第三十二話 いざ前線へ

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 ――あれから数日。僕らは帝都をほぼ素通りする形で前線に向かっていた。ここに来る直前に優雅で栄えた街並みの大都市ベルウスィアを見ていた僕は、帝都エアガイツの様子に戸惑ってしまう。帝国の首都であるエアガイツは華やかさとは程遠く、一見しただけでは砦なのではないかと思ってしまう無骨な造りをしていた。


 街を囲む堅牢な外壁。その壁の所々に見られる迎撃用の仕掛け。更にそれらのいたるところには修繕の跡が見て取れる。


「驚いたか? 帝都は前線から近いからな。サンクトゥースやカタフィギオはもちろん。自領のベルウスィアと比べても異質だろう」


「それに……人はそれなりに歩いているのにものすごく静かだね。表情もどこか元気がないし……」


「打ち漏らした魔物やらが定期的に襲撃してくるからな。外壁に近い区画なんかは定期的に死傷者も出している。そんな状態で元気に笑っていられる訳はねえわな。だから移住するやつも結構いるんだが……ここに来るまでの道中を見たお前らならそれが難しいことはわかるよな?」


 皇帝おっちゃんの言葉に先輩が頷く。


「魔物の数と凶暴さがサンクトゥースとは桁違いだったねえ。私達なら何も問題はないけれど、あれを民間人が撃退するのは難しいだろうねえ」


「そうだ。それでも商人なんかは国からも護衛を付けていたりするからまだ移動もできるが、国民全員にそんな事は出来ないからな。統治者として申し訳ないとは思うが、民をすべて守りきるなんて事はここでは出来ねえのよ」


 前線に向かい最期の補給地をベルウスィアにしたのも、帝都の物資が不足気味であるのが理由だったらしい。僕らは馬車の中から通り抜ける帝都の様子を眺め、一度も街に降りること無く帝都を後にした。南門から北門に至る大通りは道や建物の至る場所に戦闘の後が残っており、表向きは栄えているものの、路地に目を向ければボロを纏い力なく地べたに座り込む人々が見える。


「自分ん所がこんなだからよ。サンクトゥースの平和さについつい苛立っちまってなあ。王城では悪いことしちまったと思ってるよ」


 そう言いながらおっちゃんは、帝都の中央に建つ城に目を向けた。荘厳で美しいサンクトゥースの王城とは余りにも違う、装飾も何もなく、ただただ頑丈そうな造り。所々に修繕の跡なども見られるあたり、直接魔物に攻め込まれたこともあるんだろう。


 その姿は皇帝でありながらどこか荒々しく、野生の獣の様な雰囲気を纏うおっちゃんとどこか似ているような気がした。


「……で、おっちゃんはいつまで馬車に乗ってるの? まさかこのまま戦場までついてくる気?」


「あ? 当たり前だろう。帝国ウチは武力で小国まとめて出来上がってんだ。前線で剣を振るかどうかはともかく、戦場に顔も出さねえんじゃ帝国の頭は務まらねえんだよ」


「へぇ、帝国は大変だね。じゃあおっちゃんは王様なのに強いの?」


「あたりめえよ。騎士団の中でも俺より強いやつとなると……まあ半分はいねえぜ!」


「それすごい平均値ってことだよね!?」


「うるせぇ、帝国の騎士は練度がたけえんだよ!!」


「棗、おっさんの言ってることは本当だぞ。何回か練兵場で手合わせしたが、帝国の騎士の奴らは王都の騎士より平均的に強え」


 僕がなんとも微妙な視線を送っていると、横に座っていた秀彦からフォローが飛ぶ。


「流石にウォルンタースのおっさんみたいな化け物はいなかったけどな。なんていうか戦い慣れた奴が多い印象だな。あそこで平均ってんなら皇帝のおっさんの腕は確かだ」


「お前もいつの間にかおっさん呼びかよ……」


「同じ釜の飯を食ったからなあ。だめだったか?」


「いや、構わねえよ。時と場所を弁えるならな」


 むう、なんか二人の距離が近づいている気がする。秀彦とおっちゃんは笑みを浮かべてお互いを見つめ合っていた。目で会話とかじゃないよなそれ?


「おやおや、それじゃあ私も皇帝陛下の事はオジサマとでもお呼びしようかな?」


「お前はなんか裏表あるからヤダ。キモイ。皇帝陛下と呼べ」


「援軍に来てくれた勇者様にむかってあんまりじゃないかな!?」


 なぜか先輩には冷たいおっちゃん。やっぱり秀彦のことが好きなのか? 僕は牽制のために秀彦の膝に座っておっちゃんの視線を遮った。おう何だその顔は?


「おい、邪魔だし重いから降りろ」


 後ろでゴリラが騒いでるけど無視だ無視。僕はお前を守っているのだ。


「何を考えてるのかわかんねえけど違うぞ。お前は多分とんでもない勘違いをしている」


 おっちゃんが何かを言っているけど無視をする。今日はこのままずっとヒデの上で過ごすと決めたんだ。後頭部をベシベシ叩かれているけど、神聖なる盾ハイリヒ・シルトで防御する。音がベシベシからゴンゴンに変わってきたけど無問題だ。


 そんなゴリラの猛攻を無視してふと窓の外をみると、帝都が徐々に遠くなっていくのが見える。


「まあ、いいか。そろそろバカをやってないで気を引き締めろよ。今日中に前線の陣営と合流するぞ」


「……」


 ついに、この世界で最も過酷と言われる戦場に立つのか。僕も自然と心が引き締まっていくのを感じた。


「とりあえず勇者と聖騎士は合流し次第戦闘に参加してもらうかもしれないので準備をしておいてくれ」


「……? 先輩と秀彦だけ? 僕は?」


「聖女は後方待機に決まってるだろ、お前は退却してきた負傷兵の治療がメインだ」


「はぁ!? 僕を戦線に立たせないとか何考えてるんだ?」


「何考えてるんだはこっちのセリフだ。お前まさか騎士といっしょに前線で戦うつもりだったのか!?」


 あたりまえじゃん? そのために呼ばれたんだし。


「あー、その顔。納得してないって顔だな? だんだんわかってきたけどお前、脳みそが筋肉で出来てるタイプだな? 言っておくが、何を言われてもお前を前線に立たせるつもりは無いぞ。治癒術師は貴重なんだ。お前が怪我をした場合に失われる命の事を考えろよ? 言っておくが帝国の治癒術師は質はともかく数は居ねえぞ」


「む……うぐう……!」


 ぐうの音もでない。おっちゃんのくせにド正論を吐きやがる! 返す言葉もなくモヤモヤしているとふいに頭の上に温かいものが置かれた。


「そんな顔すんな。前線は俺と姉貴に任せておけ」


「……ヒデ」


 不満そうな顔をしている僕の頭を秀彦の大きな手がグリグリと撫でる。首を支点にグリングリン頭が揺れる。


「……わかったよ。僕は後方で皆のために頑張る」


「よし! 偉いぞ」


「僕が治療に専念するからには即死じゃなければ全部治してやるからな。ヒデも先輩も安心して大怪我してきていいぞ!」


「元気になった途端に縁起でもねえこと言うんじゃねえ!」


 笑う僕の頭を軽く小突いて秀彦も笑う。一緒に戦えないのは残念だったけど、僕は僕の出来ることをしよう。


「……で、なんで勇者アンタはよだれ垂らしてニヤついてんだ」


「んふぅ。ナツメニウムのイチャイチャ成分を目と肺に大量に接種しているんだ。よだれの一つも垂らそうというものだよ」


「お前は本当に気持ち悪いな!?」


 そんなことをしているうちに外の景色はどんどんと殺風景なものに変わっていく。いよいよ、過酷な前線に着くのだと肌で感じた。



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