第三十一話 小柄な騎士
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――聖都の南、白く美しい街並みから外れた郊外に、この聖都にしては珍しい無骨な作りの門がある。塗装されていないむき出しの木材に、無骨な鉄板を鋲で打ち込まれた門。通称南門と呼ばれるその門は、絶えず森からの魔物の襲撃に晒されるため破壊される事が多い。修理するそばから破壊。または、傷つけられる南門は、流石の聖都といえどメンテナンスが追いつかないからこんな作りになってるらしい。元々はここにも白い門が
また、その様な危険な場所であるがゆえに人通りも少なく、何軒かの兵舎がある以外は防衛用の柵などがあるだけで凄く殺風景な場所だった。聖都を包むお香のような香りもこの場所までは届かないらしい。厳しい戒律と法律で縛られているとはいえ、数多くの人々でごった返す聖都中心部とは全く別の街であるかのように感じる。
しかし、今日の南門はいつもと少し様子が違っていた。
この殺風景な南門には今、純白の騎士が集結していた。そうリーデル団長率いる教会騎士団第一分隊。マディス教団が誇る最高の騎士達なのだそうだ。それぞれが純白の全身鎧に身を包んでおり、顔を見ることはできないけど、精強な騎士なのだと感じることが出来る。
「整列! 総員装備を確認、問題がなければ出発する。本日は異世界からいらっしゃった勇者アオイ様も同行してくださるそうだ。各々気を引き締めて任務に挑め!」
よく通る声だ、リーデル団長は今日も元気だね。眉間の皺はもうあの人の個性だ。団長の声を聞いただけで騎士の皆さんの雰囲気が引き締まった。号令の後、皆さんが荷物と装備の確認を始めたので僕も少し離れた所でそれに倣う。一応、全身鎧を着て幻術も展開してるから、あまり僕の事は疑われないはずなんだけど、じっくり観察されるとバレちゃうかも知れないからね、持ってるの剣じゃなくて杖だし。
――あ、団長の横に先輩が立ってる。美男美女は並ぶと絵になるなあ。リーデル隊長は兜をしていない。今日も赤い髪が炎みたいでよく目立つ。
「おい
ふむふむ、葵先輩今日は猫かぶりモードでいくんだね。いつもああなら凄い美人さんで格好いいのになあ。
「おい、ヘミング? ヘーミング。無視すんなコラァッ!」
「あいた!!」
「お前今日なんかへんじゃねえか?」
いつのまにか僕の横に立ってた騎士の拳骨が、僕の兜に振り下ろされた。兜越しでも結構な衝撃が伝わる……痛い。そうだった、僕は今、
「ごめんごめん、えーと。えい!」
僕を叩いた騎士さんの顔に、魔力を込めたアメちゃんを近づける。
「お、何だこの杖? ……て、んぉっ!?」
「汝は我が友我が同胞。汝これを疑うことなかれ
僕は周りの騎士に気づかれない様に小声で詠唱をする。ウェニーおばあちゃん直伝幻術発動。対象を軽い洗脳状態にする魔法だ。興奮状態の人や魔物には効果がないし永続する訳でもないのだけど、色々便利だからと教わっておいたのが早速役に立った。ありがとうおばあちゃん。因みに込める魔力とかけられる対象の魔法抵抗力によって、その効果には差がでるらしい。
僕の魔力をうけて目の前の騎士の体が少し脱力する。
(そろそろ良いかな?)
「――君の名前は?」
「……キース」
「おっけー、キースさんだね」
本来
「
「ん? いや、ない……ないな。なんだ? 悪いな変なこと言って」
「いいよ、きにすんな。そう言うのは誰にだってあるものさ……」
どうやら上手く幻術にもかかってくれているね。この幻術はささやかな物なので早く出発して欲しい。かける対象が大人数なので、皆が僕に違和感を覚えにくくするって程度の術なんだよね。でも、出発してしまえば皆任務に集中して、小柄で杖を持ったヘミングに違和感を持ちづらくなるだろうから本当に早くして欲しい。
「よし、各員整列、これより任務を開始する。貴様らも知っているだろうが、先日第三分隊がこの任務で壊滅している。第三分隊は我ら程ではないが精鋭、それが壊滅したほどの任務だ、各々重々注意せよ!」
「「「はっ!!」」」
ほえぇ~、流石迫力あるなあ。普段から緊張感のある人だけど、任務の時はまた一味違うね。あれで僕らの前ではあまり威圧感とか出さないように気にしてたのかもだね。意外と優しい人なのかも知れない。
「私からも一言宜しいかですか?」
「もちろんです、勇者アオイ様」
「ありがとうございます」
今日の先輩は生徒会長だった頃を思い出すなあ、なんかこうして並んで聞いてると全校朝会みたいだ。
「皆さん、私は女神マディスの使徒、勇者葵です」
凛とした声が響き、全員の視線が葵先輩に集中する。
「本日は皆様の行軍に同行させて頂く事となりました。女神より与えられた私の力と、皆様の熟練された技を持ってすれば、この任務、誰ひとり欠ける事なく達成出来るものと信じております」
力強くよく通る先輩の声。騎士の皆さんも先輩の声に惹きつけられて誰一人声も発していない。
「皆さん! 私の力を存分に使って下さい。魔王を討つに足る力、必ず皆様に示して見せましょう!!」
「「「おぉぉぉぉっ!!」」」
勇ましい言葉とともに葵先輩が斧を抜く。あれは女神様にもらったアーティファクトの斧だね。陽の光を浴びで光り輝く斧は、実に神々しく、騎士の皆さんの士気を上げていく。 ……あれが剣だったらもっと絵になると思うんだけどなあ。
「それでは縦列陣で進行、進め!」
リーデル団長の号令で騎士団が移動を始めた。どうやら先輩は先頭を行くみたいだ。リーデル団長は指揮があるから真ん中。僕は大分後ろというか、走竜の操縦が下手なので置いていかれ気味である、気をつけないと目立っちゃう……
しかし、動物に嫌われる質の葵先輩がちゃんと乗れている辺り、この教会騎士団の竜はよく躾けてある。お利口さんだね。
んんっ!? でも、よく見るとなんか先輩の乗ってる走竜だけ歩き方が変だから、やっぱり嫌われてるのかな? あー、でも葵先輩は嬉しそうだ、そうだよね先輩って盲導犬に噛まれるくらい動物に嫌われるもんね、走竜触れてよかったね先輩。これが馬だったらどんなに訓練してても駄目だった気がする……
それにしても……。
「よぅ、ヘミング。お前、走竜の操縦そんなに下手だったか?」
「いや、今日は調子が悪くてな……」
「調子じゃねえよ、腰が入ってねえんだよ!」
「ひゃんっ!? な、ななななな……!?」
突然キースさんにお尻の辺りを平手打ちされてパニックになる。な、ななな、なにをしやがりますかこの人は!?
「何だおまえ、女みたいな反応するな?」
あ、そうか、今の僕はヘミングさんなんだった!!
「バ、バッカか貴様! お、おいどんは勇ましき漢ん中の漢ですたいのよ!?」
「何語だよそれ……」
危ない危ない。どうやらヘミングさんとキースさんは普段から付き合いがあるみたいでやたら絡んでくる。なんとなくこの男友達特有のノリは懐かしさがあって嬉しいのだけど、この二人はちょっとボディタッチが過剰なんじゃないかな?かな!? 僕が聖女になったせいでそう感じるだけかな?
「気を抜くなよ? お前、ただでさえ団長に目付けられてるんだからな。今回は良いとこ見せるんだぜ?」
「キース……」
「情けない声だすなよ。大丈夫、落ち着いてやれば問題ないさ。今回は勇者様もついてるんだからな!」
……キースさん良いヤツなんだな。どうにもあまり成績の良くない友人、ヘミングさんを気にかけて、態々励ましてくれているらしい。問題は爽やかな笑顔で拳を僕のオッパイに押し付けてることなんだよね……鎧越しなんだけど。思わず声を上げそうになっちゃったよ。先輩のせいで僕の体に触る人にとっさに杖を刺しそうになるので、できればボディタッチは止めて欲しい。
「ところでヘミング。お前あれどう思う?」
「あれ?」
「ばっか、前見てみろって」
「ん?」
僕らの目の前には挙動の可怪しい走竜と、それにまたがる葵先輩が見える。
「勇者様……美しいよな」
「はぁっ!?」
キースさん、いや、もう呼び捨てでいいかなコイツ、なんか肩組んできて近いし。キース、お前一体何を言ってるんだ?
「……ヘミング決めたぞ俺は!」
「何をだよ?」
「俺はこの遠征で、アオイ様のハートを射止める!!」
「うーん、何に腹を立てたのかわからんが、流石に女神の使徒である勇者様の心臓を矢で射るのは良くないと思うぞ? ……止めないが」
「お前の発想恐ろしいな!?」
学生時代を思い出すなぁ。猫かぶり葵先輩のモテっぷりったらそりゃもうもの凄いからね。男女構わず魅了してたし。でも、あまりにも綺麗すぎて、皆遠くから眺めたり、下駄箱に手紙入れたりと間接攻撃が多かった印象だったな。改めて見るとあの人凄い美人だし、それも納得しちゃうけどね。更にこっちの世界では救世主様でもあるんだもんね。もうどんだけ設定盛ってるのってレベルだよ。ていうか、キースお前は高嶺の花と物怖じしたりしないんだな。中々に凄いやつだ。
学生時代の葵先輩も凄くモテていたけど、彼氏とかそう言うのはいなかったから、普通は怖気づいて近づけないものだと思うんだよね。実際彼氏いたかどうかなんて聞いた事はないけど、いつも僕とヒデと三人で遊びにいってたもんなあ。だから多分いなかったよね?
「とにかくだ、お互い気合い入れて頑張ろうぜ! おれは恋に、お前は名誉回復に、な!」
「――ふふ、キース、お前バカだけど良い奴だな」
「一言余計だ! 良い奴だけにしておけ」
最後にもう一回、今度は優しめに僕にタッチしてキースは列に戻っていく……うう、またお尻触られた。
しかし、あのキースの友達ならヘミングさんもいい人なのかもしれない。帰ったらお詫びとお礼を兼ねて挨拶に行こう。お土産も買っておこう。
……――そういえばヘミングさんの術はそろそろ解けたかな?
――――…… Side コルテーゼ
――さて、本日もナツメ様にとって良い一日にしなくては。
まずはお目覚めになられたナツメ様に、最高のお茶を味わっていただくといたしましょう。アオイ様が遠征に出られておりますので、ナツメ様も寂しがっておられるはず。本日のお朝食は、ナツメ様の好物、コルテーゼ特製のいちごジャムと焼き立てスコーンでございますよ。
私はナツメ様の部屋の扉の前に立つと、一度身だしなみを整えノックをする。
「ナツメ様、お目覚めでございましょうか? コルーテゼでございます」
「……どうぞ」
ん? お風邪でも召されたのでしょうか? いつもは鈴がなるような美しいお声でございますのに、本日は何やら……いえ、ナツメ様のお声がどうあれ私は私の仕事をするまででございます。
「失礼いたしますナツメ様、朝食をお持ちしました」
私が扉を開くと、そこには薄い素材で作られた可愛らしいパジャマを身に着けた……二十代後半の肉付きの良い屈強な男が立っていた。胸元に薄っすら見える胸毛がたくましい……
「おはようございますコルテーゼさん、今日も美味しそうな朝食ですね」
「き……」
「き?」
「キィャァァァァァァァァァッ!?」
ありえない
『ごめんなさい殿下、コルテーゼさん、グレコさん。やっぱり僕も遠征に付いていきます。きっと何かお役に立てると思うから。あ、その男性は僕の幻術にかかっているだけの教会騎士様なので丁重におもてなしして下さい。 ナツメ 』
「ナツメ様ぁぁぁぁ!?また貴女という御方は!!」
「コルテーゼさん。私、教会騎士団の後を追います! 後の事は任せました!!」
「えぇ、私をこんな怪人と二人きりにしないで下さいまし!」
「……う、うぅっ?」
グレコ隊長に組み伏せられたせいでナツメ様の魔法が解けたらしく、先程の裏声ではなく男性特有の低いうめき声が聞こえます。グレコ隊長が立ち去ってしまった今、私はこの可愛らしいパジャマを着た男性と二人きりでございます。正直危険はないとわかっていても恐ろしい状況でございます。
すると、そこに騒ぎを聞きつけたカローナ殿下がいらっしゃいました。
「一体何事だい? 朝から」
「カ、カローナ殿下! それが……」
「うわぁぁぁぁ、何だこの化け物は!?」
いけません、カローナ様が恐怖で抜剣なさいました! ナツメ様の手紙の感じではこの方は恐らくナツメ様の犠牲者であられるはず。
「いけません殿下、気持ちは分かりますが剣を収めて下さいませ!」
「うわぁぁぁぁ!? ここはいったい? ヒィッ剣!?」
「離せコルテーゼ、そいつを殺せない!!」
「いけません、いけません!!」
あぁ、ナツメ様。貴女様は何故行く先々でこんな問題を……ある意味貴女様が一番の問題児でございます。
私、メイド長でありながら、この惨状を前に意識を失いそうでございました。覚えておいてくださいましね……ナツメ様!
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