第六十八話 帰還と新たな強敵
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――ツァールト・バーブスト・モナルカ教皇崩御から数週間が過ぎ、空席となった教皇の座は決まらないものの、マディス教会はほぼ通常の状態へと建て直しを終えていた。教会の運営は、シュットアプラー元枢機卿を除いた二人の枢機卿、さらに教会聖騎士団長リーデル団長達の手で行われた。
なぜ新たな教皇を決めないのかと尋ねてみたのだけど、そこには何か色々事情があるようで僕には教えてもらう事ができなかった。何れ時が来れば嫌でも解るだろうと言ってたけど、どういうことなんだろうか?
まあ、教えられた所でそんな難しそうな話、僕が理解出来る訳は無いと思うのだけどね。ちょっと気になると言えば気になる所。
アメ爺ちゃんにも聞いてみたけど「ナツメちゃんの質問には答えてやりたいところじゃが、生憎儂は引退した身じゃからのう。……あ、儂もう身がなかったんじゃった! ファッファッファ!」等と小粋な人外ジョークを飛ばすばかりで教えてくれなかった。
……それ、笑えないからね?
僕らも復興作業などに協力をしながら聖都で過ごしていたけれど、先日ついに王都から帰還要請が届いたらしい。
まあ、いまは僕ら三人が全員王都を離れちゃっているからこれは当然の事なのだけどね。むしろ僕らが復興を手伝っているのもあって帰還要請はギリギリまで遅らせてくれていたらしい。
――そんな訳で本日は僕らが王都へと戻る日なのだけど、教会前の思いがけない光景に僕は唖然とした。
「……なに、これ?」
僕の言葉に返事はない。秀彦も先輩も、流石に目の前の光景には驚いているらしい。視界に広がる光景を一言でいうなら”白”だろうか。とにかく見渡す限り白い。
「ふむ、立ち止まっていても仕方ない。とりあえず行こうか?」
「……えぇ、先輩はこの中を進めるの?」
戸惑う僕らの声にも微動だにしない。それはマディス教の正装に身を包んだ信者の皆さんだった。それが大聖堂に向かう道。いや、この分だと恐らく大聖堂の中もだろうか? 一人も声も発さずに跪いているのだ。
「そうは言っても進まないことには仕方ないだろう?」
「そう思うなら先を歩いてくださいよ」
「見渡す限りの信者たち。ここは教団と関わりの強い聖女様が先頭を歩くのが良いんじゃないかと、教団とは無関係な勇者は思うのだった」
「ナレーションっぽく人に押し付けるのやめてよ!? それなら教会と関わりの深い聖騎士様にお願いしようよ」
「俺は大聖堂にすら防衛時にしか近づいてないから教会とは無関係だろ。ちなみに大聖堂の内装は今も知らんぞ」
コイツ。聖都に来て大聖堂を見ないとかどういう神経をしているんだ。京都に行って金閣寺見ないようなもんだ。観光名所ぞ! あと、そのでかい体をもっと縮めろ、せっかく路地に隠れて様子を伺っているのに見つかっちゃうだろう。
「……何をしているのだお前たちは」
「煩いぞリーデル団長。彼らに聞こえてしまったらどうするのかね!?」
「そうだよ。あの人数の視線に晒されるとか、僕ならそれだけで心臓が止まって死んじゃう自信があるぞ! 日本人のノミの心臓なめるなよ! ……って、んん?」
路地からこそこそう伺っていた僕らの後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには見慣れた赤髪の騎士様の姿が……。
「でたぁ、白いのの親玉だ!!」
「秀彦! シールドバッシュで吹き飛ばせ!」
「やめろ、貴様等。捕縛されたいのか!」
「いや、姉貴も棗も落ち着け。流石に勇者一行から逮捕者をだすのはやばすぎる」
「……え?」
「え?」
驚いたように秀彦を見るリーデル団長。意図を酌めずに聞き返す秀彦。僕を見るリーデル団長。目をそらす僕。やめろ、見るんじゃない!
「あ、あー。うむ、そうだな逮捕者はまずい。うむ。……それで何故あなた方はこのような場所に?」
目があっただけで空気を読んでくれる団長。流石騎士団長、出来る男だ。いまの一瞬ですべてを察してくれたらしい。僕の中でリーデル団長の株が急上昇していく。出会いはよくなかったけど貴方はいい人だったのですね。
「いや、ここにいるのに大した理由はないんだけどね。なんというか、こんな大勢の中を注目されながら歩くのは少々気が引けるのだよ」
「何を今さら。あなた方は王都でもお披露目パレードとかをしていただろう?」
「あれはなんというかお祭り騒ぎだったからねえ。まあ場のテンションに引っ張られたからなんとも思わなかったんだけど、こうも静かにされてしまうとまたこちらの心の持ちようも変わってくるというものなんだよ」
「ふむ、勇者アオイの言葉とも思えないが、そういうものなのか?」
「はっはっは、私も日本人の端くれということだね!!」
「そんな堂々と言われても説得力がまったくないのだがな。まあそれならば俺が先頭を行くのでついてくるといい」
「なんと、君は意外と話のわかる男なのだね」
「こんな事でいつまでも時間を取られてはかなわんからな。では行くとしよう」
結局リーデル団長を先頭に僕らは大聖堂に向かう事になった。一瞬王都のパレードのような歓声に呑まれるのかと身構えたのだけど、僕らの姿が見えるようになっても信者のみなさんはピクリとも動かずに祈りの体勢を崩さなかった。
復興作業などで一緒に働いているときは感じなかったけど、こういう部分を見ると、聖都はやっぱりマディス教の総本山なのだなと認識させられる。
意外だったのは、そんな中で一番居心地悪そうにそわそわしている先輩。嘗て生徒会長の挨拶などで大勢の前に立つ事も多々あったのに何故そんなに緊張しているのかと聞くと、生徒会長の時には猫かぶりモードなのでこれまた気の持ちようが違うのだとか。相変わらずこの人のいう事は意味がわからない。
……――結局、リーデル団長のおかげですんなり大聖堂についた僕らは送還用の馬車の元に辿り着いた。馬車の横には既にグレコ隊長始め護衛の騎士団のみなさんと、ここ聖都で繋がりのあった見慣れた顔ぶれが並んでいた。
「キース! それにみんなも!!」
「おう、ギミング。さすがに今日はあの仮面してねえんだな」
さすがにキース達は無言で跪く事はなく、きちんと僕らを送り出してくれるらしい。よかった、こいつらは一緒に戦った仲間だから、あんな感じで祈られたらなんだかむずむずしてしまうからね。ヘミングさん、ロックさん、マッシュさん、オルガさん。出会ったのはつい最近なのに。ずっと前から仲間だったような気もしてくるから不思議だ。
「仮面してないお前と話すと凄まじい違和感がぬぐえねえな。声出してねえとギミングには見えねえんだわ」
「なんだよそれ! 顔がどうでも僕らは友達だろうが!」
「いや~それはそうなんだがな。おーいヒデヒコ様よ。コイツの無自覚はお前が直してやれよ。ある意味災害だわ」
「お、おう……」
なにか失礼な事を言われているけど、何故か秀彦にはキースの話が通じてるっぽい。なんでだ、以心伝心? アイコンタクトなんて僕でもできないのに。秀彦との付き合いは僕のほうが長いのに! ひょっとしてお前も秀彦の事好きなのか!?
「まーたなんか変なこと考えてやがるな? 黙っててもなんか雰囲気で解るぞ。……あー、まあなんだ、達者でなギミング! 怪我すんじゃねえぞ」
「お、おう! お前も僕がいない場所で大ケガとかすんなよな! 近くなら頭か心臓潰れない限り僕が治してやるからな!」
「縁起でもねえ事言うんじゃねえ。お前がいうと本当になりそうで怖えんだよ。一応聖女だからな」
笑いながらお互いの拳をぶつけ合って別れの挨拶をする。キースとは短い付き合いだけど、一緒に戦ったせいか、昔からの友達みたいに感じる。少し別れるのが寂しいな。
「そんな顔するんじゃねえよ。どうせまたどこかの戦場で顔を合わせるだろうさ。お互い死んでなければだけどな」
うう、どうやら顔に出てしまった。図星ではあるけど、ちょっと恥ずかしい。
「お前の方が縁起わるい事言ってるじゃないか! でも、そうだね。また会おうな! キース」
まあ僕らはしんみりするよりこんな感じがあってるよな。
「おう、じゃあなギミング……あっと、そうだ」」
「ん?」
キースはなにかを思い付いたような顔をすると、変な顔をしながらこちらを見ている秀彦の方に近づいて行き、そのまま耳元でなにかをボソボソ耳打ちした。暫くすると秀彦の顔が赤く染まり、キースに向かって何かを喚き散らしていた。
ごっついゴリラ同士の耳打ちと赤面とか誰得だよ……?
そのあとなんか二人でキャッキャしているのを眺めていたけど、ふたりが何を話していたのかはここからでは聞こえなかった。ゴツイ二人がじゃれ合う様は、なんとも形容しがたい不快感がある。僕が知らない間に随分と仲が良くなっているじゃないかお前ら……
しばらくそんなやり取りをしていると。
「……楽しんでいるところを申し訳ないが、別れの挨拶はこのへんでよろしいか?」
収拾のつかなくなった場にリーデル団長の声が響き、弛緩した空気が一気に締まった。おう、怖い。ちょっとおふざけが過ぎましたね……
「あ、はい。おまたせして申し訳ありませんリーデル団長」
リーデル団長の声がかかるとキースの顔は先程までの緩んだものではなく、教会聖騎士団の精鋭の顔に変わる。彼らは一糸乱れぬ動きで整列をし、僕らに向けて最敬礼をした。
「勇者様、この度の件。我ら一同心よりの感謝を致します。有事の際には我ら教会聖騎士団、何をおいても勇者様方のため駆けつける所存でございます!」
「ありがとう団長、そのときは是非。この聖都では色々あったけど、こんなに頼もしい味方を持てたことを私は喜ばしく思うよ」
それに対して先輩も礼で返す。僕もなにかしないといけないかなと思ったけど、何となく恥ずかしいのでぺこりとお辞儀だけにしておいた。下手に格好つけるとボロがでるからね。
そのあとは僕らの馬車が見えなくなるまで騎士団のみなさんは最敬礼で送り出してくれた。その姿に思わずジンときてしまって涙が出そうになったけど、お別れで泣いてしまうなんて恥ずかしいから、マウス君とじゃれる振りをしながら上手く誤魔化した。
――聖都、色々とがあったけど、きっとここに来れたことは良い事だったんだと思う。はじめは決して友好的ではなかった者同士でも、同じ方向を見て手を取り合って共闘できる。仲良くなれるって事が解った。この世界にはまだまだ知らない事が沢山あるけど、きっとこうやってみんなで手を取り合えれば、どんな強敵にでもきっと勝つことが出来るんじゃないかって思う。
そんなことを思いながら、ふと気になる事を思い出した。
「――なあ、秀彦。さっきはキースに何をいわれてたの?」
「……ッ! な、なんでもねえよ!!」
僕の質問に、またもや顔を赤くする
……むう、内緒話。耳打ちからの赤面……まさか二人は本当に好き合ったりしてないよね!?
「ひょ、ひょっとして。強力なライバルが現れたのかな? トリーシャちゃんに続いて強敵出現の予感……」
「……お姉ちゃん棗きゅんが何を考えているのかわかったけど、なんでその結論になったのかが理解できないにゃあ」
横で先輩がなにかを言っているけど僕はそれどころではなくなってしまった。王都に帰ったらなにか対策を練らねば。僕はマウス君を撫で撫でしつつ決意を新たにするのだった。
新たな
「棗きゅん、君ってやつは……まあ面白そうだから良いのかなあ? お姉ちゃん棗きゅんの将来がちょっとだけ心配……」
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