第八話 テテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア

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 ――所変わってここは神託の間。もともとサンクトゥース側も謁見の間での会議が出来るとは思っていなかったのか、神託の間では既に会議の準備がしっかりと為されていた。以前来た時とは違い、中央には円卓が用意されており、人数分の椅子も用意されている。


「さ、皆様こちらへどうぞ」


 僕はコルテーゼさんに促されるままに席につき、淹れてもらった紅茶を口に含む。ふわりと鼻をくすぐる香りが心地よい。僕はお茶菓子を一つ摘み、口へと運ぶ。サクサクとした食感のクッキーは、先程の蛮行に巻き込まれ、ささくれ疲弊した僕の心を癒やしてくれた。


「……ふぅ、美味しい」


 一息つけたところでテュッセ達に目を移すと、対面に座るテュッセと目があった。ニコニコとしながらお茶を楽しむ姿は、先程の蛮行など感じさせないほど洗練されて優雅である。いつもこうならまさに深窓の令嬢といった雰囲気なのに、実に惜しい。


 隣にはカツオが座っており、こちらはお茶にもお菓子にも手を付けない。残りのエルフ二人は席にはつかずに黙ってテュッセたちの後ろに立っていた。


「ねぇ、テュッセ」


「……ん。なんじゃ?」


「そちらの二人を紹介してもらってもいいかな?」


「ふむ……オススメはせんが、貴様がそう言うのであれば直接聞いてみると良いぞ」


 ふむ、オススメしない? よく分からないけど、どうやらテュッセが紹介してくれるわけではないみたいだ。仕方がないので僕は席を立ち、二人に向かって自己紹介をする。


「はじめまして、僕はナツメ・キヨカワと言います。異世界よりこの国に召喚され、聖女をやっています」


「……」


「あ、あの~……よろしければお名前を教えて頂きたいのですが?」


「……」


「まあこうじゃ。こ奴ら二人は我やカツオと違い武門の者達故、己が認めた人間以外には口も利かん。どうしても話をしたくば後で時間をとる故、思いっきりぶん殴ると良いぞ」


「テュッセ達以上に脳筋さんって事なのね……」


「心外だぞナツメ。我は形式上とはいえ一応は執政者ぞ。頭脳派の我と、このような無骨な者たちを一緒にするとは。貴様の見る目の無さには、まったく遺憾であるぞ」


 心底心外であると言わんばかりに頬を膨らませ抗議をするテュッセ。僕から見たら傍若無人が服を着て歩いているようにしか見えないテュッセであるが、本人的には理性的に振る舞っているつもりらしい。


「俺も一応はコイツの参謀と呼ばれているからな。その二人よりは理性的だと自負している……気持ちは分かるがそのような目でこちらを見るな。俺はテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリアやそこの二人と違い、そうそう暴力などで解決しようとはせぬ」


「えぇ……? 対面で襲いかかってきたくせに……」


「いや、たしかにカツオは態度は悪ぃし、初対面で襲いかかってきたけどな。それでもちゃんと受け答えはするし、あの時はテュッセが襲われているという誤解があった場面だったしな。比較的マシといえばそうなのかもしれねえ」


「うむ、そこなゴリラは蛮族のような風貌ではあるが、ちゃんと物の道理が理解が出来ているようだな。思ったよりは知性がある。褒めてやろう」


「上から目線なのはどうにかしてほしいところだがなあ」


「俺が褒めてやったのだ。素直に受け取るがいい」


「なんだかなあ」


 何故かドヤ顔のカツオとテュッセ。そして僕らの会話が聞こえているはずなのに一瞥もくれずに仏頂面の二人。僕からして見たらどちらも禄でもない脳筋なのだけど、どうやら彼らの中では明確に違いがあるらしい。


「……ふむ、まあ二人が理性的か否かは置いておくとして、ナツメくんを無視した時点で彼ら二人の運命は決まっているよ。安心してねナツメきゅうん。明日には彼奴等揃って棗きゅんの靴舐めるようになると思うからね☆」


「そんなの望んでないから!?」


 しまった、うちの脳筋も禄でもない!


「くふ、アオイは短耳とは思えぬほど長耳の事を理解しておるようだのう。そうじゃ、気に食わねば殴ればよいのじゃ。くふふっ」


「……もうやだこの人達」


 頭が痛くなってきた……癒やしが欲しい。僕は鞄の中に手を入れると指から伝わるマウスくんの感触を全力で楽しんだ。マウス君は賢いので、街に出る時などはだいたい鞄の中で大人しくしてくれている。とりあえず殴ってから会話をする美男美女よりはるかに理知的だ。


 あー、癒やされる。なんていい子なんだろう。人類は愚かだ、救いようがない。この世で唯一マウス君だけが僕の癒やしだ……僕はクッキーを手に取りマウスくんに与えた。頬を膨らませながら必死にかじる姿が愛くるしい。


 マウスくんをいじることで現実逃避に成功した僕の心は多少の回復を見せたが、そんな僕を憐憫の目で見つめるゴリラが視界の端に映る。やめろ秀彦、そんな憐れむような目で僕をみるんじゃない……





 ……――――




 ――そんな事をしているうちに時間は過ぎ、神託の間の扉が大きく開かれた。そこには先程の惨状など無かったかのように綺麗になったセシルが立っており。その横には近衛騎士数名とウォルンタースさんが控えていた。凛とした空気をまとう彼女は先程の潰れたヒキガエル姿を想像するのも難しいほど美しい。


「お待たせしました、テテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア様」


「うむ、くるしゅうないぞ。座るが良い」


 ホスト国のトップに対してこの態度、そろそろ僕も慣れてきたけど相変わらず凄い偉そうだ。セシルの方は全く気にしている様子はない。護衛についているウォルンタースさんも表情を変えていないので、多分いつも通りの事なんだろう。


「……それで」


 目を細め少し低い声をあげるテュッセ。心なしか部屋の温度が下がったかのような重い空気が立ち込めた。


「痛い目に合う事を分かっていながら、態々我らを呼び出した理由を聞こうか? セシリア女王よ」


 先程までの巫山戯た態度とは違い、こちらを威圧するような態度で話を切り出すテュッセ。その鋭い眼光に気圧され、呼吸ができなくなるような錯覚さえ覚える。これがエルフの長、テュッセの本当の姿なのだろう。ただ話を促しただけなのに、皆が息を呑みこんだのが分かる。


「建前は求めておられないと思いますので単刀直入に申し上げます。テテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア様、我らと共に 「共に魔王共と戦えという話なら以前断ったはずじゃが?」 ……ッ!」


 かぶせ気味の否定。セシルの嘆願は、言い切る前に一刀両断にされてしまった。


「図体ばかり成長し、我らへの理解が全く進んでおらぬようだの。先程の出迎えを見たときは一瞬面白くなるかと期待もしたが、とんだ期待はずれじゃ愚か者め」


「何故ですか。何故貴方様は頑なに同盟を拒まれるのですか!」


「言わねば分からぬか! どこまでも失望させる。我ら長耳は弱者と剣を並べるつもりはない。貴様ら短耳が我らの庇護をうけたいというのであれば手を差し伸べるのも吝かではないがのう。共に闘おうなどと片腹痛いわ」


「個人の有する戦力を比べれば、たしかに貴方様の言うとおりでしょう。ですが、国力という意味では数に勝る我らもティリアに勝るとも劣らぬ自負がございます! それに魔王軍は強大でございます。失礼ですが、たとえ長耳といえ、一国で対抗できるとは思いません!」


「ほう? 言うではないか。事もあろうに我らが武を疑うか。今からティリアとサンクトゥースで開戦でもするか?」


「なぜそのような話になるのですか! 我々が争っている場合ではないでしょう!?」


「ふん、ひ弱な短耳の視線で我らを測るでないわ。魔王軍も貴様ら短耳も、我らは大した興味を持たぬ。強ければかかってくるが良い、弱ければ滅べ。我らは全てを受け入れよう」


「……あなた方は確かに強い。ですが、魔王軍の事を何も分かっておられない」


「分かるわけもなかろう。未だ戦った事もないのだからな」


「分かった時にはもう手遅れなのです。貴女は民を守る責務を放棄されるのですか!」


「何度も言わせるなセシリアよ。貴様らの物差しで我らを測るな。我らの掟は唯一つ。弱肉強食。強きは喰らい、弱きは滅ぶのみよ」


 まったく折れる気配のないテュッセの態度に押され気味のセシル。しかし、その目は決して諦めてはいない。話の通じないテュッセの説得が難しいと判断した彼女の視線は、横で沈黙を守る長耳の参謀へと向けられた。


「……カッツェリティオリヌ・リティティリュリオ殿。貴方も同じお考えですか?」


 決意のこもった厳しい表情をしているが、その内心は縋るような気持ちだったのだろう。その声にはわずかに震えを感じた、が……


「……俺自身の考えはあるが、我らの長が否というのであれば否であるな」


 帰ってきたのは無情な返答だった。


「……わかりました」


 明らかに落胆した様子ではあるけど、こうなる事はある程度覚悟していたのだろう。セシルの意見は全て拒絶されてしまったのにそこに食い下がる素振りは見せない。恐らくだけど、このやり取りは初めてではないんだろうな。


 それにしても。テュッセと出会って一緒に行動して。そこで感じた違和感。最初に教わったエルフ族の印象との乖離が気になっていたけれど、こうしてみると最初の説明の通りだった。


 気位が高く排他的……但し、自分が認めた相手には多少打ち解けてくれる脳筋という一文は追加される。



 だったら……



「ねえテュッセ?」


「ぬ、なんじゃ?」


「僕からもお願いするよ、セシルを助けてくれないかな?」


「……ふむ、貴様は盟友である我らの矜持を汚すのか? ナツメよ……」


「そ、そんなつもりじゃないよ! ただ、僕たちが協力すれば、無駄に失われる命を救えるんじゃないかって……」


 僕の言葉を聞くテュッセの表情がどんどん険しいものに変わっていく。今まで僕に見せていた表情とは全く違う。それはまるで敵を見るかのような顔だった。





『この、たわけがぁっっっ!!』




「ひぅっ!?」


 文字通り空気を震わせる怒声。あの小さな体の一体どこからこれほどの声が出るのか。体がビリビリと震える。


 いや、これは声そのものが大きい訳ではない。うまく表現できないけど、テュッセの放つ覇気のようなものに僕がのまれてしまったのかもしれない。先程までの気安い雰囲気は霧散し、今僕を見つめる瞳は宝石のように美しいのに酷く冷たい。


「貴様が思うほど、我らの掟は軽いものではない! これは森に生きるものの生き様、覚悟じゃ。異世界の住人である貴様の言う事じゃ、一度は許す。が、二度と軽々に我らの生き様を汚すような事を言うでないぞ!!」



「ご……ごめん」


 僕が素直に謝罪を口にすると、先程までの張り詰めたような空気は萎んでいった。


「……ふん! 解れば良いのじゃ。たわけめ」


 どうやら僕の謝罪を受け入れてくれたテュッセは先程の怒気を収めてくれた。どうやら物を知らないだけの僕に本当に怒ったわけではなかったらしい。


 考えてみたらテュッセは異世界の、しかも異種族の長なんだ。文化の違う人と接するのに今の僕の言動はあまりにも迂闊だった。今回はテュッセが寛大だったから良かったものの、そうでなかったらどうなっていた事か。


 これは反省しなくちゃいけない。僕が原因で国際問題とかに発展する場合もあるかもしれないんだ。


「私からも謝罪を、テテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア様」


「よい。作法を知らぬ者の失態をいつまでも咎めるほど我は狭量ではない。更に言えば貴様がナツメと我の間の事に口を出すことは許さぬ。謝罪ですら不快であると知れ!」


 不機嫌そうに言い放つテュッセの態度にセシルの顔が真っ青に染まる。


「も、申し訳ございません! どうかお許しを」


「ちょ、こら! や、止めよ、そこまで怯えられては我が恐れられていると思われるであろう!? そんな事をされて我の事が怖いと思われてしまったらどうしてくれる!?」


 しかし今度は平謝りするセシルに、テュッセのほうが慌て始めた。


「怖がられたくない……? どなたにですか??」


 セシルも訳がわからないらしく、不思議そうにテュッセをを見つめていた。しばらく視線を逸して誤魔化そうとしていたテュッセだったが、やがてその視線に居た堪れなくなったのか、ボソボソとらしくない小声で何かをつぶやき始めた。


「その……ナツメにじゃ……」


「……ん?」


「その~……なんじゃな。数百年ぶりに出来た、その……と、友達に怖がられるのは嫌なのじゃあ!」


 え~、ソレはもう遅いと思うのだけど!?


 周りを見回すと皆も同じように微妙な顔をしていた。


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるその姿だけは滅茶苦茶可愛いのだけどね……?

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