第三十三話 前線の勇者たち

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 ――前線基地についた僕らの眼にまず入ったのは、思ったより整ったテント群だった。竜車の小窓から見える範囲に戦闘の跡などは見られず、ここが最前線という印象は感じない。


「……思ったより静かだね?」


「拍子抜けしたか? 別に四六時中魔王軍が進軍してきてる訳じゃねえしな。何もねえ時はこんなもんよ。それにここは比較的後方に位置する基地だからな。戦場とは言え比較的安全な場所といえなくもねえ」


 思わずこぼれた僕の言葉にパンイチのおっちゃんが答える……今日もカードで先輩に挑んだおっちゃんは案の定身ぐるみを剥がされていた。今日のゲームはカードを牌にみたてた麻雀らしい。


 ……この世界に麻雀持ち込んだのか、過去の転生者。


「おやおや、皇帝陛下はすぐに服を脱ぎたがるんだねえ? 乙女の前でそれは少し感心しない性癖だと思うなぁ?」


「うるせえイカサマ女!! 流石にオーラスで四連続暗槓からの嶺上ツモ、大四喜字一色四槓子四暗刻単騎は露骨すぎるだろ!?」


「いやだねえ、実力の無さを大声でかき消そうとする乱暴者は。そんな服装と毛髪で恥ずかしくないのかい?」


「うるせえ、毛髪は天然だ! いつまでも笑顔で居られると思うなよ? 次は見抜いてやるからな!」


「うぇ、おっちゃんまだやるんだ!?」


「あたりめえだ! 帝国は負けっぱなしじゃ居られねえんだよ!!」


 負けず嫌いの半裸おじさんはまだまだ諦めていないらしい。やめたほうが良いと思うけどな……そのうち毛まで毟られてしまうんじゃないだろうか……


「とりあえずおっさん、前線基地についたんだからそろそろ服を着ろよ。流石にその格好で外には出れないだろ」


「んふぅ、とは言え陛下は服を持っておられないようですね? 私の服を貸して差し上げましょうか? んふふ……」


 こら、挑発をするんじゃない。おっちゃん顔真っ赤じゃないか……


「ぐぬぬぬぅっ!?」


「先輩。ちょっと意地悪しすぎ。そう言うの僕キライだよ」


「ッッッ!? やだな冗談だよぉ? ささ陛下、こちらをお召しくださいね、ウヘヘヘェ」


「クソが! 同情なんざいらねえ!! 俺はこのままいくぞ! 俺の生き様見晒せクソ勇者共!!」


「ここで変な意地張るのはやめようね!?」


 半泣きかつ半裸で外に出ようとする中年男をなだめつつ僕達の乗った竜車は一番大きなテントの前に停車した。騒がしい竜車の到着に、周囲の兵士の一部がざわついていた。なんとかおっちゃんをなだめることに成功した僕らは、やや視線を集めながら竜車を下車する。


 ……衆目を集めてしまった事が何か少し恥ずかしかったので、僕はフードをすっぽりかぶって英彦の陰に隠れながら移動した。


 大きなテントに入ると、中はいくつかの部屋に分かれており、簡易的ながらも個室のようになっている。外から見た以上に立派な造りだ。


「お前ら荷物置いてしばらくしたら、ここの基地に居る奴ら集めて顔見世するからな。女神様から頂いた神器とか王国からもらった宝物とかで身だしなみ整えておけよ。特に勇者と聖女。戦場ではお前らみてえなのが発破かけると効果がでけえんだ。頼んだぞ?」


「了解した。任せてくれ給えよ。私はそう言うのは慣れているからね」


「僕も了解だよ」


「俺は……まあ適当で良い感じか?」


 どうやら王国のパーティみたいにドレスとかを着るわけではないので気が楽だ、ああいう一人で着れないような服は苦手なので今回のドレスコードはありがたい。


 









 ――――――Side 一般兵 ロジャー




 その日は朝から基地内がざわついていた。一瞬、敵襲がここにまで及んだのかと緊張するも、別にそう言う訳ではなかったらしい。どうやらサンクトゥース王国に援軍を求めに行っていた陛下が帰ってこられたそうだ。


 正直。あの方の気性を考えれば最悪の拗れ方も覚悟していたが、どうやらすんなり女神の使徒様方の協力を得られたらしい。ただし、基地がざわついているのは単純に協力を得られたことに対しての話ではないらしい。


「おい、ロジャー。聞いたか?」


「何がです?」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近づいてきたのは、俺達の小隊を率いるヘレス隊長だ。戦場では頼れるオッサンだが、プライベートではただのスケベオヤジとなる。特にこういう笑みを浮かべているときのこの人は信用がならない。


「何がです? じゃねえよ。カーーー、本当に情報に疎いなお前は」


「……」


 ニヤニヤ笑いを続けながら勿体つけるヘレス隊長オッサンにイライラしつつも態度には出さないように努めていく。ここで俺が反応をすると、このオッサンはいつまでももったいぶって会話が長引くのだ。


「いいか? いくら情報弱者のお前でも、今日、ここに、女神の使徒、勇者様御一行がいらっしゃるって話は聞いているな?」


「……はぁ」


 無駄にボディタッチをしながらテンション高く話しかけてくるのがウザったい。そんな様を見ているだけでどんどん冷めていく俺だったが、次の言葉には反応せざるをえなかった。


「実はよ、今代の勇者様は絶世の美女って噂なんだよ」


「!」


「お、反応しやがったな?」


 美女という言葉に思わず反応してしまった俺を満足そうに眺めるヘレス隊長オッサン

 だが、これは仕方ないことだ。こんな最前線では後方基地といえど娼婦の類などはおらず、炊事場にも女はほとんど居ない。


 唯一救護班だけは数人の治癒術師の女性は居るが、腕のよい治癒術師など殆どが歴戦の猛者。俺達が恋をするには少々凄みがありすぎる……端的に言えばババアって訳だ。そんな環境に美女? これに興奮しないやつは、不能者か同性愛者のどちらかだろう。


「へへ、更に情報はここで終わらねえ。なんと今代の勇者様一行には聖女様がいらっしゃるらしい」


「聖女様!?」


「おうよ。こちらの方は情報があまりねんだけどな。まあ聖女様ってだけでこう……なあ?」


「守りたくなっちまいますね」


「そう、それよ。前線で肩並べて戦う美人勇者様ってのもいいけどよ。こう、儚げな美少女を護って始まる物語っての? そう言うのにオッサンは弱いんだよなあ」


 ……四十も近づいた無精髭の中年が、何を夢見ているのか。そう言うのはもう少し若い男が担うべきポジションだろうが。若さもあり、新兵などとは違ってそこそこの経験を持った頼れる者。例えばそう、中堅の兵士である俺とかは適任だな。隊長などという枯れた中年の出番ではない。そんな俺の気持ちも知らずに身の程知らずな中年はウットリとした表情で妄言を続ける。


「んでよ、後でその勇者様のお披露目もかねたセレモニーがあるらしいぜ。楽しみだよなあ、たまらねえよなあ?」


「……ちなみに、勇者様のお仲間は聖女様だけなんですか?」


 俺の問に、オッサンの表情が豹変する。


「いや、もう一人聖騎士がいるらしいが。こいつは筋骨隆々の化け物じみた大男らしい」


「んじゃ、そいつは一人ハーレム状態ってことっすか?」


「そうだ」


 俺とヘレス隊長オッサンの目が合い頷きあう。その心は一つだ。


「「よし、カワイガリ決定!」」


 美女と美少女(仮定)に囲まれる男なんぞ許されるわけもない。たとえ女神が許しても俺達が許さねえ! 聖女様を守るのは俺達……いや、俺の仕事であるべきだ!


 そんなことを考えていると、遠くで歓声が上がる。


「どうやらおいでなすったようだな」


「あれが……」


 遠目な上にテントに横付けされてしまってよく見えない、更に近衛騎士の連中が壁を作ってしまったのでその姿は殆ど見ることが出来ないが、人垣の隙間から一瞬だけそれらしき人物が垣間見れた。


「くっそ。勿体つけやがって。結局ほとんど見えなかったじゃねえか」


「……俺はちらっとだけみえたっす。白髪と金髪っすね。顔は見えなかったけど、白髪ってことは治癒術の使い手。あっちが聖女様で金髪が勇者様ってわけっすね」


「マジかおい。羨ましいなあ」


 悔しがるヘレス隊長オッサンに僅かな優越感を感じつつ。俺も隊長も仕事に向かう。その足取りは今日のセレモニーを想像し、自然と軽やかになるのだった。




 ―――――― 数時間後




 予定通り広場に集められた俺達のボルテージはいま最高潮に達していた。


「おい、おいおいおい、マジかマジか。勇者様めっちゃいい女じゃねえか!?」


 年甲斐もなく興奮した中年の声がうるさい。だが、俺も全く同意見だ。皇帝陛下の挨拶の後、女神の使徒のお披露目が始まった。前線基地なので劇場のような舞台でお披露目というわけではないが、箱を並べて作られた簡易的なお立ち台の上に勇者様が立つ。


 風に流れるその見事な金髪は、彼女がこの世界で唯一の光属性の持ち主であることを物語る。彼女が何も声を発さずこちらを黙って見つめるだけで、俺達は息を呑み陶酔にも似た気分で静まり返ってしまった。先程まで隣で盛ってたヘレス隊長オッサンですら、今は声すら発していない。いや、息をしているのかも怪しいほどだ。


 彼女は場が静まりきったことをを確認すると、スゥッと大きく息を吸う。


「帝国兵士の皆さん、はじめまして、勇者葵と申します。

 ――まずは、今日に至るまで、この前線を守り通した皆様の勇気と奉仕に最大限の感謝を捧げます。

 私はここに来る間ずっと考えておりました。人々の自由と安寧を守るため、日夜その身を戦いに投じる貴方がたこそが、勇気あるもの、真の勇者と呼ばれるべき方々なのではないのかと」


 凛と透き通る美しくも力強い声が、俺達の耳朶を震わせる。


「私は嬉しい。そんな勇者達とこれより肩を並べて戦えるのですから。勇者たちよ、私に力を貸してください。我らの勇気と力を以て、必ずや魔王軍を殲滅し、この世界に真の平和と安寧をもたらしましょう!」


 ……

 …………

 ………………ッッ


 うおおおおおおおおおおおおっっ!!!


 俺は叫んだ、横ではオッサンも叫んでいる。仕方がないだろう。あんな美しく神々しい勇者様が俺達を勇者と。


 もちろん俺達は自分の仕事に誇りを持ってる。だがそれでも、貴族の中には俺達を汚れ仕事をする有象無象として蔑む奴らも居る。事実俺達は戦いの中血泥にまみれ、場合によっては汚物にもまみれながら戦っている。そんな姿に自分でも少し思うところが無いわけではなかった。


 だが、彼女はそんな俺達を勇者と呼んでくれた。ほかでもない、女神の勇者である彼女自身の口でそう言ってくれたのだ。こんな言葉に心が震えないやつは居ない。気がつけば俺は涙を流していた。そんな俺達に勇者様は笑みを浮かべ深く礼をした。その姿も実に美しく、俺達はまた歓喜の声を上げた。


 俺達は今日という日を忘れない。俺達は、一人ひとりが勇者として彼女と共に戦い、そして彼女の剣となって、盾となって散ることすら厭わないだろう。それほどに熱い何かが俺の心の中で燃えていた。




 ――勇者様が壇上から下り、次に現れたのは神々しい鎧と盾を装備した大男だった。先ほどとは違い、今度は歓声は上がらず、代わりに上がったのはどよめきだった。


 勇者様と違い、よくある髪の色に戦場であればよく見る筋骨隆々の厳つい体躯。だが、戦場ではよく見る見た目であるが、その男が凡庸な騎士に見えるようなやつは居なかった。ただ立っているだけだというのに伝わる男の武威。それは身につけている女神の武具に寄るものではなく、鍛え抜かれた武人の持つそれだった。


「――俺は、聖騎士英彦だ。さっきの勇者葵の弟でもある。口で色々言うのは苦手だ。だから自己紹介もこれだけで勘弁してくれ」


 大男は頭をボリボリかきながらぶっきらぼうに話し出す。何やら喋り始めると先程までの威圧感は消え、年相応の若さのようなものが伝わってきた。


「俺がどんな奴なのかは戦場で見て判断してくれ、以上だ。これからヨロシク」


 本人が言うように、本当に大勢の前で話したりするのが苦手なんだろう。本当に簡潔に名前だけ名乗った大男は壇上から退散してしまった。いくらなんでも簡潔過ぎるだろうとも思うが、見た感じ不器用そうな男だったのでさもありなん。そんな姿に不快感は感じず、逆に少し親しみも持てた、どうやら勇者様とは姉弟のようだしな。やつとは上手くやっていけるかもしれない。


 ……いや、まだだ。聖女様がいる。あの野郎が聖女様とニャンニャンしてるようなら、やっぱりカワイガリは決定事項だ。んで、その聖女様はどこだ……


 ……

 …………


「……ヒィッ!?」


 それ・・は突然現れた。なにもない壇上に、小柄な体躯、美しい法衣、そしてその顔を覆う禍々しき……仮面? 突然のことに混乱していると、それ・・は声を発した。


「皆様、はじめまして……キャー!?」


 俺達は剣を抜いた! それ・・は悲鳴を上げる。だが臨戦態勢に入った俺達は、突然の闖入者に即座に攻撃を開始した。


 だがしかし俺達の剣が呪いの魔物に届く前に大男が兵士をなぎ倒していた。そしてあろうことか勇者様が何かを言いながら俺達を蹴散らしていた。なぜだ? 何が起きている? 先程まで共に戦おうと言っていた勇者様が? まさかこの魔物のせいなのか?


 そんなことを考えている隙に眼前には勇者様の斧が迫っており、直後俺の視界には星が散っていた……







 ―――Side 棗




「おい聖女ぉ? 俺が何を言いてえかわかるかあ?」


 今僕は、天幕の中で正座をさせられている。なぜか初めて訪れる土地では僕は毎回正座をしているような気がする……


 僕の眼の前には憤怒の表情を浮かべた山賊のボス皇帝陛下がヤンキー座りをしていた。


「なんでよりにもよってあの仮面つけて呪術師モードで来た?」


「その、皇帝陛下が女神の神器を身に着けてセレモニーにでろとおっしゃられましたので……」


「……あの仮面が?」


「あの仮面が神器デス……」


「マジかよ……魔王由来の出土品とかじゃねえのか」


 魔王由来とは失礼なと心では思ったけど口には出さない。表情も仮面で隠れているのでバレないはずだ……


「んで、棗きゅんはなんであんな隠密を使った登場の仕方をしたのかな?」


 いつも僕には気持ち悪い視線を向けてくる先輩も、今日はチベットスナギツネのような生気のない目で僕を見つめていた。


「その……先輩の演説が素晴らしかったので、僕もなにか格好いい登場をせねばと思いまして……」


「それで思いついたのがあのホラー演出だったんか……」


 結局兵士の皆さんは気を失った後に全員僕が治療したので大事にはならなかったのだけど、やってきた人物が聖女ではなく呪術師だったという衝撃の誤解はなかなか晴らすことが出来なかった。


 暫くの間兵士達の間では治療を受けたら呪術で死兵にされるとか、あれは治療ではなく安楽死のために雇われた死神であるなどの噂がながれてしまった。


 結果、兵士全員が怪我をしないように慎重に戦うことになり集中力も向上したため、怪我人の数が激減したのは僥倖と言えるのかもしれない……




「……結果オーライとかじゃねえからな?」


「ひんっ!」

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