第二十五話 朝食にて
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――朝日が窓から差込み、まどろむ僕の意識を朝の空気が現実へと引き上げていく。
昨日はついうっかり
さて、いつまでも布団でぬくぬくしてる訳にもいかないので、僕は先日覚えた
「皆さん、おはようございますっ!」
僕が扉を開いて挨拶をすると、なぜかニヤケた表情の先輩と、顔をそむけて肩を震わせるコルテーゼさん&グレコ隊長。微笑ましいものを見るような騎士団の皆さんと、微妙な表情を浮かべる殿下に出迎えられた。何この空気?
「お、おはようございますナツメ様。失礼いたしました」
変な態度から直ぐに立ち直り、コルテーゼさんが挨拶を返したくれた。その横にはニヨニヨといやらしい笑みを浮かべた先輩が立っている。
「ふひひ、棗きゅぅん? 今日は随分と元気そうだねえ?」
「むむ……」
さては僕の事で先輩が何か良からぬ事を吹聴してまわった感じだなこれは。一体なにを吹聴したんだ?
「――そんなに秀彦からの手紙が嬉しかったのかにゃぁ?」
「……ッ!?」
なんでそれを!? 部屋には特別強固な結界を張っていおいたはず。いくら先輩でも、あれを僕に感づかれずに破ることは不可能なはず。
……はっ! まさかあの時、既に窓の鳥に気が付かれていた!?
「べ、べべべべべ別に、そんな特別嬉しくないし? そりゃ、友達からの手紙だからね。来たら当然嬉しいけど、それ以外の感情なんて何も無いし? あと、今日の僕が元気なのは、あの手紙とは全然関係なから。たしかに、手紙でアイツの報告を聞いてたら、相変わらず馬鹿なやつだなあとか思って面白かったけどね。逆に、それ見てたせいで夜ふかししちゃったから、いつもより元気なくなってるぐらいだからね。ナイワー、アイツ本当夜に手紙とか迷惑だわー。それに、なんだかアイツの手紙って、いつも途中でメイドさんが乱入してくるから、毎回中途半端な所で終わるんだよ。失礼なやつだよね。本当に。あのメイドさんもメイドさんだよ、お手紙録音中に乱入するのはメイドさん的にはどうなんだろうね? 悪気はないんだろうけど、あの子来ちゃうとそこで手紙が終わっちゃうんだよね。でも、まあ、それでもあんなズボラなやつが定期的に手紙届けてくれるのは感心するし、嬉しいなと思うけど。でも、ちょっと鼻の下伸ばし過ぎなんじゃないかと思うな、僕は。これはもちろん友人としてだらしないアイツをだね……」
「棗君ストップストップ、怖いよ!? 流石にお姉ちゃんもドン引きするほどの早口だよ。しかも後半なんか、目の光消えてなかったかい?」
「おお、凄い。あのアオイ様が真顔で怯んでおられる」
「……はっ!」
先輩が変なことを言うからつい早口になってしまった。うぅ、コルテーゼさん達の生暖かい視線が痛い。
「と、兎に角。先輩は根拠もない変な噂を広めないでくださいね!」
「いや~、私も想定外のビックリな反応で、流石にどうすれば良いのかわかんなくなっちゃったよ。お姉ちゃんちょっとだけ秀彦が心配になっちゃったな?」
「――あぁ、オホンッ。取り敢えずご飯に致しましょうか。いまご用意いたしますね。ナツメ様はこちらのお茶をどうぞ。心が休まるハーブティーで御座います。それとアオイ様。程々に為さいませんと、そのうち本当に嫌われてしまいますよ?」
「ついつい可愛い子にはちょっかいを掛けたくなってしまう性分でね。自分でも良くないとは思うのだけど、真っ赤になっている棗君が可愛くて可愛くて……」
「赤くなってませんからね!!」
「むぅ、悔しいですがこの反応は可愛いですね。分かりますよアオイ様……」
「ふむ、殿下も中々分かっていらっしゃるようで。どうです? 今度一緒にお酒でも」
「二人で変な仲間意識を固めないでくれませんかね!? あと先輩は未成年でしょ!」
まったく、殿下まで一緒になって。グレコ隊長は相変わらず顔をそらして震えてるし。あれ笑ってるよね? 絶対。騎士団の皆さんもなんか微笑ましいものを見るような視線をやめてくれないし。もうなんなんだよ……
――――暫くして
厨房からコルテーゼさんが朝食を運んできてくれた。今日の朝ご飯は焼き立てデニッシュに、ベーコンとスクランブルエッグ、パリッパリのサラダとそら豆のポタージュ。おお、The洋風朝食だね、とても美味しそうだ。
「いただきます!」
早速、瑞々しいサラダを頬張り咀嚼すると、朝から誂われてささくれていた僕の心が、みるみる幸せで満たされていった。こんな美味しい野菜は日本でも食べたことがない。
「美味しい、野菜一つ一つがすごく甘い! それにこのドレッシングがまた絶品ですね。このドレッシングはここで作られているんですかね?」
「左様でございます。ここ聖都では禁酒令が敷かれております。が、禁酒令施行の際に、ワイナリーで働く人々が職を失わないようにと、教会の提案でワインビネガーの製造が行われるようになった聞いております。そのため聖都は王国内でも屈指の良質なビネガー産地として有名なのですよ」
「なるほどー、この独特の風味と酸味は白ワインビネガーなんですね。ふむふむ実に美味しい」
一口食べれば、オリーブオイルのコクとワインビネガーの香りがとても心地よく口の中に広がる。上に乗っている茹でた小エビと生ハムとの相性もよく、これをシャキシャキのリーフと一緒に咀嚼すれば、朝から随分リッチな気持ちにしてくれる。散りばめられたケッパーが後味を爽やかにしてくれるのも有り難い。ただのサラダとは思えないごちそう感に、僕の顔は自然と緩んでしまう。
メインディッシュのスクランブルエッグも硬すぎず柔らかすぎず、黄身の旨味を、程よく振られた塩コショウがひきたてている。添えてあるカリカリベーコンの塩味も程よく、これと一緒に卵を食べれば、単体で食べた時とはまた別の表情を見せてくれて飽きが来ない。
今まで僕は、朝は焼き魚に味噌汁、ご飯、それともう一品。漬物か、納豆か、海苔のひとつでも付けてくれれば最強だと思っていた。だけど、こういう朝食も悪くないなあ。
焼きたてのデニッシュは、口に含むとパン生地全体からバターがとろけ出しているのでは? と、思うほどの濃厚なバターの香りがする上に、表面はパリッとしておりいくらでも食べられてしまいそうな魅惑的な美味しさだった。
サクサクモチモチサクサクモチモチ……
……はっ!? まずい、これはおデブデブになるやつなのでは?
僕の本能が危険を訴え、脳内に謎のアラートが鳴り響く。しかし、どうにもこうにも止まらない。
「ナツメ様、お代わりはいかがですか?」
いけない、いけない。欲望に負けるのは弱い人間のすること。ここは毅然とした態度で断らなければ!
「はい、いただきます!」
ああ、だめ、駄目、ダメでしゅぅ、バターの海に溺れまひゅ……
「ふふ、棗君こっちのポタージュも飲んでみたまえよ。とても爽やかで美味しいよ」
「――本当だ、そら豆の香りって濃厚なのに爽やかなんですねえ。いくらでも飲めそう」
あ、でもこれも乳脂肪的な美味しさを感じる……ひょっとして聖都でホテル暮らししてたら無限に太ってしまうのでは!?
「ナツメ様こちらのお代わりもいかがでしょうか?」
「はい、いただきます!!」
仕方ないよね、帰る前にダイエットすれば大丈夫大丈夫……
明日から少しヘルシーなご飯にすれば大丈夫大丈夫……
うん、そうしよう。明日からは自重しよう。
「うんうん、棗君は食欲に忠実で実に可愛らしいね」
「そんな事ないですよ。僕はただ、出されたご飯は残しちゃいけないと思っているだけです!」
「おかわりするのとそれは、別の話のような気がするけどねえ」
「それは意見の相違というやつですね。どうやら我と貴様は解りあえぬ定めにあるようだ、勇者よ」
「なんだい、その口調は……」
どうやら先輩には僕の生き様を理解することは出来ないようだね。これだから世界から争いは無くならないのか……これが人の業。
むぐむぐ、しかしこの朝食は美味しい。止まらない。
「コルテーゼさんデニッシュをもう一個ください!」
「流石に食べ過ぎじゃないかな!?」
愚かなり勇者、この至福を理解せぬとは。
――――……
「……うーんうーん、苦しい」
調子に乗って食べすぎてしまった。後半、幸せが過ぎて変な事言っていた気がする。流石にデニッシュ5個は食べ過ぎた。今は僕の目の前で野菜をかじるマウス君を見るだけで吐きそうになってしまう。
「マウスくんや~、食べすぎると僕みたいにお腹が破裂しそうになるよ~」
「チッチチ?」
「うんうん、マウス君は優しいね、でも食べ物頬張りながら寄って来るのは、見ているだけで吐きそうになるから止めてほしいかなー」
「チチュウッ!」
「そんな目で見ないでよぉ、僕だってちょっとは反省してるんだよ?」
「チュゥッ」
「ありがとうマウス君は優しいねえ」
「……なにをねずみ相手にナチュラルに会話してるんだね君は?」
「ッはう!」
後ろを振り向くと呆れ顔の葵先輩が立っていた。
「流石は勇者、我の背後をたやすく取るとは!!」
「そのキャラまだ続けるのかい?」
「……もう、ノックぐらいしてくださいよ、先輩」
「一応したのだけど気が付かなかったかい? 私も失礼かなと思ったのだけど、謎の会話が聞こえてきたので開けてしまったよ」
あれぇ、ノックしてたのか。お腹が苦しくて全然気が付かなかった。
「それにしたって勝手に開けちゃ駄目ですよ」
「ふふ、秀彦の手紙を繰り返し見てる姿を見られちゃうからかい?」
「そんなに沢山は見てませんよ!」
「て、事は。何回かは見直したんだね?」
「……う」
誘導尋問に引っかかてしまったけた。だけど意外なことに、先輩はこれを誂うでもなく一瞬だけ笑みを浮かべた後は真面目な顔している。
「まあ、その件は後で誂うとしてだね」
「後でも止めてくださいよ」
この人は真面目な表情を一分も保てないのか……残念過ぎる人だ。
「――むぅ、君今何か失礼な事考えてないかい?」
「はいはい、被害妄想は良いので話を続けてくださいね」
「うぅ、棗君が最近、以前にもまして私に対して冷たい気がする……」
先輩はよよよっとわざとらしく泣き崩れる。しばらくそのまま蹲っていたが、僕がかまってあげない事を理解すると、何事もなかったかのように立ち上がって話を再開した。この人のメンタルはどうなっているんだろう?
「実はだね、先程教会から呼び出しがあったんだ」
「ん? もう洗礼の日が来たの?」
「いや、違うみたいだ。洗礼の儀式はそれなりに大きな行事なので、準備に時間を要するらしい」
洗礼の儀式ではないのに呼び出し。教皇猊下かアグノス様がお茶にでも誘ってくれたのかな? でも、それにしては先輩の表情が少し硬い気がする。
「どうしたの先輩?何だか顔が怖いよ?」
「うん、実は呼び出してきたのは教皇猊下ではないんだ」
「……え?」
「呼び出し主は大司教シュットアプラー=デブラッツ。先日君に絡んできた大司教が、棗君に頼み事があるとの事なんだ……」
その名前を聞いた瞬間、僕は碌でもないことに巻き込まれる予感がしたんだ……
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