第四話 なんか違くない?

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「おー、ここじゃここじゃ。ナツメよ褒めて遣わす。くるしゅうないぞ」


「うーん、それ感謝してるんだよね?」


「もちろんじゃ。我の言葉を疑うとは、貴様ら短耳は実に愚かじゃのう?」


「俺もそろそろ慣れてきたな、この感じに……」


 嬉しそうにしつつ薄い胸をはるテュッセ。言葉からはどういう感情を持っているのか理解し辛いけど、少なくとも喜んでいる事は伝わってくる。と言うか、街の往来でくるくる回りながら歩くのはやめなさい。嬉しいのは分かるけど危ないから。これで齢数百歳だというのだから驚きだよ。


「これでようやく地べたで寝る生活からおさらば出来るというものじゃ。流石の我も、十日ほど冷たい石畳で寝ていたので肩がこってしまった。せめて枯れ草くらいは欲しかったのう」


「テュッセ、地面で寝てたんだ……」


「路地裏で暮らしていればそれも当然じゃろう? それに十日ぶりに食事も出来るのはありがたい。幸い先日雨が降ったので水分は補給できたのじゃがの。流石に食料は街中ではなかなか見つからなんだ。我ら長耳は十日程度食わずとも死にはしないが空腹感はあるゆえにな。端的に言えばお腹ペコペコなのじゃ」


 見た目は儚げな美少女であるのに、中身は下手なホームレスより逞しいねこの娘。雨水飲んで石畳で寝てたんだ……


「それに、ネズミに噛まれたり服の中に虫が入る睡眠はあまり愉快なものではないからのう。寝具があるというのは幸せなことなのじゃ~」


「僕だったら発狂しそうな環境だよそれ!?」


「悲壮感が伝わらねえけどかなり悲惨な数日を送ってたんだなお前……」


「とは言え今日からは高級宿での生活が待っておるゆえな。ささ、貴様ら早く案内するがよいぞ」


 流石に逸れていた仲間と再開するのは嬉しいのか、テュッセの足取りは軽い。軽やかに入り口の石段を駆け上がるとフロントの受付に何事かを伝えている。しかし、しばらく眺めていると、何やらテュッセの様子が可怪しいことに気がついた。受付嬢と話している彼女の表情は徐々に曇り、絶望的な表情へと変化していった。


「……テュッセ?」


「……辿り着いておらんじゃと?」


「……は?」


「我の連れは、誰一人辿り着いておらぬじゃと!? 故にチェックインもしておらんので我がここに泊まることは出来んといわれたのじゃぁぁ! うわぁぁぁん!!」


「えぇ……!?」


 どうやら現金を持っている従者を筆頭に、護衛でついてきたエルフ達も全員王都で迷子になった為、誰もこの宿には宿泊してはいなかったらしい。つまり現金を全て自分の従者に持たせていたらしいテュッセは、この宿に泊まる事はできないという事になる。


「つまりテュッセは今夜泊まる宿がないと?」


「うう、そのようじゃ。致し方ない。まあ路地裏でなければネズミも出まい。今夜は表の大通りで……」


「だめだよ野宿は!? そう言う事なら僕らと一緒に行こう。どちらにせよ王城に用があったんだよね?」


「良いのか!?」


「まあ、大丈夫だろ。部屋はあるだろうし。いざとなれば誰かしらの家にお邪魔させてもらえ」


「おお、ゴリラよ。お主見た目によらずなかなか良いゴリラじゃの? 褒めてつかわすぞ。喜べ」


「やっぱ捨てていくか……」


「なぜじゃっ!?」


 取り敢えず女の子の野宿なんて看過できないからね。テュッセには一緒にお城まで来てもらおう。エルフの国の偉い人みたいだから皆ちょっと慌てるかも知れないけど、セシルも無下にはしないでしょう。多分……


 僕らは宿の人にエルフ達が来たら王城に来るように言付けを頼み王城へと向う事にした。

 道中テュッセと秀彦は事ある毎に言い争いをしていた。どうやら秀彦はテュッセの見た目で上から目線で話されるのが違和感あるみたい。それでついつい注意をすると、テュッセが憤慨して暴れだす。さっきからこれを繰り返している。まあ僕もテュッセが年上と言われてもいまいち実感が無いのだけど。


 言い争う二人はまるで兄弟みたいに仲が良さそうに見える。秀彦も本心から嫌がってるわけではなく、このやり取りを少し楽しんでいるようでもあるしね。




 ……取り合えず秀彦の服の裾を、バレないようににそっと摘んでく。別に理由はないけど……何となくね。




「……拗らせておるのぉ」


「……ん? なんか言ったか?」


「なんでも無いわこの朴念仁」


「息を吸うように人を挑発するんじゃねえ!」



 ……うーん、仲いいな君達?



 ――それから暫く徒歩で街道を散策していく。馬車を借りても良かったのだけど、折角なのでお城に帰りがてら観光もしようという意見がテュッセから出たからだ。テュッセは王都の全てが新鮮なようで、アチラコチラを見回しては僕と秀彦に質問攻めをしてきた。なんとも好奇心の多いエルフの長である。


「前に来たときはこんなでは無かったからのう。楽しいのじゃ、楽しいのじゃ!」


「前っていつ来たんだ?」


「はて……何十年前じゃったか……?」


「相変わらずスケールがちがうね!?」


 そして厄介なのは、屋台を見かけるたびに涎を垂らしながら見つめるので僕のお財布がどんどんスリムになっていく事だ。これが露骨に|お強請り(おねだり)をするのではなく、ただ自然に見つめているのが|質(たち)が悪い。彼女なりに興味がある事を隠し、僕らに迷惑をかけないようにしているのだ。


 更に「ご馳走してあげようか?」と尋ねると。その都度「よいのか!?」「うれしいのじゃ!」などと満面の笑みを浮かべるのでこっちもついつい甘やかしてしまう。正直可愛くて仕方がない。なんだか妹ができたような気分だ……この人本当に数百歳なんだよね???


「もう、テュッセ。口にタレが付いてるよ」


「む? どこじゃ? ここか??」


「おいで、拭いてあげるから」


「むぐ、むぐぐ」


 顔にたくさんタレをつけながら串を頬張るテュっセを呼び寄せてハンカチで拭いてあげると、ニヘラと笑いまた串にかぶりつく。うーむ、可愛い。ずっと餌付けしたくなる。


 ちなみに街の皆さんは僕が仮面をしていないと何故か話しかけてくれない。いつもだったら仮面のねえちゃん! 仮面のねえちゃん! と、沢山おまけしたり話しかけてくれたりするのだけど。今日は話しかけてくれないどころか目があっても逸らされてしまう。なんで!?


 ひょっとして僕の事仮面の人と認識してないのだろうか? 声は一緒なのに。正直ちょっとショックである。


「……なんでいきなり仮面をつけ始めたんだ?」


「だって……これつけてないとみんなが冷たいから」


「あー、素顔だとお前だって認識されないのか。今度仮面外して自己紹介して回るしかねえな」


「うぅ、悲しいよぅ」


「うぉっ!? ナツメ貴様、その悍ましい仮面はなんじゃ!? 呪いを振り撒くつもりかの!?」


「これは女神様に貰った聖遺物だよ」


「女神! 邪神ではなく!?」


 こらこら、テュッセ。そんなこと言ったらバチが当たるよ。

 まあ、あの女神様緩そうだから笑って許してくれそうだけども。


「そう言えば我が国に伝わる女神マディスの聖遺物も見た目の趣味が良いとは言い難いものであったな。やはり異教のセンスというものは理解し難い」


「テュッセの国にも女神様の聖遺物があるの?」


「うむ、我が国の至宝での。その効果は……「キサマァッ! テテュリセ・ティアテテュリに何をしているかぁ!!!」


「えっ!?」


 突然大声で会話をぶった切られたかと思ったら、次の瞬間目の前に大きな影が差した。


「え、え!?」


「くぬ、貴様も一味か! 退けい、この短耳がぁっ!!」


 どうやら先程の大声を出したのは目の前のエルフの男で、その男が僕に斬りかかってきたのを秀彦が盾で受け止めたらしい。今日の秀彦は帯剣をしてなかったけど、聖遺物である根の盾ラシーヌ・ブークリエはいつでも呼び出せるからね。それにしてもこれは一体どういう状況なのか?


「テテュリセ・ティアテテュリ! 何をしている、貴様も手を貸せ!!」


「何を意味のわからねえこと言ってやがる! 盾撃シールドバッシュ!」


「馬鹿め、その程度のスキルでこの我が……」


「とりあえず、剛力開放アコルダールフォルサ!!」


「笑止、補助法術如きで……ぬぉぉぉぉ! なんだこの威力は!? ブヘェッ!?」


 僕の法術で威力を増した盾撃は受け止めた男の細剣をへし折り、そのままの勢いで男の顔面に叩き込まれた。とても痛そうである。が、男は鼻血を吹き出しながらもなんとか踏みとどまり、僕の方をにらみつけた。突然現れた暴漢にしては気合が入っている、何者なんだこのエルフは?


「あの、貴方は誰ですか? どうして僕らを襲うのですか?」


「黙れ! 邪悪な呪術師。テテュリセ・ティアテテュリを拐かし、何を企むか!!」


「僕のどこが邪悪な呪術師だよ! あと、テテテテテュリセ・ティアテテテテテテテュリってなんだよ! 呪文かなにか……ん? どこかで聞いたような響きだな?」


「ナツメよ、色々間違ってるが我の名前じゃ! もう忘れたのか?」


「あーそうだ、テュッセの名前だ! 長すぎて言えないやつ」


「――テュッセだと!? 馴れ馴れしい短耳め! 我が剣の錆にしてくれる!!」


「そうは言うが、お前の”我が剣”折れてるぞ?」


「なに? な……なぁぁぁぁぁっ!? う、うぉぉぉっっ……ううぅぅうぉ……」


 どうやら自慢の愛剣が折れている事に今気がついた男は、呆然としながらその場に膝をついた。石畳にポタポタと鼻血とは別の液体が落ちているので多分うつむいた顔は泣き顔になっているのだろう。大の男が声を出して泣く様は、なんとも悲痛で胸が痛い。


「テュッセもしかしてこの人……」


「うむ、我の護衛で勝手についてきた男の一人だの。ほれ、泣いてないで立て。いや~、合流できて良かったのじゃ。行幸行幸」


「泣き崩れてる同胞に何も感じないのかお前は。まあ俺のせいでもあるんだが。しかし、お前と言いこの男と言い。お前らエルフはいきなり人を襲うやつ多すぎねえか?」


「当然じゃ。森では常に強いものが勝つのじゃ。それが自然の掟というものなのじゃ。大抵のことは殴り合えば解決するというものよ。我がなぜ長じゃと思う? それは我が最強だからじゃ!」


「見た目綺麗なのに野蛮すぎるね君達!?」


「うぉおぉぉん、テテュリセ・ティアテテュリよ……我の、我の愛剣が、蛮族にへし折られてしまった」


「街中でいきなり斬りかかる蛮族に蛮族と言われたくないんだが!?」


 確かに秀彦が居なかったら僕はこの人に斬り伏せられていたかも知れない。正直とても危なかった。


「カッツェリティオリヌ・リティティリュリオよ」


 名前、また長いな……


「なんだ、テテュリセ・ティアテテュリ……」


 こっちもあらためて長い……


「まったく、早とちりは貴様の数多ある欠点の一つじゃ、直すが良いぞ愚か者。貴様は職務には真面目じゃが頭が固いからのう。これも数多ある欠点の一つじゃの? あと怒りっぽいのも数多ある貴様の欠点じゃ、直せ。そしてなにより、そこな短耳の番は我らの敵ではない。むしろ迷っておった我を助けてくれた者達じゃ。あと貴様如きより遥かに強いのじゃ!」


「うぐぉっ!」


「テュッセ。傷口に塩塗るのはやめよう?」


 愛剣を失ってしまったショックと顔面のダメージ、更にテュッセのトドメに限界を迎えた男性は、白目をむいて仰向けに倒れてしまった。エルフってなんだか僕が思ってたのとちょっと違う気がする。


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