第十二話 友

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 ……―――― side テテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア




「……ふぅ」


「なんだテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア、ため息とは貴様らしくないな?」


「煩いのう。我とて偶にはあんにゅい? な感じになる事だってあるんじゃ」


「あの短耳の小娘の事を考えていたのか?」


「……」


 我はカツオから目線を逸し、揺れる馬車の車窓から外の景色を眺める。流れる景色は我が走るよりはずんと緩やかなれど、我らと違って目的地へまっすぐ進むので行きと比べて帰りはいつも早い。我としてはこのような旅は味気なくて好みではないのじゃがのう……


「短耳と言うのは命が短いせいか時間に拘るのう。移動などはいずれたどり着けば良いではないかと思うのじゃが。奴らは行き急ぐからこそ短命なのかの?」


「俺もそう思わんでもないが、貴様は道を違え過ぎだ。流石に年単位で迷われては短耳共には堪らぬであろうよ」


「煩い男じゃのう貴様それでも耳長男児か。そんな事じゃからお主は四百年も生きておるのにつがいの一人もおらんのじゃ!」


「ぐ……それを貴様が言うのか……だいたい俺は貴様を……ぐぬぬ」


「ぬ? なんじゃ、モゴモゴと。男のくせに声も肝っ玉も小さく根性もひねくれたやつじゃのう」


「言い過ぎではないか!?」


「まあこのまま行けば千年経とうが万年経とうがカッツェリティオリヌ・リティティリュリオが望みの女を娶ることは叶いそうもないな?」


「いっそ諦めて私と番うか、カッツェリティオリヌ・リティティリュリオ?」


「ギ、ゴア! 喧しいわ!!」


「カカカ、難儀じゃのう」


 昔からコヤツは時々こうして変になる事があるのう。こういう時は決まってギとゴアが憐憫の目をカツオに向けおる。我の知らぬカツオの色恋事情でもあるのじゃろうか? まあ、男女の話なんぞ我にもよく分からんので突っ込まれんようにこの話はここで切り上げるのが良かろう。引き際というものはいかなる場合においても重要なものじゃ。


「……引き際か、くふ」


「む、どうしたテテュリセ・ティアテテュリ・イ・リティ=ティリア?」


 む、声に出てしまったか。どうやら我は自分で思ったより浮かれておるらしいのう。


「いやなに、少し思い出してしまってなぁ」


 今思い出しただけでも愉快な気持ちになる。此度の訪問は我にとってはまっこと有意義であったといえよう。


「斯様な愉快な出会い、ここ数百年はなかったのでの」


「ふむ、あの短耳の娘の事か?」


「うむ、あの様な者もおるのじゃなあ……」




 ……――――




「――此度の勝負。元々は戯れのつもりであった。よもやこれを使う事になるとは思わなんだ」


 正直驚いた。聖女であるナツメ相手に無手での決闘。こんな物、跳ねっ返りの小娘を躾てやる程度の感覚であったが、蓋を開けてみれば随分と予想を裏切るものであった。当初は軽く骨の一、二本も折って済ませてやろうと思ったが、どうやらこの戦いはそういった類のものではないらしい。


 思わず頬が緩むのが分かる。


「……」


「さて、一応聞いておこうか」


「なんだい?」


「降参する気は……」


 我もくどいな。この娘の返答など聞くまでもないと言うに……


「ないよ!」


「……そうか」


 コレを使うつもりはなかったが、ナツメの目が雄弁に語っている。すべてを掛けてかかって来いと。

 この娘は”闘うもの”であると。

 ……で、あるならば。


 両の腕と脚に魔力を巡らせる。我は基本的に”魔法”というものを使う事は出来ぬ。しかし、生まれ持って授かった”魔力”は我ら耳長の中でも随一と言える。この魔力を使って我に出来る事は唯一つ。筋力の補強、”身体強化”のみ。それも強化法術などの上等なものではない。ただただ体に膨大な魔力を流し、筋肉を強固にし、ただ殴るのみ。


「くらえいッッ!!」


「く、顕現せよ神の聖壁、何人もこれを崩すこと能わず神聖なる砦ハイリヒフォルト!」


 咄嗟に障壁を張ったか、その反応は悪くはない。組み上げた法術の精度も咄嗟に張ったものとは思えぬ。しかしその程度の障壁、強化された我が前には薄氷と変わらぬ。我が一撃に甲高い音を立て砕ける障壁、我が拳はそのまま障壁の奥のナツメへと迫り、その鳩尾にめり込んでいく。


「ぐぉえぇっ!?」


「……っ!」


 突き刺さる拳からナツメの肋が砕ける感触と内臓のひしゃげる感触が伝わり僅かに逡巡したが、この娘はこの程度で戦いを止めるとは思えぬ。こういった者と対峙した場合、油断は思わぬ事態を招きかねぬ。我はそのまま動きを止めず、くの字に折れたナツメの顎を蹴り上げた。


 自然にはありえない縦の回転で吹き飛ぶナツメ。飛んだ先の壁を崩し、なおも止まらぬ勢いで床を転がっていく。遅れて地面に飛び散る血液と吐瀉物に多少の罪悪感は感じるが、これでナツメも本望であろう。


「終いじゃ、誰ぞ其奴を治療院に……ぬっ!?」


「女……神よ……その癒しの手よ。傷つきし……汝が愛子に祝福を!中級治癒術ミドルヒール


「……たわけが」


 なんと愚かな事か、今まで使用していなかった治癒術……使えるのは当然解っていたが、まさかこの状況で使うとは! 無駄に長引かせて何が出来るわけでもあるまいに。


「……ッ!?」


 最早躊躇はせぬ。折角一瞬で終わらせてやろうという我の慈悲も解さぬ愚か者め。


 我は容赦なく拳を連撃で叩き込んだ。一撃で終わらせるなどという考えは捨て、全身に拳を叩き込む。

 足の甲を踏み抜き、激痛で下がったガードの隙間から肋を砕く。常人であればこれで終わりのはずだが、殴られながらもナツメの体が常に緑色の光に包まれている。


「無詠唱か、煩わしい!」


 このような簡易法術であるにも関わらず。我が打ち込んだ箇所をに的確に治療していく。何という治癒術の練度。流石は神が遣わせた使徒。最早ナツメに勝つ方法は、一撃で意識を奪うか命を奪う。或いは魔力が切れるまで殴り続けるしか無い。最早脚を使うこともなく、嵐の暴風に翻弄される樹木のように只管殴られ続けるナツメ。


「この……馬鹿者がぁ!」


 ここからはナツメにとっても地獄じゃったろうが、我にとっても地獄じゃった。我の攻撃に対応しきれぬナツメはほとんどの攻撃を無防備にもらい続け、それを法術で無理やり治癒していく。常人であれば痛みだけで発狂しかねぬ行為。であるのに、なぜか意識を失わせる一撃だけはキッチリと防御する。


 無駄にそういった攻撃への対処が上手い。一方的に蹂躙している我も、ここまで粘られては流石に疲労を感じる。このままでは疲労で鈍り、手違いが起きるやもしれぬ。流石に友を葬るわけにはいかぬ……というか此奴意識はあるのか? さっきからブツブツとなにか言ってるが、目はうつろで焦点があっておらん。


 ――しかし、終わったと考え攻撃の手を止めると、ナツメの手は我を追い掴みかかってくる。此奴、まだ意識があるのか、信じられぬ!?


「えぇい! いい加減にせよ! これ以上続けても無駄じゃ!!」


「……ブツブツ」


「負けを認めよ、何を考えておるのじゃ!?」


「……もるんだ」


「ぬ?」


 なんじゃ、何を言っておるのじゃ……?


「守るんだ……僕が! 友達テュッセを守るんだ!」


「ぬぅっ!?」


 今までと違い、光を宿した瞳に気圧され、遂にナツメの組付を許してしまう。何という執念じゃ! しかも先程の言葉……仕方ない、この一撃は甘んじて受け入れよう。


 ――しかし、その後に来るであろう投げ技の衝撃に備えたが、遂にソレは訪れなかった。


「……ナツメ?」


「……」


「ナ、ナツメ!?」


 ピクリとも動かぬナツメに一瞬背筋が凍る。まさか我が加減を誤った!? 最悪の想像が頭を巡った。


 じゃが、ナツメの白髪が黒くなっていることに気が付き体から力が抜けた。どうやら外傷ではなく魔力を枯渇させたことによる失神だったようだ。しかし……


 髪が魔力の色を完全に失うほど消耗するなど、永き時を生きる我でも殆ど聞いた事が無い。今では伝説として語られる古の英雄が、命がけで世界を救った時このような現象を起こしていたが、普通はここまで魔力を失う苦痛に耐えられるものではない。一体何がナツメをそこまでさせたのか。


「……僕が守ってあげるから、テュッセ」


「……」


 考えるまでもない。この娘は最初から我等との共闘を望んでいた。いや、それどころか……


「よもや我を守るつもりであったとは……不遜にも程があるぞナツメよ……」


 意識を失ってなお我の腕を掴み、うわ言でも我を護ると言うのか。然程永い付き合いでもないと言うに、可怪しなヤツじゃ。アレほど頑固に共闘を進めようとしたのも、魔王軍に対する武器としての期待ではなく、魔王軍の脅威から我らを守りたいと思っていたからか……


 まったく、この様な事を言われるのはいつ以来の事であろうかの……


「ふ、ふふふ……フハハハ! 良い! 我の負けじゃ! 貴様が望むなら、我ら長耳は共に戦おう。貴様が望むなら我を守る事を許す!! クフフ!」


 我の宣言のあと、すぐにゴリラが駆け寄りナツメを抱きかかえる。その蒼白の顔色をみるに、よくぞこの決闘を黙って見続けられたものじゃ。横におる勇者に至っては手のひらから出血しとる。どれだけ強く握りしめていたのやら。


「……なんとか無事におわったか。心臓に悪すぎんだろ。おい、すぐに運ぶぞ!」


「いやぁ、流石に今日ばかりは私も飛び出しそうになるの抑えるだけで精一杯だったよ。とりあえず応急処置を。治癒術を使える人はいる?」


「私が診よう」


「助かるよ」


 まあナツメは己の治癒術でほぼ外傷は治癒させておるようじゃから、ギの治癒術でもなんとかなるじゃろ。


 我は戦いの余韻とは別の暖かさを胸に感じながら意識のない友の頬をなでた。このような気持ちになるのも何百年ぶりの事であろうな……くふふ。




 

 ――――……





 結局あの後、結界を突破して部屋へ雪崩込んできたセシリア共がギャースカギャースカと煩わしかったが……



「実に愉快な滞在じゃったのう。あそこまで暴れたのも久しぶりじゃったし」


「あちらはそう思っているか甚だ疑問ではあるがな」


「ふん、王国の連中などはどうでもよいわ。ナツメの奴はなんだかんだと楽しんでおったとおもうぞ? 王都の短耳なんぞ取るに足らぬ奴らと思うていたが。ヤツ等のおかげで我は真の友を得た。これは何よりも尊い宝じゃな」


「その割に別れの挨拶もしなかったではないか?」


「ふん、どうせ魔王軍が攻めてきた時に共闘するんじゃ。すぐに会えるであろうよ」


「物騒なことを……」



 よもや魔王の襲撃が楽しみになるとはのう。いささか不謹慎がすぎるじゃろうか? くふふ、また会おうぞ。ナツメ!











 ……―――― side棗






「なんか聞いた感じだと、勝ったと言うよりしつこいから諦めたって感じだね、なんだかちょっと悔しいな……よし、もっと鍛えて次は……」


「――次こんな事したら絶対許さんとコルテーゼさんが言ってたぞ」


「……はいぃ」


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