第三十四話 呪術院
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「……暇ですね」
セレモニーから数日後。僕の新たな職場は閑散としていた。
「聖女様、この野戦病院が最近前線基地でなんと呼ばれているか知ってるかい?」
「……なんとなく予想は出来ますが、お聞かせいただけますか?」
「なんとね、呪術院って呼ばれてるらしいのよ」
「Oh……」
この数日、なんとか呪術士イメージを払拭しようと頑張って努めていたのだが、残念ながらここにやってきた兵士は数える程だった。しかもあれ以降は仮面を外して治療にあたっているのに噂は全く減ることはなく、むしろ日増しに尾ひれはひれが増していくという状態だった。ちゃんと
「とりあえず聖女様。あたしはちょっと包帯とガーゼを取りに行って来なきゃならないんでね、しばらくここをお任せしてもいいかい?」
「はい! お任せください。行ってらっしゃいませデボラ様」
デボラさんはここの野戦病院の治療術士の纏めをしてくれているおば、お姉さんだ。チャキチャキした肝っ玉お母さんって感じでとても頼りになる。
しかし、ベテラン治癒術士の彼女は灰色の髪をしているので実年齢より老けて見えるのが悩みらしい。それを聞いた他の治癒術士のお姉さん方も皆ウンウン頷いていたのでどうやらこれは治癒術士あるあるの悩みのタネみたい。僕もいずれああいう悩みを持つのだろうか?
そんなことを考えているとデボラさんと入れ替わりで人影が二人入ってくるのが見えた。
「こ、こんにちは! 聖女様はいらっしゃいますか?」
「あら、ロジャー様。御機嫌よう。ヘレス様も」
「う、うむ、聖女様、本日もお元気そうでなによりだ」
「うふふ、ありがとうございます」
こちらはセレモニーで僕に斬り掛かってきた帝国兵の一人ロジャーさんと、ロジャーさんの隊の隊長をされているヘレス隊長だ。二人はあの騒動の後、治療のお礼を言いに呪術士の元を訪れてくれた勇気ある兵隊さんたちだった。始めて挨拶をした時は何故かしばらく固まった後に、僕が
それからは毎日何かと訪ねてくれるようになった、数少ない僕の患者さんなのだ。
「今日はどうされたのですか?」
「あー、演習で指先を切ってしまいまして」
「わ、私は腰をやってしまいまして!!」
「はい、それではロジャー様はこちらへ。ヘレス様はそこのベッドに横になってくださいね」
僕は眼の前の椅子にロジャーさんを座らせると患部である右手を握って無詠唱ヒールを発動させる。淡い光に包まれたロジャーさんの指についた小さなキズは時間が巻き戻るように塞がっていった。このくらいの小さな傷であれば、今の僕なら一瞬で治すことができるのだ(エッヘン)。
「ふぉぁ、手……やわ……小さ……」
「ん、なんですか?」
「いえいえいえ、なんでもござらんです、はい!!」
「ふふふ、なんですかその言葉は」
ロジャーさんは割といつもこんな感じで変なことを言う面白い人だ。孤独な呪術士を笑いで励ましてくれているのかもしれない。うん、良い人だね。
「それじゃあ次はヘレス様の治療もしますね。腰は怪我ではないのでヒールだけで良くなるか判りませんが、試しにヒールをかけながらマッサージしますね。痛かったり悪化してる気がしたら教えて下さい」
「は、はひ! よろしくおねがが御座候!!」
「ふふ、ヘレス様まで。言葉遣いがおかしくなってますよ」
ヘレス隊長もよくこうやって変な言葉遣いで僕を笑わせにくる。笑っちゃうと被った
僕はヘレスさんの寝ているベッドに近づき慣れた手つきでマッサージを開始した。法術による治療はこちらの世界に来てから学んだ素人だけど、腰のマッサージは近所のおじいさんによくやってあげていたので自信があるのだ。お城でもウェニーお婆ちゃんやウォルンタースさんにも大好評だった。僕の数少ない得意技なのだ。
「んしょ、んしょ」
「ふぉあ、ここが天国か……ンギモヂィィ……」
「ふふふ、そんなに気持ちいいですか? それではもっと頑張っちゃいますね!」
またもおもしろボイスで僕を笑わせにくるおじさん。ここまで喜ばれると僕も悪い気はしないので頑張ってしまう。
――しばらくヘレスさんのうめき声とも喘ぎ声とも取れるダミ声を聞きながら腰を指圧していると、突然野戦病院の天幕が開け放たれた。
「こぉら! このろくでなし共!! またくだらない怪我で聖女様のお手を煩わせてるのかい!?」
「げぇ!? ババァ!!」
本腰を入れてマッサージを開始しようとした瞬間。野戦病院内に雷が落ちた。
「全くアンタたちは毎日毎日くだらない怪我こさえて。ほら、ベッドから降りな! 聖女様もこんな奴らを甘やかすんじゃないよ!!」
「で、でも他に患者さんもいませんし……」
「そうだそうだ! 俺達が居なかったら誰もここには来なくなるぞ!」
「よく言うねえ……さっき道具を取りに行ったときに聞いたよ。あんたら、聖女様を独占するために呪術院の噂をばらまいてるらしいじゃないか?」
「「!!」」
「え?」
驚いて振り向く僕の目線から逃げるように二人の首が回る。
「その反応、どうやら本当だったみたいだね? 聖女様、コイツらの処分はどうしようかね。聖女様が望むのであれば最前線送りにでも絞首刑でも掛け合ってみるけどね?」
デボラさんの言葉に青ざめて首を振る二人。デボラさんは迫力のある人なので、本当にやりかねない凄みを感じる。
「デボラ様、私は何も気にしておりません。お二人も悪意があってのことではないと思いますので、ここは私達の胸に収めるという事でどうでしょう? 元はと言えば呪術士の噂が立ってしまったのは私のせいですもの」
「せ、聖女さま……」
「ふぅ、お優しい事だねえ。アンタ達、命拾いしたね。聖女様に感謝して二度とこんなことするんじゃないよ!! とりあえず罰としてあんたらの昼の休憩は無しだ、ここの手伝いをしてもらうよ!」
「は、はいい!!」
可哀想に、どうやら二人の今日のお昼ご飯は無しになってしまったらしい。まあ二人も野戦病院の業務を邪魔しちゃってるからね。これくらいの罰は仕方ないのかもしれない。
――それにしても、僕なんかの治療を独占したいなんて。僕の法術ってひょっとして凄く気持ちいいのかな? それが法術の腕前が上がったという事なら素直に嬉しい。思わず顔がにやけてしまう。
青ざめて謝る二人組、二人を叱りつけるおば、お姉さん。ニヤニヤする僕。そんなカオスな野戦病院にまた一人の人影が現れた。
「――お、お? 何だこの空気は? 棗、お前またなんかやったんじゃねえだろな?」
やってきたのは
「御機嫌よう、秀彦様!」
「……ッ!? ……あー、そうか。猫のほうか。心臓に悪いなこれは」
入口からのそりと入ってきた大きな人影に思わず声が弾む。逆光でよく見えないけれど、僕の”様”付け呼びが気持ち悪いのか秀彦の表情は何かを我慢するようなしかめっ面だった。
「どうしたのですか秀彦様? 私になにか御用があったのでは?」
「ん゛ん゛っ! 上目遣いで首を傾げるな!」
「……?」
「だからそれを……あーもういいや。そうだ。おっさんが俺達を招集してる。いよいよ動くみたいだぞ」
頭をガシガシ掻きながらぶっきらぼうに答える秀彦、何故か目線すら合わせてくれないのは失礼なのではないか? そっちがその気ならこっちも考えがある。
「わかりました。すぐに参りましょう」
「おうっ……てなんだその手は?」
「……? エスコートしてくださるのではないのですか?」
「ぬぁ……!?」
――――……
「……ロジャー、ヘレス。あんた等あれ見てみな?」
「……言うなババア」
「俺達は……俺達は、戦う前に敗北していたのか……」
「いい夢見れて良かったじゃないか。さあ、失恋の傷なんて感じられないほど今日はこき使ってやるから
「うう……」
なにかデボラさんたちが小声で話しているけど、声が小さくてよく聞こえない。何故かロジャーさんとヘレスさんはこの世の終わりのような顔になっていた。お手伝いの作業内容が過酷なのかな?
「デボラ様。どうやら皇帝陛下からお呼びがかかってしまいましたので、後のお仕事はお任せしてしまってよろしいですか」
「ああ、構わないよ聖女様。もうすぐ他の治癒術士も来るだろうからね。
聖騎士様、聖女様をよろしく頼みますよ! ふふふ」
「あ、ああ……」
「どうかしましたか秀彦様?」
「な、なんでもねえ。行くぞ棗!」
「はい♪」
「調子狂うから勘弁してくれ、猫……」
「ふふふ」
野戦病院から皇帝のいる本陣まで秀彦と手を繋いで歩く。今日からはなるべくいろいろな人に顔を覚えてもらえるようにしようと思う。
野戦病院から本陣に続くこのあたりは、あまり人のいる区画ではないのだけど、それでも今日は運良く数人に挨拶することが出来た。
僕の顔を見た人たちは何故かみんな固まって挨拶を返してはくれなかった。噂の呪術士がいきなり挨拶をしてきたことに警戒をしているんだろう。なんとか僕が邪悪な存在ではないことを早くわかってほしいところである。まあ、すぐには無理なのもわかっているんだけどね。
――次の日から野戦病院は
――――後書き
これにて小説家になろうでの掲載分終了でございます。
今後は一週間または隔週での掲載になると思います。
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先パイ勇者やるんですか?じゃあ僕回復やりますね ~最上位回復職が聖女なんて聞いてない~ ドブロッキィ @dobrocky
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