第五話 エルフ怖い

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 ――結局倒れてしまったカッツェリテテテテティオリヌ・リティテテテテティリュリオ? さんが目覚めたのは、それから暫く経ってからの事だった。一応何度か目を覚ましもしたのだけど、その都度再び意識を失う羽目になっていた。折れた愛剣が夢ではなかった事にショックで倒れ。折角起きたのにテュッセに酷いことを言われて倒れ。その後は僕に呪詛の言葉を吐きながら殴りかかって秀彦に殴り倒され意識を失いetc……


 そして今度こそ気を失わないように作戦を考えた。今度はいらないことを言わせない為にテュッセを遠ざけ、相手をなるべく刺激しないように秀彦が話しかける事にする。折れた剣は見ただけで気を失うからとテュッセが捨ててしまった……あれってこの人の大事なものじゃないの? 


「――お、気がついたか。大丈夫ッスかカツテテテリウカテリレレさん?」


「……なんだそれは?」


「違うよ秀彦。カツオワラヤキニンニクタタキみたいな名前だったよ」


 まったく人の名前を間違えるなんで無礼なやつだ。


「貴様ら、喧嘩を売っているのなら買うぞ」


 あ、僕のも違ったらしい、ものすごい形相で睨まれている。


「ごめんなさい名前が長くて覚えられないんです」


「カッツェリティオリヌ・リティティリュリオだ、言いにくいならテテュリセ・ティアテテュリのように省略して呼ぶことを許す。適当に呼べ」


「わかりました。大丈夫ですか? カツオさん」


「随分端折ったな!?」


 自分で許可を出したのに怒らないでほしい。美味しそうでいい名前じゃないか。でもまあ、プリプリ怒る元気が出てきたようで一安心だ。もう話していても襲ってこないし、だいぶ落ち着いてくれたみたい。


「そもそも何故貴様のような邪悪な呪術師が、テテュリセ・ティアテテュリと共に居るのだ! 貴様のような怪しげな呪術師と共だって歩いている姿を見れば、どう考えても拐かしなどを疑うに決まっているだろう!」


「よくその名前を噛まないで言えるねえ。ちなみに僕は呪術師じゃなくて聖女だよ?」


「そのようなミエミエの嘘に騙されると思うな! どこの世界に貴様のような邪悪な面の聖女がおるかぁ!?」


「……あーカツオさんよ。気持ちは分かるがこれを見ろ」


 とつぜん秀彦が僕の仮面を外してしまった。


「――ぬ、ななな!? 馬鹿げた美しさだな貴様! 本当に短耳か!? そのような容姿を持ちながら、あのような仮面をかぶるとは。貴様優れているのは見てくれだけで、頭の方は壊滅的に悪いのか!?」


 む、これは褒められているのかけなされているのか? ぎりぎり貶されている方が勝っている気がするな、失礼な。僕としては、割とこのお面のデザインかっこいいと思うんだけどね。なんかロックでお洒落じゃない? このデザイン。評判は悪いんだけども。


「全くやかましい男じゃのう。そう言うところも実に良くないぞ貴様は。いちいち声を荒げ、小娘を威圧するとは見下げ果てた男じゃ。多少は褒めるべき所もあるのに、それ以外があまりにも酷い。あまりにも酷いので褒める気にすらならぬ。最低じゃな貴様。しかも弱い……」


「ちょ、テュッセ!? もうちょっとオブラート包んで!?」


 いつの間にか隔離していたはずのテュッセが近づき、再び罵詈雑言を投げかける。なんでカツオさんにはこんなに辛辣なのこの娘!?


「オブらーと? ……なんじゃそれは?」


「あー、そうかオブラートなんてこの世界にはないのか。もうちょっと優しくしてあげて。また倒れちゃうでしょ!」


「グヌゥッ!? 短耳の娘! 貴様如きに庇われる謂れはないわぁ!!」


「ややこしいからカツオさんは黙ってて!」


 カツオさんはカツオさんで僕に敵対心が高いので面倒くさい。なんでこの人ずっと怒ってるのか。


「おーい、流石にそろそろ行くぞ。日が暮れてきたぜ」


「うむ、我もそろそろ寝床の準備をしなければならぬと思っていたところじゃ!」


「テュッセ、今日は道では寝ないよ?」


「しかし、このままでは日が暮れてしまうからのう」


「今日はお城で泊まろうって言ったよね!?」


 手際よく落ち葉を魔法でかき集め始めたテュッセにツッコミを入れる。どうやら日が暮れ始めたらすぐに寝床を作るのもエルフの習慣らしい。森で遠出した時はそうしないと危険なのだとか。街中でやるのは勘弁してほしい。


「ほう、今日は寝床があるのか。よし邪悪面の短耳娘、案内しろ。許す」


「君達の言葉遣い、本当になんとかならないかな!?」


 何はともあれ、僕らはようやく城への帰途につく。なんで家に帰るだけでこんなに疲れるのか。異文化交流というのは実に大変だ。


 しかし、彼らにとって寝床というのは重要なものらしく、先程までワチャワチャと暴れていたのが嘘のように僕らに案内を促してきた。


 意外だったのはついてくる二人の態度だった。あれほど制御不能でエキセントリックな二人を連れて、果たして城までたどり着けるのかと不安だったけど、二人は素直に僕らの言う事を聞いて周りに迷惑をかけずに大人しくついて来てくれた。


 気がつけば辺りには夜の帳が降りていた。露天などは閉まり、道を歩く人もまばらになりつつある。とは言え、王都はかなり遅い時間まで居酒屋などが営業しているので、まだ街の喧騒は完全に消えている訳ではないのだが。昼間と比べればだいぶ静かだ。


 こんな夜の街に数人のエルフが迷い込んでいるというのはいささか危険な気もするけど、二人はその辺どう思っているんだろう?


「ところで、あんたらの仲間は何人くらい王都に来てるんだ?」


 どうやら秀彦も同じことを考えていたらしい。


「――はてー? 誰がきてたかのう。カツオ、貴様分かるか?」


「貴様までカツオと呼ぶなテテュリセ・ティアテテュリ!」


「しかしのう、ナツメらに言われて気がついたのじゃが。貴様名前が長すぎるぞ。悪い所が増えたのぅ?」


「貴様がそれを言うのか!? テテュリセ・ティアテテュリ」


 また喧嘩を始めてしまった。人気が少ないので実に目立つ。


「しかも付いて来た耳長の把握など俺がしている訳がないだろう。俺は戦士だぞ」


「うーむ、そう言わるとそうなのじゃが。我も把握しておらぬのよなぁ」


「は? それじゃあ今王都に何人の迷子がいるかも分かってねえのか??」


「いや、流石に我の従者ならば覚えておると思うがのう」


「え、それじゃあ逸れちゃった時とかはどうするつもりだったの?」


「集合場所と期間を決めてそこで落ち合う。それで会えねば現地解散じゃの。適当に迷ったとして、十年とかからず国には帰れるじゃろ? 多分」


「誘拐とか心配じゃないの? テュッセもカツオもすごい綺麗な顔してるのに」


「貴様ついに呼び捨てか……」


「ふむ、まあ拐かされるような弱者はそれまでと言うことじゃが。もし、そのような真似をした者がおれば、我らは一族総出でその不届き者の国を地図から消滅させるじゃろうな。我らは耳長を侮るものは許さぬ」


「我らは敵対者というものを決して許さぬ。嘗て我らの仲間を害した国は二つほどあったが、それらの国がどうなったかは言うまでもなかろう。今では随分自然豊かになったと聞くぞ?」


「本当に物騒だね君達!?」


 なるほど分かってきた。この人達の生き方はどこまで行っても弱肉強食。見た目はお人形みたいに綺麗だけど、中身は野生動物に近いんだ。しかもかなり凶暴。


「まあ取り敢えず今回の用事は我がおれば問題はない。ほかは勝手に迷って勝手に生きて何れは再会する事もあるじゃろう」


「まあテュッセがそう言うなら良いんだけど。それでも明日からはお城の人たちに探してもらおうよ」


「ふむ、それはやめて置いたほうが良いの。下手に捕えようとすれば間違いなく暴れるぞ?」


「暴れるのかー。話し合いはしてくれない感じなの?」


「向こうの気分次第じゃの。基本的に我ら耳長と短耳に交流はない。故にどちらも穏便に対応するとは考えられぬ故な」


「うーん、本当に文化が違うんだねえエルフは」


「まあ価値観の相違じゃな。我らにしてみれば短耳は小難しくて理解できぬことをする。我らは常にシンプルにものを考えておるだけじゃ。襲ってくれば撃退するのは当たり前のことじゃぞ」


 触らぬエルフに祟りなし。僕の横で首を傾げるテュッセを見るととても凶暴な一族には見えないのだけどね。戦いになってしまうのならテュッセのいうとおり迷子捜索はやめておいたほうが良いのかもしれない。願わくば王都の憲兵さんとかと衝突しなければ良いのだけど。


 ――そんな事を考えつつ歩みを進めていると。徐々に近づく王城から何やら怒声が聞こえてきた。こんな夜中に、酔っぱらいの喧嘩だろうか?


「なぁ、棗……俺はなんだか嫌な予感がするぞ?」


「奇遇だねヒデ。僕も嫌な予感が止まらないよ」


「ワハハ、あの光は耳長の精霊魔法の光じゃな。どうやら愚かにも我らに喧嘩を売った騎士がおるようだな!」


「絶対騎士の人が喧嘩売ったわけじゃないと思うな!?」


 果たして現場に辿り着いた僕らが目にしたものは、光の矢を無数に展開する女性のエルフと、地面に手をついて大量の蔦を操る男性のエルフ。そして、その矢を全て弾くウォルンタースさんの姿だった。その後ろには倒れた一般騎士さんと蔦に絡まる一般騎士さんが数名。奥には憲兵と思われる革鎧の人物も数名倒れている。


「うむ、執事と我の従者がみつかったようじゃの。これで残りは……まあ、見つからんでも良いな。よし、そこじゃ徹底的に潰すのじゃ!!」


 お人形のように整った美少女の口から物騒な言葉が紡がれている。その目は爛々と輝き、この状況を心のそこから楽しんでいることが伺われた。


「ねえテュッセ、まさかこれが原因でサンクトゥースと戦争とかしないよね?」


「無礼者、貴様は我らを戦闘狂か何かだとでも思っておるのではないじゃろうな?」


 え? 違うの??


「我らは理由なく暴れる無頼ではないわ! この戦闘も恐らくはあそこに伸びておる憲兵があれらを捕らえようとでもしたのだろうよ」


「そりゃ路上生活者を見たら捕らえようとするのは普通なんじゃいかな?」


「そのような短耳の都合を我らは知らぬ。それにアレ等も人死には出ぬようにしておるだろうよ。まあ、今やり合っておるあの男は殺そうにも殺せぬ気がするがな。あの二人を相手に一人で戦うなど、中々にバケモノじゃのう?」


「あー、騎士団長のおっさんはマジで強えーからな。むしろ二人だけでおっさんとやりあえてるあの二人かなりのもんだな。カツオ見たあとだとちょっと信じらんねえや。実力差の幅がでかいんだな、エルフってのも……あ、すまん」


「グフゥッ!?」


 やめろゴリラ。引き合いに出すんじゃない。かわいそうだろう。


「あの二人は戦士という訳ではないが、そこな戦士長のカツオより腕はたつでのう。あの二人の本職は我の身の回りの世話と事務じゃ。カツオの悪いところは非戦闘職の二人より腕が立たぬところじゃのう。これも数多あるカツオの悪いところのひとつじゃ。そも、耳長の分際で剣を振るうなど、愚の骨頂ぞ」


「ゥグウッ!?」


「更に剣も失った今、あの二人とは比べ物にもならぬ弱者……」


「テュッセ、ストーップ!! カツオが白目むいてるから!!


「取り敢えずあの二人止めてくれ。街が壊れ……あまり壊れてねえな。おっさん流石すぎだろ」


「……ふむ、このまま暫く見ていたい戦いではあるが、街が壊れては流石に王都民に申し訳がたたぬ。どれ、我が止めてやるとするかのう」


 お、テュッセから初めて平和的な提案が?


「……幸い二人は今必死ゆえ後ろから行けば容易く倒せるであろ」


「……えっ!?」


 物騒な言葉を発した絶世の美少女は、その顔に獰猛な笑みを浮かべ、両の拳を光らせた。直後、まずは男性の後頭部を殴り意識を刈り取り、返す拳は驚き振り向いた女性エルフのみぞおちを深々と貫いた。


「……言葉で止めるんじゃねえのかよ」


「こちらのほうが早い。なぜなら我は強いからな! フフン!!」


 どうしよう。エルフ本当に怖い……


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