第三十話 そわそわする

69




 うろうろうろうろ……


「……」


 うろうろうろ……


 ガチャッ


「…………」


 うろ……


「あー、もう何なのかなさっきから!」


「ひぇっ!?」


 僕が部屋の中をウロウロしていたら、ドアの前に葵先輩が立ち、呆れ顔で僕を見つめていた。


「な、なんの用でしゅか!?」


「なんの用じゃないよ、まったく。さっきからずっとウロウロソワソワと。最近私は勇者としてレベルアップしたせいか、人の気配とかには敏感になっているからね。君が落ち着きなく部屋の中を彷徨きまくっている気配をずっと感じさせられていたんだよ?」


「……本当は?」


「天井裏からみてたッへぶぅ!?」


 当たり前のように犯罪をカミングアウトする変態の顔に杖を突き刺し牽制する。結界張ってあったはずなのに一体どうやって入ったんだこの人。最近いよいよ人間離れしてきた気がする、僕も修行して対応せねば……


「うう、杖で突き刺すなんて酷いなあ棗きゅん。女の子の眉間は大事な場所人体急所なんだZO☆」


「男でも大事なんですけどね……」


 相変わらず無駄に硬い。最近では僕の膂力でダメージを入れるのが難しくなってきた。


「それで、何でそんなにソワソワしてるんだい?」


「べ、別に、ソワソワなんてしてませんよ」


 なにを突然失敬な。ま、まるで僕がそわそわする理由があるみたいじゃないか。僕はいつもどおりのクールさんですよ、氷の聖女さんです。別になにか待ってて、早く来ないかとそわそわなんかしていませんよ。まったく。


「そ、そそそ、そうだ、葵先輩。折角来てくれたんだからお茶でも入れますよ、よよ」


「狼狽え過ぎだよ棗君。君、今までそんな事した事ないだろう」


 うぐ、折角おもてなしをしてあげようと言っているのに失礼な先輩だ。僕だってコルテーゼさんとかのやり方を見てるんだから、お、お茶ぐらい入れられますよ~。それに今まで入れなかったからと言ってこれからも入れてはいけない訳ではないしね!!


「因みに君が今注いでいるそれは、お湯ではなく水だ……」


「……ッッ!! もう、帰って下さいぃぃっ!!」


「へぶっ!?」


 僕は手近なクッションを先輩に投げつけ、怯んだ隙に扉を締めて施錠する。もちろん結界も貼り直し、天井裏も床下も通れなくすることも忘れない。まったく何しに来たんだあの人は!




 ……コツコツ




「ッ!?」


 窓の外から聞こえた小さな物音に、僕は勢いよく振り向いた。そこに居たのは、窓に近づくことができず、仕方無しにホバリングしながら結界をくちばしで叩く、最近見慣れた小さな鳥だった。


「ああ、ごめんね、今結界に穴を開けるからね」


 いつまでもホバリングなんてさせては可愛そうなので、僕は慌てて窓を開きアメちゃんを構えた。意識を集中し結界に押し当てると、結界に触れたアメちゃんの先端が薄紫の光発し、それが徐々に波紋のように広がっていく。丁度鳥が一羽通れるくらいの大きさになったところで鳥は結界をくぐって窓に降り立った。その足にはいつものように手紙がくくりつけられている。


「やぁ、どうもお疲れ様、いつもありがとうね」


 いつも手紙を届けてくれている鳥さんに懐から出したビスケットを近づけると、鳥は嬉しそうにそれをついばみ始める。うんうん、気に入ってくれたようで何より。


「チッチチ……」


 後ろでマウスくんが自分にもよこせと両手を上げている。熊のファイティングポーズのような格好だが、迫力が皆無で可愛らしい。


「ふふ、もちろんマウス君のもあるから大丈夫だよ。一緒にビスケット食べながら手紙を見ようか」


「チチチ!」


 僕の言葉に反応して嬉しそうに机の上を回るマウス君……うん、今日も間違いなく言葉を理解してるね君。まあいいけどね。


 僕の手からビスケットを受け取ったマウス君は、それを両手で持ちながら僕の方を見つめてくる。どうやら僕が席につくのを待ってくれているらしい。まったく、どんどんねずみ離れしていくね君は。一体どこに向かっているんだい? そのうち本当に喋りだしそうな気がするよ……


「それじゃあ開けるよー」


「チチチッ!」




「――よう、手紙みたぞ、棗」


 手紙を開くとそこからいつもの立体映像のようなゴリラが浮かび上がる。ほとんど毎日送り合っているのに未だに手紙に話しかけるのが慣れないらしい。緊張した感じで話す秀彦はなんだか見ているだけで面白い。


「なんだろうな、こういうのまだ慣れねえけど、お前の悩みについて俺なりに考えてみたからそれを言うな」


 ボリボリボリ


 マウス君と一緒にビスケットを齧る。バターの香りが心地よい。


「まぁ、回りくどいのは好きじゃあねえから結論からな?」


 ポリ……



「らしくねぇぞ棗ぇッッッッ!!」



 ビクッ!?


 おぃぃ、いきなり大声出すなゴリラ!! 思わずビスケット落としたろうが!!


「なにウジウジしてるんだお前。お前はいつだってまっすぐバカみたいに突っ込んでいくだろうが」


 なんだとコノヤロウ、人をイノシシみたいに。


「悩むな、やりたいようにやれ。いざとなったらそっちにゃ姉貴がいるだろ。姉貴に任せりゃ大概はなんとかなる。迷惑かけたくないとかそう言うのは似合わねえぞ」


 失礼なゴリラだな! 確かに最近迷惑かけまくりだけど、お前に言われるのはなんか釈然としないぞ!


「だから気にするな。お前はお前が正しいと思う事をやれ!」


 ――言いたい放題言うなあ。でも、僕が聞きたかったのはこれかも知れない。やっぱり秀彦は僕のことを分かってる。こんな乱暴で頭の悪い言葉なのに、聞いてるだけで胸が暖かくなっていく気がする。


「姉貴にかける迷惑は無料タダだ! めいいっぱいかけちまえ。その分お前も頑張って皆の役に立てば良いんだ」


「酷いなあヒデは、私は一応棗きゅんには無理してほしくないから、お留守番してて欲しいんだけどねぇ」


「でも、やっぱり僕の力で助けられる人がいるなら、僕は今回の調査に付いていきたい。それが僕の聖女としてこの世界に来た意味だと思うから」


 皆に迷惑をかけまいと言う気持ちは確かにある。でも、僕は勇者の仲間としてこの世界に来ているんだ。


「僕は守られる存在じゃない。僕が皆を守りたいんだ!」


「ふむふむ、そう言う事ならお姉ちゃんも頑張っちゃうよ!」


「ありがとう、葵せん……ぱ……」


「ふふ、どんと任せてくれたまえよ、必ず君を……」


「どこから入ったこの変態ストーカー!!」


「ヒギィッ!?人中じんちゅう女の子の大事な場所人体急所だから、杖を突き刺しちゃ駄目だよ棗きゅん!!」


「本当に頑丈だね!?」


 まったくいつの間に結界をくぐり抜けたのこの人!? あと人中打ち抜かれてるのにずいぶん余裕だね!!


「ふひぃ、そんなに怒らないでくれたまえ。とりあえずお姉ちゃんは退散するのでお手紙の続き楽しんでねー、バイバイ」


 僕の法術で傷を癒やした葵先輩はそそくさと部屋から出ていった。全く何しに来たんだあの人は。先輩が来たから閉じてしまった手紙をもう一度開くと、また最初から秀彦の映像が再生される。



 ――僕はきっと、勝手な事をして、これからもいろんな人に迷惑をかけてしまうのかもしれない。でも、その何倍も頑張って傷ついてる人を救いたい。秀彦の言う通りだ。戦いは秀彦と先輩に任せるかもしれないけど、僕は僕のやれる事をやるべきだ。僕の意思は決まったよ、ありがとなヒデ、やっぱりお前に相談してよかった。


 ……で、それはそれとして。


 僕はこの手紙に元気をもらった。それは間違いない。でもなんだろう、自分でも解らなくてもやもやする。なんかこの手紙に期待してたものが足りない気がするんだ。


「あー、それとな、棗」


「なんだよ、まだなにかあるのかよゴリラ」


「あーその、なんだ、えーとだな」


 なんだ、端切れが悪いな。ゴリラなんだから言いたい事があったら何も考えずに言えばいいのに。なにをくねくねしてるんだコイツは……


「――その、な。この間の化粧してたやつな、似合ってた。すげぇ綺麗になってたぞ」


「……ッッッ!?」


(ボフッ)


「じゃ、じゃあな。やりたいようにやれとは言ったけど、無茶はするなよ? またな!」


「……」


 ッ…………


 ……………… …………。


「ふむふむ、本当は期待してたけど、いざ言われてみると破壊力が強すぎて脳がショートしてしまったかな?」


「~~~~~ッ!! なんでまた当たり前のように部屋に居るんですか!!」


「目がっ!?」


 まったく油断も隙もない。また「眼球は乙女の大切な所なのぉ!」とか言いながらのたうつ葵先輩。今度教皇猊下にお会いしたら邪なものを滅する法術とか教えてもらおう。とりあえず今度は絶対戻ってこないようにコルテーゼさんに引き渡して厳重に監視してもらうことにした。


 葵先輩の排除を終えた僕は、机の上に置かれた封筒に目をやると、早速返事を送るための準備を始める。本来この封筒は、内容を上書きする事で何度でも繰り返し使えるらしい。だけど、なんとなく他人からの手紙を消してしまう事に抵抗のあった僕は、頂いてるお給金を使って新品の封筒を買い貯めしてあるのだ。


 あと、今日の手紙はドタバタしてて落ち着いて見れなかったから後でまた見たいしね。


 そんな事を考えつつ返信封筒に魔力を贈ろうとして手を止めた。横にある鏡を見ると、いつもどおりの自分の顔が写っている。僕は一旦返信封筒を引き出しにしまうと、代わりに先日先輩にもらった化粧箱を取り出した。



 ――ど、どうせなら褒めてもらったお化粧してから返事をしよう。



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