第六話 やっと帰れた

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 ……ズリ


    ……ズリ


  ……ズリ



「……なあ」


 ……ズルリ


「なあって」


「む、なんじゃゴリラ。我に話しかけておったのか?」


「おう、あとゴリラじゃねえ」


「何のようじゃゴリラ?」


「……それ……流石に酷過ぎるから俺が片方運んでやるよ。あとゴリラじゃねえ」


 秀彦が呆れた顔でそう溢す。然もありなん、僕らの目の前には地面をズリズリと引摺り運ばれる美女と美丈夫の姿があった。先程まで元気にウォルンタースさんと戦っていた二人の勇姿は見る影もない。白目を向いたその顔は真っ青になり、体には一切力が入っていない。女性に至っては腹部に強烈な一撃を貰ったせいで口から名状しがたいキラキラを吐き出していた。


「そもそも二人は大丈夫なの??」


「うむ、我ら長耳はこの程度日常茶飯事じゃ。なぜなら我らは強いからのう!」


「そう言う問題なのかなあ? 男の人の首、なんかプラプラしてる気がするんだけど……」


「取り敢えず可愛そ過ぎるからその男の人は俺が背負うわ。だから女の人はちゃんと地面から離してやれ。引きずられてたら服もボロボロになっちまうだろ」


「ほう、ゴリラは優しいのじゃな? 苦しゅうない。手伝え。 ……ホィッ!」


「危ねえ! 気を失った人投げんじゃねえよ!?」


 そう文句を吐きながらも、ちゃんと飛んできたエルフ男性をお姫様抱っこする秀彦。男性を投げた事で両手が使えるようになったテュッセはエルフの女性をお姫様抱っこ……せずに肩に担いだ。


 ……しかも背丈が足りてないせいで女の人は額、というか顔面を地面に擦り付けてしまっている!?



 ――結局、ウォルンタースさんが女性を担ぐ事になり、なんとか哀れな二人は地面との接触から解き放たれた……エルフ怖い。






 ……――――




「ぷはぁーーー! やっと帰れた」


「なんか異様に疲れたな……」


「なんじゃゴリラ、貴様その図体で人一人抱えただけでバテたのかの?」


「それが理由じゃねえよ!」


 疲れ果てた顔で力なく反論する秀彦。僕も同じ気分だ、すごく疲れた。ウォルンタースさんもグッタリしている。今この場で元気なのはテュッセとカツオのみ。他は意識不明か疲労困憊だ。


「……ウォルンタースさん、エルフって皆こんななの?」


「そう……ですな。中でもテテュリセ様は特にその……なんと言いますか」


「なんじゃウォル坊や、久しぶりに会ったというのに貴様は何も変わっておらんのう。言いたい事は言っておかぬと後悔するぞ。貴様ら短耳はすぐに死によるからのう」


「言い方!」


「いやいや、ははは……ど、どうかご容赦を……」


 流石テュッセ。ウォルンタースさんですら”坊や”なのか。テュッセへの態度を見るに、ウォルンタースさんはかなりテュッセを苦手としてるっぽい。一方、割と大人しい方のエルフことカツオは、我関せずと言った感じで黙ってついて来ている。なんというか、こっちはこっちでマイペースだな。


 王城には僕らの到着の報告が伝わっていたらしく、城の入口には既に迎えが揃っていた。数人のメイドに騎士。それと珍しい人物が一人。


「おお! 貴様もしやウェネーフィカではないか、久しぶりじゃのう! 短耳にしてはなんともしぶといものよ。息災か?」


「はい、お陰さまで。まだまだ生き恥を晒しておりますよテュッセ姉様・・・・・・。本当にお久しぶりでございます」


「姉様!?」


 聞き間違えかと重って大声を上げてしまったけど、そうか。テュッセって凄い長生きしてるんだっけね。下手すりゃ曾孫とお婆ちゃん位に見えるのに。お姉さまって呼び名がこれほど似合わない娘もいないね……


「くふふ、驚いておるのう、ナツメ。無理もない事じゃが、こう見えて我はウェネーフィカのオシメを換えた事だってあるのじゃぞ?」


「ええ、そんな昔からの知り合いなの!?」


「――それは嘘ですな。話を盛るのは姉様の悪い癖ですぞ」


「ぬぅっ!? そんなにすぐバラさんでも」


「さて、こんな所で立ち話もなんですじゃ。セシリア女王もお待ちですからどうぞこちらへ」


「うむ、くるしゅうない。案内せよ」


 こんなに腰の低いウェニーお婆ちゃんを見るのは初めてだ。なんだか新鮮なもの見れたね。

 手を繋いで歩く二人は、エスコートというより仲の良い曾孫とお婆ちゃんの散歩にしか見えないけれど……


「それにしても、あのウェニーがもうこんなに老いてしまうとはのう。短耳のなんと儚き事よ」


「儂も今年で齢百を越えますからなぁ。いつ迎えが来ても可怪しくない体になってしまいましたわい」


「くふふ、ついこの間まであれほど可憐であったのになあ」


「止めてくだされ……」


 あのウェニーお婆ちゃんが照れているだとう!? 明日は槍でも降るのかもしれない。それにしても可憐な少女時代のお婆ちゃんか~。凄く気になるね、肖像画とか無いのか今度聞いてみよう。お婆ちゃんは多分見せてくれないからセシルに聞いてみよう。


「所で、この二人どうすんだ? セシルに謁見するのにこのまま泡ふかせてて良いのか?」


「――ふむ、確かに斯様に無様な姿を晒したまま謁見するというのも無作法であるか?」


「誰のせいだと思ってるのかな!?」


「ぬ、何を言うナツメ? 誰のせいかと問われれば、それは当然此奴らのせいよ。よいかナツメ。弱いという事はもっとも罪深いのじゃ、弱くては何も守れぬ。弱きは滅びよ! 我ら長耳が先祖から脈々と受け継いでおる言葉よ」


 胸を張り断言するテュッセ蛮族王。その儚げで美しい見た目でどうしてそこまで野蛮なのか。エルフって皆こうなのかな?


「……安心しろ短耳女。そんなものを継いでいるのはそこな気◯れ一族のみよ。我らの教えは強くあれとあるのみだ。弱き事は確かに忌むべきだが、一般的な長耳ならば流石に滅びよとまでは言わぬ。まあ弱者など守りもせぬがな」


 おお、カツオが喋った。てっきり話は全部スルーしてるのかと思ったら案外ちゃんと聞いている。あと結局弱者は助けてあげないのねエルフ……


「何だその面は?」


 しまった、顔に出てしまっていたらしい。どうやらカツオの機嫌を損ねてしまったようで、彼は再び沈黙してしまった。


「うーむ、業腹ではあるが仕方がない。ナツメよ、そこな二人を治療せよ。とりあえず折れた首と破裂している内蔵を繋ぐだけで良いぞ」


「そんな重症だったの!? 秀彦、すぐに下ろして。早く治さないと!!」


「お、おう」


「なんじゃなんじゃ大袈裟な。たかが骨折と内臓破裂じゃろうに」


「折れてる箇所が大問題だよ! あと内蔵破裂もヤバイからね!? あとでお説教だよテュッセ!!」


「何故じゃ!?」


 僕はぐったりしてる二人に慌てて法術をかけていく。テュッセの言うように本当に首が折れて内蔵が破れてた。だけど中級治癒術ミドルヒールをかけた瞬間みるみる回復していく。エルフ頑丈だな!?


「うう、ここは……はっ!? 貴様は先程の短耳騎士!? まさか我々は敗北して捕まったというのか……なんという無様、なんという失態。これではテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリアに会わせる顔がない!!」


 いや、君をぶっ倒したのはその会わせる顔がないテュッセ本人だからね? あとよく噛まないな!


「とりあえず暴れんでくれよ? ここは王城内だからな?」


「貴様、我らに生き恥をさらせというのか!? く、殺せ!!」


 うーんやっぱり話が通じない。この人もエルフぶし全開だなあ、もうエルフ嫌だ……

 首折れエルフさんもようやく意識が戻ったようで頭を振っている。首折れてたからあまり振らないほうが……それと、どうかお願いだから、この人はまともでありますように。そう祈らずにはいられない!


「ぬおおおお、先程の騎士!? まさか我らは敗北したというのか。たったひとりの短耳如きに!? ぬおおおおおおお殺せ!!」


 ダメだこっちもエルフ蛮族だ……


「なんでエルフってこんなに疲れるの……前に聞いた説明では排他的で気高い一族って言われてなかったっけ?」


「ナツメちゃんや、それはエルフの言葉遣いのせいで広まった偏見と、弱者を徹底的に嫌う彼らの文化のせいなんじゃよ。彼らは弱者に対しては同族であろうが人間であろうが徹底的に蔑むんじゃよ」


「うーんカルチャーショック……で、テュッセは魔力ためて何をする気なのかな?」


「む? 介錯してやるのだが?」


「やめなさい!!」


「あいたっ!?」


 少し目を離しただけでどうしてこんなに剣呑な事になるのか。僕らは速やかにこの物騒娘の頭を叩いて取り押さえる事にした。秀彦にアイコンタクトを送ると速やかにゲンコツが落とされる。


 ……なんで叩かれたのかわからないという表情をやめなさい。


 ――取り敢えず、この場はウェニーお婆ちゃんのお陰で事なきを得た。どうやらお婆ちゃんの事はエルフの間でも有名らしい。過去に行われた長耳最強決定戦という頭の悪そうな大会で、並みいるエルフの強者を蹴散らし決勝戦にまで上り詰めたそうだ。最終的に参加者ではなかったはずのテュッセに乱入されて決勝戦でボコられたらしい……ボコられたって……


 ……ちなみに本来の決勝戦の相手はテュッセが闇討ちしたらしい。


  ……殺してないよね?


「懐かしいのう! あれは実に楽しい戦いじゃった! 再戦はいつでも良いといっておるのに、一度も来ぬとはウェニーは遠慮しすぎなのじゃ」


「ワシにとっては思い出したくもない悪夢ですがのう。死を覚悟した数少ない体験ですわい」


「わはは、あの堅物のウェニーが冗談も上手くなるとは。短耳は面白いのう」


「いや、本当に勘弁してほしいのじゃが……」


 うわぁ、あのウェニーお婆ちゃんが本気で怯えている……


「ウェニーお婆ちゃん……よく生きてたね」


「それがのう。テュッセ様の恐ろしいところは、手加減の上手さなんじゃよナツメちゃん」


「えぇっ!?」


「死なないギリギリの見極め、あとちょっとずれたら死ぬ。そういう見極めに於いてこの方の右に出るものはおらんのじゃ……」


「う、うわぁ……」


「よせよせ、ウェニー。誉めすぎじゃ。くふふ」


「誉めてないよね!?」


 だめだ、これ以上テュッセと話していると頭がおかしくなる。早くセシルにバトンを渡して、僕は部屋に戻らせてもらおう。




 なつめはにげだした。




「ちなみにナツメちゃんや。今日の話し合いは魔王軍に関連する話し合いじゃから、ナツメちゃんも強制参加じゃよ。それが終わったらデザートは今回の脱走のお説教じゃ」


「……はうぅ!?」




 しかしまわりこまれてしまった。




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