ、そうか! そう言えば僕には法術があるんだった。よし……愚者よりあふれる欲望よ、その氾濫を沈め給え下級治癒術ヒール


「酷い詠唱だね!?」


 めちゃくちゃどうでも良い負傷だったので適当な呪文をつぶやいてみたけど、その効果はてきめんだった。ヤッパリ魔法はイメージが大事みたいだ。適当な治療には適当な詠唱がお似合いらしい。


 と、僕等が馬鹿な事をしている内に、グレコ隊長達は賊を一箇所に集め終え、全員に黒い首輪をはめていた。


「あの首輪はなんですか?」


「あれは隷属の首輪ですね。嵌められた人間は嵌めた人間に隷属する事になる首輪です、あれを付けることで、罪人は完全にこちらに逆らう事は出来なくなります」


「隷属……」


「あ、勘違いしないでください、我が国には奴隷制度はありません。あれは罪人を捕え、就労に就かせるためのものです。罪の重さによって労働の刑期は変わりますが、人道的な労働環境で強制的に労働してもらうのが一般的ですね。その為、ああ言った賊は、なるべく無傷で沈静化するのが理想的なのです。その方が労働力として期待できますからね。無論、よほどの実力差がなければそのようなことはいたしませんが」


 なるほど、魔法のある世界だと、罪人はサボることが出来ないのか。ある意味恐ろしいな。もし、あの首輪を僕等がはめられていたら……いや、そんなつもりが無いからこそ、彼等は僕らの目の前であの首輪を使っているって事なんだろうけど、サンクトゥス以外の国に行く時は気をつけたほうが良いのかもしれない……


「それにですね、ご心配なさらずとも、女神様の使者である皆様にあの首輪は効果がありません」


「え、そうなんですか?」


「はい、あの首輪は女神マディスの加護で発動いたしますので」


「なるほどなるほど!」


 良かった! 使われないことが解っていても、そう言う道具があるっていうのは怖いものね。


「……つまり。女神と同格の、例えば魔族が信仰する神などが居るのだとしたら、私達にも通用する隷属の首輪が作れるのかな?」


「え?」


「……その可能性は無いとは言い切れません。しかし、魔族がその様な道具を使ったという報告は、過去数百年の間に一度もありませんね」


「ふむ……」


「――あらあら、皆さんそんな暗い顔をしていてはいけませんよ。さぁ、中断してしまっていたお昼ご飯を食べましょう」


 少し怖い話になって心が沈んでしまった所に、コルテーゼさんの明るい声が響く。中断してたお昼ご飯と聞いただけで、僕の心は少し軽くなるのを感じた。コルテーゼさんはこういう所が凄い。この人はいつだって僕たちのことを見ていてくれて、心も体もケアしてくれているんだな。


 優しい微笑みを湛えてサンドイッチを差し出してくれているコルテーゼさんを見ていると、さっき少しだけ感じていた暗澹とした気持ちが完全に霧散していくのを感じる。うん、サンドイッチが美味しい。新鮮野菜がパリパリ、コクのあるたまごサンドも堪らない! 驚いたことにこの世界、マヨネーズがあるんだよね……本当に驚くよ。


「ふふふ、ナツメ様は本当に美味しそうにお召し上がりになりますね」


「あぅ……」


「いいのですよ、そうやって美味しそうに食べていただければ、作った者も料理人冥利に尽きるというものでございます、後で私から伝えておきますね」


 うう……恥かしい、でも美味しい。もぐもぐ……幸せになるほど美味しい。


 僕たちがサンドイッチを食べながら談笑していると、どうやら騎士の皆さんも事後処理を終えたようで、馬車の方に近づいてきた。おお、先程見事な剣技を披露してたグレコ嬢も来てる、さっきの戦いは本当に格好良かったなあ。


「皆様、大変お騒がせいたしました。賊の鎮圧及び隷属作業、全て終了いたしました」


「ご苦労、君らも疲れただろう。私達も昼食をとっている所だ、君たちも休憩を取ると良い」


「はっ! ありがとうございます」


 隊長さんの号令で騎士のみなさんが手際よく休憩の準備を始める。お、皆さんあのバケツみたいなヘルメットを外し始めたぞ。て、おぉ、皆さんわりとゴツ目だけど意外と美形が多い。ヤッパリ騎士の皆さんっていうのは生まれとかが良いのだろうかね? さて、それではかの女傑、グレコ嬢のお顔はどんなかな?


「はぅ……」


 思わずため息が漏れてしまった。ヘルメットを外した下からは美しい若草色の髪の毛が流れ、汗ばんでは居るものの透き通るような白い肌が姿を現した。しかし、それより何より僕の目をひきつけたものは、その美貌と長く尖った耳だった。


「おぉ、エルフだね! 姫騎士エルフだよ棗君! 本物だ」


 横で先輩が呟くのを耳にして、彼女がどういった存在なのかを理解した。この世界に来て初めて目にする亜人。あまりにも美しいその姿は幻想的で、僕はその姿から目を離すことができなくなっていた。






 横で「くっころくっころ」騒いでる先輩居なければなお良かったと思う……。


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