閑話 聖女の休日

37




 魔王軍の襲撃から日は過ぎて、平和になったサンクトゥース王城。しかし、閑静であるはずの王城に、うら若き乙女の声がこだましていた。


「やだやだやぁだぁー!!」


 僕の目の前でミノムシのようなものがゴロゴロと、ベッドの上を行ったり来たりとのたうっている。


 ――昔、誰かが言っていた。人の魅力という物は、容姿などはあまり問題ではなく、中身こそが大事なのだと。今目の前にいる醜悪な化物をみるとあの言葉を思い出す。あれを言っていたのは誰だったろうか……?


「遠い目してんじゃねえよ、あれ何とかしろや」


「なんで僕が……あれ、お前のだろ?」


「俺のって言うな」


 横にいる野生動物の目にも、目の前のミノムシは醜悪なものと映っているらしい。そう言えば僕にさっきの言葉を教えてくれたのは、黒髪が美しい優しい幼馴染のお姉さんだった気がする。


「やだやだやだぁ、今日は棗きゅんと一緒じゃなきゃやだぁー!!」


 ちなみに、いま僕のベッドの上でジタバタしているのは武原葵と言う名前のミノムシらしい。美しい金髪を振り乱しながら、僕のベッドの上を縦横無尽に転がりながら駄々をこねている。


「他人のふりしようとしてんじゃねえよ」


「心読むなよ」


 横に立つゴリラは彼女の弟のゴリラで、名前はゴリラと言う。野生動物っていうのは勘が良いので、時々こうやって僕の考えを読んだりするけど、優しい森の住人なので害はない。


 それにしても。嘗て、学園一の美少女、現代に残った最後の大和撫子。と、呼ばれた先輩が僕には居たんだけど、あの人はどこへ行ってしまったのだろう。先程から目の前でのたうつ生き物は、とうとう僕の目をじっと見つめて、僕のリアクションを無言で催促してくるようになった……はぁ。


「……あー、もう分かりましたよ! 何なんですか先輩は、もう。何かしてほしいならはっきり言ってください。どうせ暇ですから付き合いますよ!」


「うへへへ~、棗きゅんの言質いただきました~」


 ベッドに横たわったままニヘラと笑う葵先輩。可怪しい、何時から彼女はこんなダメな感じになってしまったのか……。


「ゴリラ~、こっちの世界に来てから、葵先輩になにかあった?」


「いや、まぁ、最近は特に酷い気もするが、元々姉貴なんざこんな物だろ? あれは元々常識の外にいる生き物だぞ?」


「いやー、こんなナメクジみたいにのたうつダメ人間みたいな人ではなかったと思うけどなぁ?」


「君ら二人して酷いな!!」


 葵先輩はさも不服と行った感じに頬を膨らませているが、仰向けで顔だけ見上げているだらしない姿では、僕等が不満をもたれる筋合いは全く無い。


「それで、今日一日付き合うのは良いですけど、先輩何がしたいんです?」


「うんうん、よく聞いてくれました。最近棗きゅんもすっかり女の子っぽくなってきたからね、今日は一緒になつめきゅんのお洋服を……」


 先輩が言い切る前に僕はダッシュする――そうだ仮面! あれを被れば。


「させないよ、前衛職のスピード舐めないで貰おうかね?」


 僕が仮面を出すと同時に、先輩もまた斧を取り出し思いっきり僕の仮面を弾き飛ばす。って、ずいぶん乱暴だな!? 一歩間違ったら僕の手粉砕されてない!?


 そして、仮面に気を取られている間に、ミノムシだった先輩は、いつの間にか扉の前に仁王立ちしながらよだれを拭っている。


「うへへ、今日は逃さないよ?ジュルリ」


「ひぇっ!?」


「さぁ、私と一緒におめかししようねぇ~」


「やだやだやぁだぁー!!」


 手足をバタつかせて必死の抵抗をするも、がっしり抱きかかえられて動くことが出来ない。くぁ、めちゃくちゃ力強い……。


「それに、棗くんが綺麗になったら秀彦も喜ぶと思うよ……」


「……ッ!!」


 耳元でささやくように告げた言葉に、僕の胸が高鳴り、動きが止まる。


「ん? 何で急に動き止めたんだ?」


 動きを止めた僕を訝しんで、秀彦が僕の顔を覗き込む。ち、近い近い近い!!!


「うわああぁぁぁぁぁっ!? せ、先輩、行こう。すぐ行こう。ゴリラ、お前はついてくるなよ!」


 よ、寄るなゴリラ! 僕は先輩とショッピングに行くのだ。僕の意思で行くのだ。別にお前に何かを期待して出かけるのではないのだ。だから不思議そうな顔を近づけるんじゃない。


 訝しむゴリラを無視して僕は先輩と部屋を出ていった。




 ――部屋を出た僕は、コルテーゼさんに手伝ってもらいながら急いで出かける準備をする。実は前回の戦いの後、僕には結構きつい謹慎が言い渡されており、外に出させてもらえないのはもちろん、城内であっても部屋から出るにはコルテーゼさんがついてくる様な状態なのだ。いや、コルテーゼさんは元々ずっとついてきてくれてたけど。


 なんでも勝手に飛び出してボロ雑巾になって帰ってきた僕を見たセシルが卒倒し、目を覚ました時にこの指令がくだされたそうで、最近では孤児院や診療所に行くことも許されてない。孤児院の修繕とか途中だったからすごく気になるなあ。しかも、政務の合間に頻繁にセシルがお茶を持って訪ねてくるようになっているから、こっそり抜け出すこともできやしない。まあ、セシルとお茶するのは楽しいんだけど……。


 僕としてはガンガン修行して、次は絶対皆を守れるようになりたいのだけど、実は最近は訓練も禁止されていたりする。セシル……過保護過ぎやしないかい? 僕、魔王倒しに来てるんだよ?


 なので最近の僕は、もっぱらマウスくんと二人(?)でずっと修行をしている。最近マウス君の毛並みが更に良くなってる気がするので、法力は体にいいのかもしれない。フワフワでしっとりしてる。


「さてさて棗きゅん、準備はできたかい?」


「おまたせ、先輩!」


 笑いながら自然に僕の手を取る先輩を見て、僕は思わず息を呑み固まってしまう。とても先程まで醜態を晒していた女性と同一人物とは思えない。朝日を浴びて輝く髪を手で抑える姿は、正に女神の使徒と呼ぶにふさわし神々しさで、優しい微笑みは、同性の僕ですら見とれてしまうほど美しかった。……同性、同性? うん、同性だよね?


「どうだい? 惚れ直したかい」


「惚れてないので直しようはないですけど、今日はとても綺麗ですね、先輩!」


「ブッフォゥ……ッ!?」


 何故か突然うずくまる先輩、何かがボタボタ出てますけど。まさかそれを見越して赤いドレスなわけではないですよね先輩? そのワインレッドは……違いますよね!?


「な、棗きゅん、いつも罵声を浴びせるだけと見せかけて、そんな無防備な笑顔で……恐ろしい子」


「もう、馬鹿な事言ってないでいきますよー」


 僕はぐいぐい先輩の手を引く。


「う、うむ、何ていうか私から誘っておいてあれだけど、棗君今日は随分ノリノリなんだねえ?」


「そりゃあそうですよ」


 先輩と出かけられるのもこっち来てから初めてだし、正直謹慎中の身としてはそれを抜きにしてもすごく楽しみだからね。今日は精一杯楽しむ所存ですよ、僕は。


「さ、行きましょう、先輩!」


「グフゥッ!?」


 僕が先輩の手を引いて城門を潜ると、先輩はまた何かをボタボタ垂らしていた。そろそろ法術かけてあげたほうが良いんだろうか? でもなんか、それでもっと興奮する光景が目に浮かぶなあ。


「これはアオイ様、ナツメ様! お出かけですか? 行ってらっしゃいませ!」


「はい、ご苦労さまです! いってきますね」


「はうっ!?」


 む、何故か門番の兵士さんたちも蹲ってる? 体調悪いのかな? お大事に。


 門をくぐると、久しぶりに耳にする街の喧騒と、青空が僕を迎えてくれた。気~持ちいい。先日の襲撃の傷跡はまだ残っているけど、もう既に街の人達は日常を取り戻しているように見えた。


「先輩、この世界の人達は強いね。あんな事があっても、もう立ち直ってる」


「そうだね。でも、この人達の生活は、君が守ったんだよ……」


「僕”も”だよ、先輩。僕も先輩も騎士の皆さんも、そして街の皆さんも頑張ったんだ」


「そうだね、うん。そうだ」


 先輩は優しく微笑むと、僕の頭を撫でてくれた。こういうときは本当に綺麗で優しい理想的な女性だなと思う。


 何で何時もこのままの先輩で居られないのか……。


「とりあえず丁度お昼だし、まずはご飯を食べに行かないかい? いいお店があるんだ」


「はい!」


 先輩のエスコートで町中を進む。僕たちが歩くと、街の人達の視線を集めている気がするな。先輩綺麗だからね、僕もこんな綺麗な人が歩いていたら思わず見ちゃうかもしれない。どうだいうちのお姉ちゃんは綺麗だろ! と、少し自慢げな気分になってしまう。


「さ、ついたよ棗きゅん、素敵な宿だろう? 早速入いろうじゃないか、アイタッ!」


連れ込み宿ラブホじゃないですか!!」


 何をしれっと入ろうとしてるんだこの人は! 僕だって高校生なんだから此処が如何わしい場所って事ぐらい知ってるんだぞ。主にシスターに聞いた話だけどね! 危うく美味しくいただかれるところだ。まったく油断も隙もない。


「まったく、少し見直したらすぐこれだよ。入るお店は僕が決めるからついてきてください!」


「でも、此処の用途を知ってるなんて、君って案外耳年増……アイタッ!?」


 僕は先輩のあたまをペシッと叩くと、その手を取ってズンズンと大通りを進み、赤い看板のお店の前に立った。手を握った時にまた何かをボタボタ垂らしていたけど、素早く法力で癒やし、生活魔法で綺麗にして無視をする。


 先輩は少し寂しそうにしていたけど、突っ込まないよ! 調子に乗るからね!


 そして店の前につくと、先輩は少しだけ怯えたような素振りを見せながら僕に話しかけてきた。


「こ、ここに入るのかい? 私はちょっと嫌な予感がするのだけど」


 赤い看板には超激辛、地獄赤麺の文字。


 実は以前、診療所に来ていた冒険者(?)の人達が噂していたこのお店に僕はずっと興味があったのだ。


「な、棗君。他のお店じゃダメかい? 私も辛いものは嫌いではないが、このお店はなんというか禍々しいオーラを感じるんだよ?」


 先輩は心配性だなあ。僕だってちゃんと解ってますよ~。


「大丈夫ですよ先輩、噂によると、このお店は辛さを選ぶことができるらしいですから」


「そ、そうなのかい? それだったら……」


 少し青い顔をしているけど、先輩も納得してくれたらしい。よかった。此処はぜひ来てみたかったので、今日を逃したくなかったんだよね。


 僕と先輩は仲良く手を繋いで店内にはいっていった。


「イラッシャーイ」


 店内には異様な熱気が充満し、威勢のいい掛け声も相まって独特の空気を醸している。いいね、いいね、こういう変な店大好き!! 僕は席につくと、早速メニューを広げ、ワクワクしながら注文を考え始めるのだった。




 ――――…… 同刻 サンクトゥース城 聖女の私室




「やだやだやぁだぁー!!」


「全くなんて様ですか、一国の女王ともあろう御方が。はしたない!」


「なんかこの光景見覚えあるぞ、俺……」


 執務を終え、棗の部屋にお茶を持ってきたセシリアは、そこに居たコルテーゼから、葵と棗が二人きりで街へ繰り出したことを知る。ショックでお茶を取りこぼす様な事だけは何とか回避したものの、セシリアはそのまま棗のベッドに倒れ込み、なんとも既視感のある動きをコルテーゼと秀彦に披露していた。


「ずるいです、ずるいです、ずるいですぅ~。なんで御二人だけでー、私もナツメ様達と遊びたかったですぅ~~」


「そうは言っても、お二人がお出かけになってからもう二十分は経過してますし……」


 暫くベッドの上を右へ左へと転がり続けたセシリアだったが、ピタリと動きを止めると、大きく息を吸い込み、肺の中に空気を溜める……。


「……いい香り、ナツメしゃまの甘い香りが、クンカクンカ」


「姉貴も相当だが、アンタも相当アレだな……」

 

「我が王ながらドン引きです」


「……は、違う! 違うわ!! 私も後を追わなくては!」


「突然何を言ってるのですか貴女様は!」


 突然何かが閃いたとばかりに勢いよく起き上がったセシリアは、即座に出口に向かって走り出した。それをさせじと女王を羽交い締めにする侍女長。


「なんだこの絵面」


「離してコルテーゼ! 私にはやらねばならない事が!!」


「落ち着いてくださいませ陛下、貴方様がやるべき事は政務で御座います!!」


「正論なんて聞いてないわ!」


「いや、そこは聞けよ」


 この後も城内には叫ぶ女王と、怒れる侍女長の声がこだましたが、騎士や侍女は何も気づかぬふりを貫徹した。その異様な状況は、常識人森の紳士の精神をゴリゴリと削っていくのだった。


「俺もあっちに付いていけばよかったな……」

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