第十八話 初勝利とフニフニといい香り

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「やった!!」


「……。」


 やった! ついに秀彦から一本取った! この体になってから、はじめての事だから本当に嬉しい。ついつい嬉しくて、その場でぴょんぴょん飛んでしまったのは、我ながらちょっとどうかと思うけど、嬉しいものは嬉しい。力や体重で勝てなくても、寝技に引きずり込んで押さえ込めば、そう簡単には返されないかもしれないと思ってやってみたらビンゴだった。上四方固めががっちり決まった瞬間に「まいった」してきたからね、流石にあそこまで完璧に決まったら返せないって事なんだろうな。30連敗くらいしたけどこの一勝は僕にとって凄く大きい。


 負けた秀彦はと言えば、顔を真赤にして僕と目を合わせない、相当悔しいみたいだな! ふふん。


「どうだヒデ、こんな体になった僕も捨てたもんじゃないだろ?」


「な、おまっ体って!?」


 なんだ? 何を慌ててるんだ? 変なやつ。


「兎に角、僕はこんな体になっちゃったけど、今だってずっとお前のライバルなんだからな、それは忘れるなよ!」


「お、おう……」


 なんだよ、歯切れ悪いな。まぁ良いや、僕にとっては、秀彦に全く歯がたたないって言うのは凄く悲しかったからな。僕は秀彦とは常に対等でありたい。そのうちレベルが上っちゃったら差ができちゃうだろうけど、少なくとも素の状態でなら、今でも僕は秀彦に対抗できるライバルなんだって事だけは証明しておきたかった。だからなんとか一勝でも出来て本当に良かった。


 あんまり嬉しいから、もう一度秀彦の方を見て笑ってやったらまた目を反らしやがった。なんだよそんなに負けが悔しいのか? 心が狭いやつだ、森の紳士のくせに。




 ――――side 森の紳士




「ヒデ、何であんなに簡単にタップしたんだねぇ?」


「……」


 なにか聞こえる気もするが俺は無視を決め込む。


「ひーでー、ヒデー? 顔があかいぞぉ? フヒッ」


 さっきから俺の周りを、この世で一番鬱陶しい生き物がグルグル回っている。


「さっきの押さえ込み、力づくで暴れればまだ抜けられるチャンスはあったんじゃないかなー?」


「……あれだけしっかり固められたら女の体とはいえ、そう簡単には外れねえよ」


 こいつ……絶対分かってて言ってやがる。


「ん、んー? そもそも柔道の試合じゃないんだから押さえ込みは決め手ではないよね~? ね~?」


 うるせぇな……ムカつく顔をしやがって、我が姉ながらこういう所は本当に最悪だ。


「……ったんだよ」


「んー?声が小さくて聞こえないなあグフッグフフ」


 くっそ……。


「しょうがねえだろ、あいつに抑え込まれた時とんでもなかったんだぞ!」


「具体的にぃ?」


「調子にノリすぎだ!」


「ふぎぃっ!?」


 俺は馬鹿姉の頭に盾を落として練兵場を後にする。


 言えるわけねえだろ、あいつに抑え込まれたらすげえ柔らかくていい匂いがしてパニックになったなんてよ……。あいつとの模擬戦はもう禁止だな。


 俺は取り敢えず汗を流そうと風呂場に向かった。こういう時はさっぱりして気持ちを入れ替えるに限る。……が、過去の経験から嫌な予感がしやがる。


 いや、昨日は結構姉貴も女王もきつめに叱ってたから流石にないか。いくらナツメでも、別に露出狂って訳じゃないはずだからな。


 ガラッ……


「お、やっと来たなヒ……」


 ガラッ……ピシャン!


 ……。


 可怪しい、風呂場に白い馬鹿が居た。


 ………………。


 ブチッ!


「どぉぉぉぉなってんだお前の脳みそはよおおおおお!!!」


「ヒェッ!?」


 なんでアイツはしれっとまた男湯に入ってやがるんだ!?脳みその代わりにとろけるチーズでも入ってやがるのか!?


「誤解だよヒデ、よく見てよ!」


「見れるわけねえだろ!ブッコロスぞ!!」


 寄るな、寄るな!!お前マジでいい匂いするからきついんだよ馬鹿!


「く、来るな変態、いい加減にしねえと絶交するぞ!!」


「変態とは酷いな、よく見ろよ。今日はちゃんとコルテーゼさんに頼んで水着を借りてきたんだよ!」


「へ……?」


 恐る恐る目を開けるとたしかに、セパレートタイプの白い水着を身に着けた棗が仁王立ちしていた。物凄くドヤ顔してるけど、十分アウトな気もするんだが、それ……。


「これでもう、追い出させたりしないぞ!さあ、ひとっ風呂あびるぞ、親友ゴリラ!」


「お、おう……」


 流石にここまで用意した奴を簀巻きにしてぶん投げるのは心が痛む、水着なら何とかなるはずだ。アレは疚しい物じゃない、水遊びをするための服だ、何も問題はない……。


「て、言うか何でお前そんなに頑なに男湯に来るんだよ? 女湯とか天国だろうが?」


「ん~?」


 俺の質問に顎に手を添えて、コテンと小首をかしげる棗。おい、お前仕草が体に引っ張られてねえか? ずいぶんとあざといぞ、その動きは。いや、別に可愛いなんて思ってねえからな?


「確かに葵先輩とかと入るのも楽しいんだけどさ、僕はやっぱりヒデとお風呂に入るのが一番好きだから」


「グハッ!?」


 藪を突いて蛇どころかドラゴンがでた。なんて事言いやがるんだこの馬鹿。まったく、こっちの気持ちも知らねえで、こいつは……。


「……たく、偶にだぞ?」


「え?」


 だから小首をかしげるな!


「偶になら付き合ってやるよ! ちゃんと水着着てこいよ? あと他の連中に見つかるんじゃねえぞ!」


 俺の許可が出ると、棗は心底嬉しそうに笑い、こちらに向かって駆け出した。おい、まさか!?


「ヒデ、有難う!!」


「うぉぉぉ、やめろ! 抱きつくんじゃねえ!!!!」


「何でだよ、冷たいな! 友達だろ!!」


「男友達が風呂場でハグするわけねえだろ!!」


 俺は慌てて接近してきた馬鹿をバスタオルで簀巻きにして女湯に放り投げる事にした。あぶねえ、やっぱりこいつに甘い顔しちゃ駄目だ。こいつはナチュラルに危険なやつだ。


「おい、ゴリラ!話が違うじゃないか!! おい、こら、ブタゴリラァ!!」


「うるせえ、風呂を一緒に入るのは許したが、ダチ同士で裸のハグとか許すわけねぇだろ、馬鹿が。頭冷やしてお風呂マナー学び直して出直しやがれ!」


 閉めた扉の向こうでなにか喚いているが、どうやら姉貴に捕まったのか、声が遠のいていく。


 危なかった、あんなのにハグされたら、俺の中の何かが壊れちまうところだった。これからのことを考えると頭がいたいな、早くあいつには女としての自覚を持って欲しいもんだ……。


 ……俺の体と心の平穏のために。



 ――――……



「ナツメ様?」


「何? セシル?」


 簀巻きにされてお風呂に放り込まれた僕をセシリア女王様が解放してくれた。呼び名に関してはセシリア女王様が、愛称で呼んでくれってお願いしてきたから、今はセシルって呼んでるんだ。


「ナツメ様はその、何故ヒデヒコ様とのご入浴を望まれるのですか?」


「ん? それは昔から一緒に入ってたからだよ、こっちに来てからは急に冷たくなったけど、前まではよく一緒に銭湯とかにいっていたんだよ」


「まあ、まあまあ!」


 僕の話を聞いたセシルの顔がほころぶ。何だろう? 何かのスイッチを入れちゃった? セシルの目の輝きが増して、何やらとっても不穏な雰囲気を感じる。


「もしかしてもしかして、ナツメ様はヒデヒコ様の事をお好きなので御座いますね?」


「ん? ん~、そうだね、僕はヒデの事が一番好きだね友人として


「まぁぁぁ、まあまあまあ!!」


 なんかセシルの目がキラッキラに輝いているけどどうしたんだろう、今の話の流れでセシルが喜ぶような事あったかな?


「うーん、目の前で勘違いと勘違いが絶妙に噛み合わずに会話を成功させているねぇ、面白いから放置して置こう」


 葵先輩が何かをつぶやいているけど、声が小さくて聞こえないや。取り敢えずセシルが何故上機嫌になっているのが気になるけど、明日からいよいよレベル上げの準備とかも始めるらしいし、余り長風呂をしている訳にはいかないから今日の所は気にしないでおこう。


 って、なんかセシルが急に秀彦の話ばっかりし始めたな。僕との出会いとか、向こうの世界での生活とか、急にどうしたんだろう? 特に二人でいる時は何をしていたのかとかをやたらと聞いてくるなあ。


 ……ははーん、さてはセシル、ヒデに気があるのかな? なるほど、あいつ格好いいもんなあ。分かる分かる……。でもあいつって女に興味あるのか、親友の僕にも良く分からない所あるからなあ。セシルの恋のハードルは高いぞー。


「むぅ、棗君がどんな事考えてるのかが手に取るように分かる。噛み合ってないなあ……」


 また葵先輩が何かをつぶやいているけど、やっぱり声が小さすぎて僕には聞き取ることが出来なかった。


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