第七話 蛮族儀式

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 コルテーゼさんに案内されつつ、皆で謁見の間へと進む。気を失っていたエルフの二人も意識を取り戻し、今は無言でテュッセの両脇を固めていた。どうにも自分たちに何が起こったのかは察しているらしく、二人揃って一言も言葉を発さないのがちょっと怖い。当のテュッセはまったく気にしてないみたいで妙に上機嫌なのだが……


 いくつかの階段を登り通路を行くと、目の前に大きな扉が目に入った。僕はそれを見た瞬間違和感を覚えた。


「あれ? 謁見の間の扉が閉まってるの初めて見たな。どうしたんだろう?」


 僕が思わず疑問を口にすると、それに気がついた秀彦も首を傾げる。そんな僕らの態度をみたテュッセは何故か更に上機嫌になった。


「なるほどなるほど。どうやらセシリアお嬢ちゃんはちゃんと理解しているようじゃのう?」


「……ん? テュッセ何か言った?」


「くふふ、なんでも無いわい。まあ見ておるがよいぞ、面白いものが見れるやもしれぬ」


 何やら不穏な空気を纏ったテュッセは、なぜか謁見の間の扉を開かずその前で立ち止まった。本来なら謁見の間を固める騎士が扉を開くなりしそうなものだけど、今日はその姿がない。いつもは気を使うコルテーゼさんも扉の前までは行かず、僕らの横に立っている。なにこれ凄く怪しい……


「ふん、バレバレの罠じゃがあえて正面から行ってみるかのう?」


「ん? 罠?」


 呆れ顔でため息を吐きつつ、ゆらりと足を上げたテュッセ。形の良い脚はスラリと天を差し、直後……


「そぉい!」


「ちょっなにしてんの!?」


 勢いよく振り下ろされた踵が重い扉にめり込んだ。分厚い木材を砕き、枠の金属をもひしゃげ変形させる。しかし、番が外れる事も扉が開くこともなく、テュッセの脚は扉にめり込み抜けなくなってしまっているようだ。


「ぬ、思ったよりも頑丈な!? 抜けぬ!!」


「かかりましたねテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア! さしもの達人といえど、罠を仕掛けられては気がつく事もできぬが道理!」


 ドアの向こうから僕のよく知った声が聞こえ、扉に空いた穴からこちらに向けて手を掲げるセシルのすがたが見える。その指には普段は見かけないゴツイ指輪が十本……


「皆様ドアからお離れ下さい! 魔力開放マギ・ベフライウング!!」


「ちょっ!?」


 セシルの詠唱に反応した指輪が輝き出す。何が起こっているのか理解できないけど、危険なことだけは分かる。なぜかセシルは全力でこちらに向けて攻撃をしようとしているのだ。僕は咄嗟に防御のための法術を展開しようとした。しかし……


「手を出すでないわナツメ!」


「何言ってるの!?」


 何故か満面の笑みを浮かべたテュッセに止められる。


 再びセシルを見れば、彼女の指にはめた十個の指輪の輝きがどんどん増しているのが見えた。その様子はまるで爆発寸前の爆薬のような印象を感じる。明らかに尋常ではないその力を前に、それでも細身の美少女は獰猛な笑みを浮かべていた。


「まあ見ておれ。ちなみに耳を塞いでおくことを勧めるぞ?」


「えっ?」


 直後視界が白く染まり、セシルの装備した指輪全てから幾線もの光がこちらに向かって放たれた。最早いかなる詠唱も間に合わない。そう思った瞬間隣を見ると、そこには風船のように胸部を膨らませた美少女が……なにこれ???


『ア゛ッッッッ!!!!!!!!』


「ヒギィッ!?」


 一瞬何が起こったのか理解できなかった。目の前の少女が膨らんだかと思ったら、直後城が揺れたのではないかという程の大声。いや、もはや声とも呼べないほどの音を発した。膨大な魔力を孕んだその音は、空気を震わせるだけではなく分厚い扉を砕きながらセシルの放った魔法を霧散させた。当然その先にいたセシルも吹っ飛んでいくのが見える。


「……――……――――!! …………――!」


 事の元凶がふんぞり返って何かを言っているけど鼓膜が破れてしまったのか何も聞き取れない。視界もチカチカするしとんでもない。取り敢えず僕は範囲重視の中級治癒術ミドルヒールを展開し、この場にいる人間の聴力を取り戻す。


「お、これはナツメの法術じゃな、音が戻ってきたわい。相変わらず良い腕じゃ、カッカッカ!!」


 どうやら本人の鼓膜も吹っ飛んでいたらしい。


「カッカッカじゃないよ! 今のは何? いや、テュッセもそうだけど、セシルもなんなの!?」


 今の音波(?)攻撃を正面から受けたセシルは、玉座の方まで吹き飛んでしまっていた。一応中級治癒術ミドルヒールの効果で怪我は治っているはずだけど、今はあられもない姿で失神している。時折痙攣しているのが痛々しい。


「くふ、まあ此度は我に技を使わせただけマシであったな。褒めて遣わす。面をあげよセシリア」


「いや、意識ないからね?」


「あ~。ひょっとしてお前ら、顔を合わせるたびにこんな事してるのか?」


「然り、弱者に我ら長耳と会談する権利など無いのじゃ! じゃが、短耳は合うたびに見違えるように成長するからのう。短耳の国にはこれが楽しみで来ているようなものよ。嘗て我が魔法を見てやっていた童であったウネーフィカも、たった四十年ほど目を離しておる間に随分成長しておったしのう」


「あれは目を離すでは無く放置と言うのですじゃ。どこの世界に散歩に行ったきり四十年失踪する人がおりましょうか。まあソレは良いのですが。テュッセ姉さま、此度のセシリア女王との対談は……」


「うむ、許す! 中々に天晴よ。罠にはめてからの全力攻撃、弱者なりに頑張っておった。以前会った時とは大違いじゃ!」


 テュッセは今のやり取りに満足し、ウェニーお婆ちゃんはそれを見てホッとしてるみたい。さっき言ってた弱者には本当に厳しいと言うのも本当みたいだね。どうやら以前会った時はテュッセを満足させられなかったみたい?


「ねえウォルンタースさん、前回テュッセが来た時ってどうだったの?」

 

 僕の問に、あからさまに嫌なものを思い出したという渋い顔になるウォルンタースさん。


「――陛下が争いなどせずに穏便に話し合おうと提案した瞬間、憤怒の形相になられたテテュリセ様が陛下を死なないギリギリの威力の魔法で護衛ともども吹き飛ばされました。その後、暴れまわるテテュリセ様を、私とウェネーフィカ様の二人がかりで抑え込むことに成功いたしました。そこで機嫌を直されたテテュリセ様はなんとか会談の席につかれ、我々二人を介して話し合いが進められました。その間陛下は終始無視されておいででした」


「うへえ……」


 ひょっとしたらそうかな? と思ったけどそうだった。

 脳筋一族恐るべし。外交判断も暴力で決めるのか。ちなみにテュッセのお付きの二人は、折角意識を取り戻したのに今のでまた気を失ってしまった。カツオは慣れているのかちゃんと耳を保護していたらしい。


「そういえば先輩が居ないけど、今日はどこに居るのかな? 普段ならこういうイベントあったらすぐ野次馬するのに……」


「姉貴ならそこの瓦礫に埋まってんぞ。テュッセの脚が扉に嵌った瞬間にスカートの中覗こうとして、さっきの大声至近距離でくらって失神したみてえだな。なんか変なところから出てきたみてえだから、本来はセシルの罠の一環だったんじゃねえか?」


「なにしてんの!?」


「――グフゥ、とんでもない威力だったよ。まさかあんなに粗暴なのに絹の純白レースだなんてね……ギャップ、美少女、純白おパンティ……ご馳走様」


 砕けた扉の瓦礫の中から鼻血を垂らした先輩が出てきた。何か言っているようだけど聞こえないし聞きたくない。あと元気そうだから先輩には治癒術かけなくて良さそうだね。


「ほうほう、貴様が短耳の勇者か。なるほどなるほど。いつ接近されたか、我ですらきちんとは追えなんだ、短耳の分際でやりおるな貴様。褒めてやろうありがたく思え」


「ふふ、はじめまして可憐なお嬢さん。私は勇者葵だよ。よろしくね」


 テュッセと先輩はお互い自己紹介をし、目を合わせて笑い合う。脳筋同士なにか通じるものがあるのかも知れない。あと、凄くいい顔で笑っているけど、先輩鼻血出たままだからね?


「くふふ、我のアレを食らって耳すらいかれておらぬとは。良い、貴様実に良いな? よし抜け、アオイ! 次は貴様が相手じゃ!!」


「テュッセ、これ以上暴れちゃダメだよ。お城が壊れちゃうからね!」


 この脳筋美少女ゴリラ! 既に次の戦いを始めようとしている。本当に冗談じゃない。先輩も嬉しそうに斧を取り出すんじゃない!! とりあえず秀彦に目配せをして、ウォルンタースさんと二人がかりでテュッセを取り押さえてもらう。テュッセゴリラには秀彦ゴリラをぶつけるんだよぉ!


「嫌じゃ嫌じゃ、我は其奴と殴り合うんじゃ!」


 それでも駄々をこねるテュッセにウェニーお婆ちゃんが近づいていく。


「テュッセ姉さま」


「ぬん?」


「腕試しは今終えたはず。王との腕試し以外、王城での暴力はご法度。ソレが我らの間の約束ですな?」


「ぐぬぅ! し、しかし、強者を見て挑まぬなど、耳長の……「姉さま!」わ、わかったわい!」


「なんだ、やらないのかい? 私は別に構わないんだけどね? ふふふ」


「ぐぬぬぬ……」


 ――ようやく、この恐ろしく野蛮な儀式は終わりを告げた。テュッセは悔しそうにしながらも、その荒ぶる魔力を鎮めてくれた。彼女の価値観は滅茶苦茶だけど、約束はちゃんと守ってくれるらしい。そんな彼女を煽る性悪脳筋勇者とは大違いだね。


 そんな性悪勇者だが、さっきからねっとりとした視線を僕に向けてきている。嫌な予感しかしない。


「やー、まあこれで一件落着って感じかな? 取り敢えずおかえりナツメきゅん! 今日は君達のデートをストーキングしたかったんだけど、ウッカリ寝過ごしてしまってね。それで寂しいし暇だったんで、ナツメきゅんのベッドがちょっとアレなことになってるけど許してね?」


「なにもかもが意味わからないよ!?」


「……今日はどこにも居ねえと思ったら、居なけりゃ居ねえで厄介だな姉貴は」


「よせよせ、そんなに褒められたら流石に私も照れてしまう……」


「褒めてねえよ?」


 居ても居なくても厄介な葵先輩。こんどウェニーお婆ちゃんに封印系の術を本格的に教えてもらおう。


 ――僕らがそんな、たわいもない話をしているうちに、ようやく意識を取り戻したセシルも起き上がってきた。髪は乱れ服はボロボロ。せっかくの美人さんが台無しである……


「お久しゅうございますテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア様」


「様はいらぬと言うに。まあよい。セシリアよ、貴様も息災なようで何よりじゃ!」


「たった今息災とは言い難くなりましたが……取り敢えずその様子ですと、今回は楽しんでいただけたようですね?」


「うむうむ、貴様如きにしては中々のものじゃった。短耳の成長は早いのでいつも楽しみじゃのう。次はもっと楽しませるよう努力せよ」


「……善処いたします。取り敢えず身だしなみを整えてまいりますので、少々お待ちくださいませ。コルテーゼ」


「――はい」


「皆さまを神託の間へご案内してください」


「かしこまりました、皆様こちらへどうぞ」


 どうやら謁見の間は今の余波で壊滅状態のため、神託の間で話をするらしい。あそこは広いし円卓もあるので話し合いには都合がいいらしいね。目の前には再び引きずられるエルフのお兄さんと、ぐったりしながら秀彦にお姫様抱っこされてるエルフ女性。そういえば僕、この二人の名前まだ知らないや。


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