第三十話 幸せな時間

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 ――良いものを手に入れた。


「これは……」


 魔力を込めて紙に線を引くだけで発動する魔法。これがあれば、僕でも前衛で戦えるのでは?


 ……そう思っていた時期が僕にもありました。

 しかし、魔法陣を勉強してはや数時間。早々甘い話は無いことを僕は味わっていた。


「で、これがお前の秘密兵器の魔法陣か」


 冒険者や憲兵が利用する公共の訓練所。そこの床に転がる僕の横で、森の紳士ゴリラが僕の書いた魔法陣を興味深そうに眺めていた。


 そう。魔法陣を手に入れた僕は、最近めっきり勝てなくなってしまった宿敵ゴリライバルに勝負を挑んだ。仕込んだ魔法陣はあのお湯を沸かしていた温熱の魔法陣。足の裏を火傷したゴリラの脳天にアメちゃんを叩き込むのが今回の作戦だった。


 結果は……魔法陣を踏み潰して接近したゴリラゴリラの内股で地面に叩きつけられた後、腕ひしぎ硬めで完全なる一本負け。温熱の魔法陣は数秒後に床を熱するだけだった。


「……まさかタイムラグが有るなんて」


「お前な……普通戦闘に使うなら事前に何回か実験とかするもんなんじゃねえのか?」


「情報が渡ったら勝率下がると思って……」


「人を人体実験に使うな」


 結局温熱魔法陣は熱いと感じるほどの変化を与えるにはノートより大きな紙に書く必要があり、それを起動するにはそれなりのタイムラグが有ることがわかった。御札のような小さな紙に書いた場合は、割とすぐに発動するが、その効力は暖かさを感じる程度のもので、これでは防寒用具程度の効果にしかなりそうにない。


「うーん、他の魔法陣も試してみるか……」


「あ、まだやるのか?」


「当たり前だよ、これをうまく使えば僕だって戦えるかもしれないじゃんか」


 一度の失敗で可能性の放棄をするのは愚か者のすることなのだ。僕は訓練所の隅に置いてあった荷物からリリアさんの本を取り出すと、他になにか良い魔法陣はないものかとウンウン唸りながらページを捲った。


「お前なあ……」


「ううん?」


 顔をあげると呆れたような表情の秀彦と目があった。


「俺等が何のためにいると思ってんだ。戦場でお前が前に出る必要はねえだろ」


「でも僕だって自分の身くらい守れないと……」


 言いかける僕にずいっと英彦が顔を近づけてきた。至近距離で見つめられ、思わず僕の心臓が高鳴る。


「お前の事はずっと俺が守ってやる。だから安心しろ」


「ひゃいっ!?」


「ん、どうした? 顔が赤いぞ」


「にゃ、にゃんでもないれす。そっか、ずっと。ずっと守ってくれるのか。エヘヘ……」


「……?」


 秀彦の事だから深い意味とかはないんだろうけど、ずっと守ってくれるという言葉に思わずときめいてしまった。我ながらチョロすぎるかなとは思うけど嬉しいものは嬉しいので仕方がない。思わずニヤけそうになる顔を引き締まらせて、僕はもう一度秀彦に構えをとる。


「まあそれはそれとして僕もお前を守ってあげたいって思ってるからな。これからもどんどん強くなる事はやめないよ。僕が守られるだけの女だと思わないでね!」


「いや……お前は後衛だから鍛えるのは体術じゃねえだろ……」


「ふん一本取った位でいい気になるなよ? 僕の魔法陣は百八式まであるぞ!」


「そんなに種類ねえだろうが。新しいおもちゃ見つけるとすぐそうなるよなお前。まあ気が済むまでは付き合ってやるよ。もう一本やるか」


「応っ!」


「なんだそのノリは……」


 さっきは直接ダメージを狙って失敗してしまったけど、僕の魔法陣プランはまだまだある。さっきの失敗を糧に起動魔力を注いでからのタイムラグを無くすべく、今度は予め魔力は流した上で秀彦と対峙する。直接ダメージを与える魔法陣ではないので魔法が発動してても僕に問題はない。


 今回は両手を使いたいのでアメちゃんは持っていない。


「……本当に何か狙ってやがるな」


「……」


 秀彦が何かを言っているけど集中した僕には届かない。冷静に秀彦の動きを見ながらタイミングを測っていく。


「……とん……とん」


「始まったか、つぶやき王子。今は姫か? いつも思うけどそれで何を測ってるんだ?」


「……」


 ――今回は特に秀彦の足さばきに注視する。ただ、目線は動かさず、どこを見ているかわからないように全体を見ながら……


「……ここっ!!」


 左手で袖を捕り逆の手を肘の内側に当て、体重を乗せた片手での大外刈りを仕掛ける。当然体重に差があるので防がれてしまうが、僕の狙いは大外刈りではない。懐から出した魔法陣を秀彦の足の着地点に滑り込ませる。


「うおっ!?」


 滑り込ませた魔法陣は、物を運ぶときに使ったりする摩擦をなくす魔法陣。昔は車輪のかわりに使われていたらしいけど、何枚も用意しないと長距離の移動には使えなかったため、局所的にしか使われず廃れてしまった魔法。そんな物を踏んだ秀彦は当然大勢を崩し、僕の内股の餌食となった。もちろんこれは柔道の試合ではないのでここで終わりにはしない。倒れ込んだ勢いを殺さずに倒れた秀彦に覆いかぶさり寝技に移行す……


「まいった!」


「えー、まだ抑え込みしてないのに? お前最近諦めんの早すぎじゃない?」


「いや、お前の抑え込みは……色々まずい」


「?」


 最近秀彦は僕が有利の形で寝技に移行すると即参ったをしてくる。まったく、実戦で参ったなんて出来ないのに弛んでいるんじゃないか? かと言って僕が他の兵士や騎士と乱取りしようとすると邪魔してくるし、これじゃあ僕の寝技が錆びついてしまう。


「不満そうな顔をするな。お前は自分の事をもっと理解しろ。こっちの心臓が持たん」


「……?」


「あー、くそ! まあいいや。てか、今の魔法陣は中々いい感じだったな?」


「だろう? 熱くなるやつと違って予め起動できるのが良いよな、魔法陣実用に向けて一歩前進だな。これを極めて最強の聖女になるぞ!」


「いや、戦闘行為に参加するのやめろって、聖女は最強を目指す職じゃねえんだわ……」


 よしよし、いい手応え。リリアさんは戦闘向きではないと言ってたけど、十分に戦闘にも活かせそうだ。僕はまた訓練所の隅に移動し、置いてある本をパラパラめくる。数ある魔法陣の中から使えそうな物を選び、作戦をいくつも考えていく。これ、思った以上に楽しいぞ。


「なあ戦闘に使うのもいいけどよ、治療に使えそうな魔法陣とかはねえのか? 直接治癒術に使えないって言っても今みたいに応用効かせたらなにかに使えるんじゃねぇの?」


「なるほど! 戦いに活かすことしか考えてなかったけど、そう言う使い方もいいな!」


「蛮族め……」


 なるほどなるほど、治療に戦闘に生活に、魔法陣やっぱり良いじゃない。アイデアが膨らむ膨らむ。


「よし、秀彦。今日はとことん付き合ってもらうぞ!」


「あー、くそ。誰だこいつに変なもの教えたやつは……」


「よし、次はこれを試してみよう!」


「……それ、書き終わってから呼んでくれねえ?」


「だめだよ! 書き終わったらすぐ使いたいだろ! 今日はずっと一緒に居てもらうからな」


「えぇ~……俺今日は現地の料理食べ歩きの予定だったんだがなあ」


「おお、それもいいね。それも後で行こう!」


「いや、それは流石に予定詰めすぎだろ」


 最近は色々大変なことが続いていたので、こんな何もない日がとても楽しい。だから出来ることは何でもしたいし、いくらでも楽しみたい。


 これから前線に移動したら待っているのは激しい戦闘だろうから。


「秀彦!」


「ん?」


「今日はいっぱい楽しもうな!」


「……おう!」

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