第九話 僕の覚悟とエルフの名前と変態と

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 エルフの国ティリアとサンクトゥースのトップ会談。

 結果的に言えばこの話し合いは、どこまでも平行線を辿り失敗に終わった。森に生き、悠久とも言える時を生き、しかしながら常に死を隣に感じているエルフ。彼らの持つ生死感は短い時を生きる僕らには理解が出来ないものなのだろう。


 ――最終的には進まぬ話に業を煮やしたテュッセが暴れ、神託の間が半壊したことでお開きとなった。止めに入ったウォルンタースさんは吹き飛ばされ、割れた窓から城外へ落とされ、秀彦は不意打ち気味に飛んできたテュッセの蹴りで同じく窓の外へ。先輩はそんなテュッセの下着を覗くために地面に伏せ、セシルはこの惨状に精神が耐えきれず失神。


 気がつけば控えていた二人のエルフも一緒に暴れ始め、僕は非戦闘員のメイドさんたちを守るための結界で手一杯だった。ちなみに別に何もしていないカツオはなぜかテュッセに殴り飛ばされ壁にめり込んでいた。 ……なにこの地獄絵図。


 ちょっと意外だったのが、見境なく感情のままに暴れているように見えたテュッセだったが、聖遺物アーティファクトである天啓の書は一切傷つけずに暴れていたとの事。そこは蛮族なりに理性があったらしい。その気遣い、もうちょっと周りに広げて欲しいところ。


 やがて一通り暴れ満足したテュッセは、疲れたので寝ると言い残し退場。偶然か狙ってなのか、大きな怪我人はなかったのでこの日の会談はここまでとなる。


 ――そして一日が過ぎ、場内の清掃修復の喧騒の中、僕はこの騒ぎの元凶と、その連れであるエルフ達と一緒にお茶を飲んでいた。付き合わせてしまったコルテーゼさんには申し訳ないけど、さすがはメイド長。こんな蛮族を前にしても顔色ひとつ変えず完璧な給仕をこなしていた。目の前に視線を移すと、昨日あれだけ大暴れしていたとは思えぬほどの可憐な少女が、美味しそうにお茶とお菓子を堪能しているのが見える。大人しくしていると、同一人物とは思えないほどに儚げで綺麗だ……



「しかしあれだねぇ。あんなに暴れてたのに天啓の書には傷をつけていないなんて、テュッセにも多少の理性があったなんて本当に驚きだよ……」


「たわけ! 我は知性派だといっておろう! 他国の宝に傷をつけるような常識なしと思われるのは心外じゃ!!」


 さも心外というように蛮族が吠えている。


「我は意見の相違にストレスを感じたために暴れたに過ぎぬ。そこに暴力的な衝動などはない」


「それが暴力衝動ってやつだからね!?」


 城を破壊し、他国の人間を暴力的に排除する部分は非常識ではないらしい。結局彼らとは何も解りあえない事だけは分かった。あと気になるのが僕の足元に正座する二人のエルフ……


「――そちらのお二人は何をしているので?」


 僕はずっと気になっていたことを二人のエルフに問いかけた。この部屋には人数分の椅子が用意されているのになぜか二人は僕の足元に正座しているのだ。あと気になるのは、二人の顔がボコボコに晴れ上がっているという事……


「うむ、実はな。あの後、我らのナツメに対する言動が気に食わぬと短耳の勇者が襲ってきたのだ」


「あれは恐ろしい女であるな、成す術なく一方的に敗北したのは、我らの長を決める戦い以来である。さあ約束だ、貴様の靴を舐めてやる。さっさと足を差し出すが良い!」


「そんなの頼んでないよ!? 先輩の仕業か!!」


 どうやらうちの勇者蛮族が昨日言っていた事を本当に実行したらしい。見た所この部屋には居ないようだけど、後で探し出して目の前で斧を折ってやる。


「とりあえず靴を舐めなくていいので立ってください。あと、出来ればお二人のお名前を教えて下さいますか?」


 まあ、そう言ってみたものの、エルフの名前は長すぎて覚えられる自信がないんだけどね。


「我はゴアである!」


「ギだ!」


「短いな!?」


 気合いをいれて覚えようと身構えた僕に告げられた二人の名前に思わず突っ込んでしまった。


「何を驚く? 別に我ら全員、長い名前という訳がなかろう。大体そんな長い名前だらけじゃったら覚えにくいし会話にならんじゃろ……」


「テュッセがいっちゃうの、それ……」


 呆れ顔で僕を見るテュッセ。どうにも彼らと話していると頭痛が止まらなくなる。


 あと、なんでエルフ達は名乗りを上げる時ふんぞり返るのだろう。テュッセはエルフが偉そうだと誤解されるのはエルフが使える語彙のせいだと言ってたけど、仮に言葉が完全に伝えられても偉そうだよねこの人達。


「とりあえずその顔、痛そうで見てられないから治すね。下級治癒術ヒール下級治癒術ヒール


「お、おお!?」


「こ、これは……痛みが引いていく!」


「……下級治癒術ヒールでこの威力か。これほどの法術は我らの長い人生でも見たことがないな。短耳如きがやりおる」


「うむ、確かに短耳如きとは思えぬ法術の腕前。貴様短耳の分際で中々のものだな。褒めてやるぞ!」


「とりあえず提案。如きとか分際って言葉を外してみようか?」


 誉められていると思うんだけど、余計な言葉のせいでとてもそうは聞こえない。


「む、何故だ? 短耳如きが言う事はどうにも我らには理解できぬな。なにか意味があるのか?」


「貴様如きが我らにそのような事を言うからには、なにか考えがあっての事なのだろう? 理由を述べろ、聞いてやるぞ」


 だから如きをつけるな。


「我も短耳如きの言葉、常ならば聞き流すが、貴様の法術は短耳の分際で中々のものだった。貴様が言う事であれば耳を傾けることも吝かではないぞ」


「うむ、感謝せよ、腕の良い短耳の小娘よ」


「……解っててやってない?」


「「?」」


「あ、もう良いです。キニシナイデ……」


 これが異文化交流。中々に強烈過ぎて、僕には上手くやれる自信がなくなってしまった。とりあえずここに葵先輩が居なくてよかった。もしも居たら僕が治療した二人の顔面がより酷い事になっていたかも知れない。



 ……ん? エルフ二人が変な汗をかきながら震え始めた?

 どうしたんだろう、寒いわけでもないのに。暫くすると顔色まで真っ青に染まっていき、その様子から彼らの状態が尋常でない事が伝わってきた。


 何が起こったのかと回りを見回していると、テュッセが手に持っていたカップをソーサーに戻した。その際に陶器の触れる小さな音が鳴り、二人のエルフの震えが止まる。


「――そのへんにしてもらおうか、短耳の勇者。其奴らの言動に悪意はない。気に障ったのであれば後で謝罪をさせよう」


 どうやら今のは先輩が何かをしていたらしい。


「先輩? 何をしたのかわからないけど。僕、弱い者いじめする人は好きじゃないからね?」


 僕の言葉に反応してクローゼットがガタついた。そこか……


 しかし、ガタつくクローゼットの中身より先に、先ほどまで震え上がっていた蛮族二人がいきり立つ。


「な、取り消せ腕のよい短耳の小娘! 我らは弱い者などでは……ヒィッ! 怖い! 殺気怖い!!」


「ガタガタガタガタ……」


「ややこしくなるからゴアさんとギさんは火に油を注ぐの止めてね? 先輩も話に参加したいんならストーキングしてないで普通に参加して! でないとそのクローゼット全力で封印するよ?」


 僕がアメ爺ちゃんに法力を込めてクローゼットへと向けると、ようやく観念したのか、先輩が中から顔を出す。


「やぁ~どもども」


「なんでそんな所に隠れているのさ。話に参加したいなら普通に参加すればいいじゃない?」


「そうは言うけどさぁ、そうもいかない理由があるんだよ。最近の棗きゅん、なんだか可愛さが増々で、こうやって隠れてストーキングとかの制約を設けないと襲ってしまうかも知れないんだよねえ。恋は乙女を美しく変えるというけれど、君の場合ちょっと急激すぎるよね? 秀彦と一緒にいるときの君の顔なんか見ていると、なんかこうね、心の中にいる獣が囁き出すんだよ。その子の花を散らしてみないか? ってね。私もそうしたいのは山々だけど、その辺はお姉ちゃんだからね、ちゃんと我慢してるわけなんだよ。ていうか、そんな獣性を押さえ込んでなんとか人としての体裁を保っている私の苦労をもう少し労ってもらいたいものだよね? そうだよ、私は悪くない、むしろ誉められるべき(早口)」


「……ナツメよ、こやつを倒すときは我も協力するぞ?」


「……そのときはお願いするかもだよ」


「誉めるどころか責められた!?」


 なんでそんな心外そうな表情が出来るのか。今すぐ封印しないだけでもありがたいと思ってほしい。まあこんな犯罪予備軍……予備? 予備だよね? まあ兎に角、今日テュッセを呼び出した本当の用事を済ませなくちゃならない。僕は手に持ったお茶を一口含んで気持ちを切り替えテュッセに向き直る。後ろでまだトリップ気味になにかを宣っている先輩はこの際放置しておこう。


「ねえテュッセ、君に話しておきたい事があるんだ」


「む、なんじゃ? 突然真剣な顔なんぞしおって」


「この間の話だよ、あのときは深く考えもせず君の怒りに驚いて言えなかった事だ」


「……ほう?」


 僕が何を言おうとしているのか理解したのかテュッセの纏う空気が変わる。自然と僕の手が震え、背筋を冷たい汗が流れた。だけど、引かない。


「テュッセ、君たちの掟を、価値観を理解した上でいうよ。僕たちと一緒に魔王と戦って欲しい」


「……」


 ゴアさんとギさんの震えが、先輩に睨まれていたときより強さを増す。あふれでる魔力は暴風の様に吹き荒れ、圧力を増していく。それはテュッセの怒りだけでなく、再びこの言葉を口にした僕への失望も感じさせる。


 だけど、僕はテュッセから目を離さず見つめ返した。僕の目に写る少女の表情は、冷たく感じる圧力に反して凪ぎのように静かだった。


「我の……聞き間違えか? もう一度だけチャンスをやろう。取り消すならこれで最後の機会じゃ……もう一度申してみよ」


「何回でも言うよ。僕らと共に魔王軍と戦って欲しい。この国に力を貸して欲しい」


「この……」


 さあ、本気で怒らせてしまったぞ。ここかからもう引き返せないぞ。


『クソたわけガァァァァァァ!!!!」


 響く怒声、割れる窓ガラス。前回はここで引いてしまった。今度は……ひかない。


「場所を変えようテュッセ。エルフ流でいこう」


 さて、話し合い殴り合いの始まりだ!

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