第五話 異世界情勢




 ――女王様の話は、概ね女神様に聞いたものと一緒だった。


「嘗て栄華を極め、世界中に繁栄していた人と言う種は、いまや4つの国家を残すのみとなりました」


 一つはここ、サンクトゥース。


 純粋な人種としての歴史は最も古く、勇者召喚の儀式はここサンクトゥースにのみ伝わる秘技との事。


 そして獣人達の国 ベスティア。


 こちらは国家としての体を成したのはサンクトゥースよりは後になるが、それでもそれなりに歴史が深い。嘗て人種との間で大きな戦があったため、基本的に交流はあまりしていなかったが、皮肉なことに魔王の出現によりある程度の交流が再開されたとのこと。敵の敵は味方ということらしい。但し、未だその差別的な感情は強いため、積極的な交流は行われていないとの事。


「おお!?獣人。ネコミミ!女王様、私その国に行ってみたいな!」


「申し訳ありませんアオイ様。交流が始まったと言っても未だその軋轢は深く、人種が向かうには些か危険な国となっております。いずれは勇者様方には彼の国に行って頂くことにもなると思いますが、しばらくお待ちくださいませ」


 どうやら何かが先輩の琴線に触れたらしく一気にテンションが上っているけど、結構危ないところみたいだね。僕は行きたくないなあ。


 そしてエルフの国 ティリア


 長命種で魔力に秀でた一族、弓の名手も多く、戦闘における技術は全種族で一番との事。しかし、そのために気位が高い傾向にあり、魔王出現後もベスティア以上に非協力的らしい。排他的な彼らと連携が取れるかどうかは、この戦いを左右しかねない重大な案件とのこと。


「しかし、戦闘に於ける能力の高さと、国家としての歴史の深さ、更にその長命種ゆえの知識の量も、全種族の中で一番優れた国と言えます。非協力的と言っても敵対しているわけではありませんので、ある意味ではベスティアよりは行きやすい国家とも言えますね」


「おお~、いかにもエルフって感じだね!やっぱり耳が尖ってるのかな?」


「はい、エルフは皆容姿が優れております。が、耳が長ければ長いほど、彼らの中では美しい容姿と言われているそうです。私達とは価値観が違うようですね」


「変な価値観なんだな?それが基準だったら、俺ら皆さぞかし不細工に見えるんだろうなあ」


「ふーん、美醜の感覚っていうのは人それぞれある物なのだねぇ」


 むぅ、人の容姿の美醜の問題は今の僕にはデリケートな話題だぞ。美男美女揃いのエルフの国か、そっちもあんまり行きたくないなあ。あ、でも……耳を伸ばすことが出来れば僕にもチャンスが有るのかな?男顔で体は割と貧相な耳の長い聖女……うん、色の白目なゴブリンだなそれは。忘れよう。


 そして最後に、帝国 エアガイツ


 サンクトゥースと同じ純粋な人種の国家で、元々単一国家として在ったサンクトゥースとは違い、小さな国を飲み込み覇道を極めた国家との事。魔王出現以降は滅びかけた小国家も併呑し、今やサンクトゥースを超える国力を誇るらしい。サンクトゥースとの関係は表向き良好との事だが、皇帝は覇道こそを是としている為、真の意味で友好国家とは言えないらしい。ちなみに帝国では今も獣人やエルフを人ではなく亜人と呼び、差別の対象としており、奴隷の売買なども行われている為、サンクトゥース以上に他国家との関係は悪いらしい。


「友好国に対してこのようなことを言いたくはないのですが、私はこの三国家の中ではエアガイツが一番恐ろしいと感じております」


「うんうん、いかにも帝国って感じだね!三国志の曹操とかみたいな皇帝様がいそうだね。ここに行くのも楽しみだよ!」


 結局先輩は異世界の国ならどこでも興味を惹かれるらしい。もう今すぐにも出ていきたいってオーラを感じるよ。


「……でもよぉ女王様。同じ人種の国が一番信用できないってのはまずくねぇかな?いざって時信用出来ないやつには背中を預けるわけにはいかねえよ?」


「おい、ゴリラ。お前は敬語ってものが出来ないのか、猿なのか!お猿さんなのか!?」


 机の下で不敬なゴリラの足をゲシゲシ踏む……効かない……悔しい。でも秀彦なりに僕の言いたい事は理解してくれたらしい。


「お、おうそうだな。女王様すいませんッス!!」


 ……秀彦、お前さては語尾に”ッス”ってつけたら敬語だと思ってるな?ゲシゲシ、やっぱり効かない。くやしい。


「ふふふ、良いのですよナツメ様。ヒデヒコ様もどうかお気になさらず。私達の身勝手な理由で皆様を巻き込んでしまっている以上、私達は貴方様方に何をされても文句を言える立場にはございません。呼び方もどうかセシリアと呼び捨てにしてくださいませ」


 あー、もう、人の良い女王様に気を使わせちゃったじゃないか。この!この!!くそう全力で踏んでるのに本当に効かないな。こら、不思議そうな目でこっちを見るんじゃない、僕は今お前に体罰を加えているんだぞ!


「わかったわ!よろしくねセシリア。私のこともアオイって呼び捨てにしてくれると嬉しいな!」


「そ、そんな恐れ多いことは出来ません!」


 うう、先輩も女王様相手なのに物怖じしないなあ。なんか僕だけ感覚が可怪しいのかな?いや、違うな、これ多分武原家の血の問題だな~。武原のおばちゃんめっちゃ大らかだもんなぁ。


「とりあえず、まだ、魔王?の話聞いてねえけども、そっちはどうなってんだい?」


「――……」


「……セシリア、どうしたの?」


 魔王の名前が上がった瞬間女王様の顔色が変わった。彼女はなにか思いつめたような表情になり、しばらく黙っていたけど、意を決したように前を向いて、その重い口を開いた。


「……実は、これから戦って頂く皆様にこのようなことを言うのは無礼極まりないのですが」


 再びうつむく女王様。何だろう……?


「魔王のことは、私達にもよく分かっていないのです」


「「「え?」」」


「私どもが知っているのは、天啓の書に書かれた”魔王”という存在がこの世界に現れたという情報と、モンスターが活性化して幾つかの小国家が滅んだという事実。後は魔王軍幹部一人の名前だけしか分かっていないのです」


「誰も魔王を見た人は居ないの?」


「――はい、それ所か、私達は魔王の居城が何処にあるのかも正確には掴めていないのです」


 なるほど、戦ってくれと言うのに戦う相手のことが何も分かっていない。だから女王様はあんな表情になったのか。って、秀彦ゴリラ。さてはお前もう話についていけなくなったな?真面目な話ししてるのに楽しげに菓子を貪るんじゃない!


 ゲシッ ゲシッ ゲシッ!!


 虚しい……。


「なるほどねー、それじゃあ差し当たって私達は何をすれば良いのかな?」


「ッッ……」


「え、ちょっと!?」


 突然女王様と近衛兵たちが床に土下座を始める。


 こっちの世界にも土下座ってあるんだね!?


「皆様にはお手数をかけますが、魔王軍の脅威からこの世界を守りつつ、魔王軍の全容を暴いていただきたいのでございます。もちろん私共も全力でお手伝いをさせていただきます。重ね重ねのご無礼平にご容赦くださいませ。ですが……私達にはもうこれしか……何卒、何卒お願いいたします」


「わぁ、ちょっ止めてよセシリア!そんな事しなくても私達はちゃんと勇者としてのお仕事するつもりだから。頭上げてよ」


 突然の一斉土下座に先輩がパニックになってる。僕も驚いて固まっちゃった……秀彦ゴリラ、お前はぶれないね。そんなにそのお菓子美味しいのかい?


 ――――……


 先輩の説得もあって、ようやくみなさん頭を上げてくれたよ。あー、びっくりした。


 とりあえず女王様の言う事には、しばらくは客人として王城に滞在してもらって、ここに居る騎士から戦闘の手ほどきを受けて、一人前になったら魔物を狩って、レベル上げをして欲しいって感じらしい。先に戦いの基礎を覚えておかないと、上級職の恩恵を最初から受ける僕らがレベル上げちゃうと、基礎能力が上がりすぎて、お城の騎士さん達では技を教えたりすることが難しくなっちゃうんだって。先輩は「キタァ レベル☆上げ!!」とか叫んでたから、ゲームとかだとこれが面白い要素なのかな?この辺の事はよく分からないから先輩に任せておこう。


「それでは、皆様にはお部屋を用意させていただきましたので、まずはお風呂に入っていただいて、お疲れの体をお休めくださいませ。暫くしましたらお食事の方もご用意いたしますので、皆様付きのメイド達に案内をさせます」


 わぁ、お城のご飯とお風呂かー。なんか中世ヨーロッパみたいな建築様式だったからお風呂は無いと思ってたけど、どうやらその心配はなかったみたいだ、よかった。こんな立派なお城だし、お風呂もさぞや立派なんだろうなぁ。楽しみだな!


「それでは……コルテーゼ」


「はい」


 女王様がベルを鳴らすと扉が開き、メイドさんが入ってきた。……わぁ本物のメイドさんだ!!


「この者はコルテーゼと申します、我が城のメイド長でございます」


「コルテーゼと申します。非才の身ではございますが、メイド長として精一杯勇者様方の身の回りのお世話をさせていただきます。アオイ様、ヒデヒコ様、ナツメ様、以後お見知り置きくださいませ」


 ニコリと笑みを浮かべて綺麗な挨拶をしてくれたメイドさん。ふくよかな体も相まってすごく優しそうな印象の人だな。


「わぁお、メイドさんだ!!本物はやっぱりこう、一味違うわね!!」


「何と違うのさ……」


 またもや大興奮の先輩、もうこの人一日中興奮したままで居るつもりなのかな……。


「それではお部屋の方にご案内させていただきます」


「それでは皆様また後ほど」


 女王様が優雅にお辞儀をするとコルテーゼさんが僕らをつれて部屋に案内をしてくれた。廊下には数人のメイドさんたちがいて、どうやら何人かずつ僕らに専属で付いてくれるらしい。メイドさんたちの後をついて行くと、僕たちは一人ずつ別の部屋に案内された。すごいなあ、個室なんだね……しかもすっごい部屋だな。なんだか僕も興奮してきたぞ。絢爛豪華なのに嫌味じゃない調度品が飾られた室内は、今まで僕がみたどんな部屋よりゴージャスだった。ベッドのうえのこれ、なんだっけ?天蓋?すごいな、TVでしか見たこと無いよこんなの。


 ――――……コンコンコンコン


 大興奮で部屋を見回っていると、部屋の扉がノックされた。お風呂の準備ができたのかなと?と扉を開けるとそこには鎧姿のおじさんが立っていた。あれ、お風呂の案内はメイドさんがしてくれる筈では?


「ど、どなたですか?」


「……失礼いたします、聖女ナツメ様」


「は、はい……」


「さ、先程は大変なご無礼を!申し訳ありませんでしたぁあぁぁぁっ!!」


「えぇっ!?」


 見知らぬおじさんは挨拶よりも先に、突然地面に頭を叩きつけるような土下座をした!


 ――なんかすっごい音がしたよ!?大丈夫かな?僕は本日二回目、人生においても二回目の土下座を前に、混乱を極めるのだった……。この国土下座文化浸透し過ぎなんじゃない?

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