第二十二話 お茶会

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「――いやいや、失礼した、フォフォッ」


 アグノスさんに肩を支えられながら朗らかに笑う一見人の良さそうな老人、マディス教教皇ツァールト=バーブスト=モナルカ猊下。本来なら僕なんかがお会いできるような御方ではないのだと思うのだけど。お偉いさんという事で想像するようなお硬い印象は全く無く、むしろこの状況的になんとなく既視感を感じる。どうやらこの御方はウェニーお婆ちゃんと似た人種なのかもしれない。


「全く、驚かさないで下さいませ。猊下にもしもの事があったらどうなることか」


「フォフォ、そうガミガミ言うものではないよアグノス。そんなだからお前は御孫力おまごぢからが薄いのだ」


「なんなんですかその怪しげな力は……」


 なんとも嬉しそうにする猊下に呆れ顔のアグノスさんだけど、そんなやり取りをしながらも法術の流れを感じる。念の為本当に猊下に何もないのか調べているみたい。


 ……そんな横でリーデルさんも相変わらず僕を睨んでいる。本当に何もしてないの信じてほしいなあ。この人はどれだけ僕のこと信用してないんだろう。


 ……て、当たり前か、僕は一回牢屋に入ってるんだった。


 やがて猊下に異常が無いことを確かめると、アグノスさんはホッとした表情を浮かべてから猊下から離れ、部屋の奥にある扉に手をかけた。


「さて、見苦しいところをお見せしました。驚かれたかもしれませんが、猊下は時々こういう質の悪い悪戯をなさるので、お気になさらないでくださいね」


「むぅ、トゲトゲしいのう。アグノス、質が悪い冗談というわけではないぞ? お前もナツメ様の上目遣い「おばぁちゃん」をやられたら一発で堕ちる事請け合いだぞ?」


「なんで私が”おばぁちゃん”なんですか!」


「ふむ、それもそうか、では……ナツメ様、宜しければこの行き遅れ美人聖女に「おねぇちゃん」と言ってみてくれるかな?」


「誰が行き遅れ『アグノスおねえちゃん?』グァッハ!?」


 猊下に言われた通りにしてみたら今度はアグノスさんが胸を抑えて蹲ってしまった。


「こ、これが妹力いもうとぢから……恐ろしい、というかお婆ちゃんじゃないなんて卑怯ですよ猊下!」


「……三人して何をバカな事をやっているのですか」


 リーデルさんの絶対零度の視線が痛い。

 えぇ……なんで僕を睨んでいるのかな~。今のも僕が悪いのかー。自業自得なのは解るけど、リーデルさんの中の僕の評価が酷すぎる気がするな……


「ナツメきゅぅん、私にもおねえちゃんって言ってくれないかn『なんですか武原先輩』グェァッッ!?」


 お馬鹿な便乗する先輩を成敗しつつ僕達は猊下達の後に続き隣の部屋へと移動する。潰れたカエルのような声を上げて蹲った葵先輩だったけど、誰もフォローしてあげないので寂しそうに起き上がるとトボトボとついて来た。うん、皆もなんとなく先輩の扱い方に慣れてきたみたいだ。グレコ隊長だけ少しオロオロしてる、良い人なんだなあ。でも遠巻きに見るだけで声をかけない辺り、グレコ隊長も何かを感じ取っているみたい。うんうん、それで良いんだよ。


「うぅ、皆が酷い。おねぇちゃんは勇者なのに、勇者なのに……」


「うーん、この短い時間でアオイ様がどういった方か解ってしまった気が致します」


「フォフォ、皆さんに愛されておりますな。アオイ様は」


「――エヘヘ、そう見えますかぁ?」


 あ、もう立ち直ってる。流石の鋼メンタル。随分長い付き合いだけど、アオイ先輩が1時間以上凹んでるのって見た事が無い。ゴリラの方はたまに凹んでるの見かけるんだけど、あいつ意外と繊細な所があるからな。本当にこの姉弟は見た目と中身が逆だよね。


「さて、皆様。こちらにおかけ下さい」


 部屋に通されると、リーデルさんが無表情なまま慇懃に僕らに椅子を進めてくれる。おっかないけど職務には忠実で真面目な人だな。正直あの聖女様と教皇猊下を見るとリーデルさんが異端に見えてしまうけど、本来はこちらが正しいんだよね。数少ない常識人。頑張れ、リーデル騎士団長!!


 ……ヒッ!? なぜ眉間にお皺が! 心読めるんですかリーデルさん。


「フォフォ、皆さん遠慮なく座って下さい。私も失礼しますよ」


 猊下が対面に座り、リーデルさんはその後ろにつく。聖女様は……なんで僕の横に座っているのかな? そして何かの対抗心なのか、逆側には葵先輩が座っている……狭い!!


「まずは教皇猊下、本日はお招きいただきありがとうございます。聖マディス大聖堂に招かれる栄誉、大変光栄に思います」


「いえいえカローナ殿下、こちらこそ無理を言ってしまい申し訳ない。いきなりの招待にさぞ戸惑われた事と思いますが、今回の事はこのジジイの我が儘。女神マディスの御使いであられるアオイ様とナツメ様にお会いしたいというジジイの野次馬根性なのでございます。どうかそんなに畏まらないでいただきたい」


 そう言いながら呵呵と笑う教皇猊下は本当に人の良いお爺さんにしか見えず、セシルの言う通りいい人に見える。あんなこと言われて聖都に来てから色々警戒してみたものの、今の所怪しい人とか怖そうな人とかはあまり見かけない。あ、リーデルさんは怖いかも……またお顔に皺が!! 怖い怖い、やっぱりこっちの心読んでないかね!?


「全く、猊下は思いつきで勝手に行動されるので、後々フォローする私達がどんどん老け込んで行くのですわ。リーデル殿もそう思いますでしょう?」


「私は猊下の盾であり剣でありますので。猊下が思うままに使っていただくのが使命で御座います」


「……お主も硬いのう、なんで私の周りにはこう、御孫力の足りない若人しかいないのだろうかの」


「そも、その御孫力っていうの何なんですか」


「お前たちにもいずれ解る。そう、独り身のまま喜寿を迎えればな……」


「わ、わたくし、独身のままでいるつもりはございませんわよ?」


「ほ、まあそれは追々解ることだろうて」


「わ・か・り・ま・せ・ん!」


 何と言うか冗談を言い合うアグノスさんと教皇猊下を見ていると、宗教のトップの二人というより、なんとなく孫とお爺ちゃんって印象をうける。なんとも見ていて微笑ましい。きっと役職以上の絆みたいなものがこの二人にはあるんだろう。


「ふふ……」


「お、ナツメ様どうなされましたか?」


「いえ、お二人はまるで、お孫さんとお祖父様と言った感じだなと思いまして」


「お待ちくださいませ、ナツメ様? 御孫力などという得体の知れないパワーの持ち主である貴方様がそれを仰るのですか?」


「その謎の力、僕にとっても謎ですからね!?」


「……僕?」


「あ、いえ、わたくしも御孫力などという謎の力の事はよく解っておりませんからね!」


「あら、あらあらまあまあ!」


 うぅ、アグノス様のサファイアのように綺麗なお目々が爛々と輝き初めた、嫌な予感がする!


「きゃー、ナツメ様ってば、普段は自分の事を”僕”って言っているのかしら!? かしら!? かわいい! かわいいわ!!」


「むぎゅぅっ!?」


 むぐぐ、突然抱きしめられて息ができない、この邪悪なフワフワが、うう、力が強くて引き離せない……うぐぐ、意識が。


「これこれアグノス、ナツメ様が苦しがっていますよ。その辺になさい」


「は!? わたくしとした事が! 申し訳ありませんナツメ様、大丈夫ですか!?」


「うぅ……」


 恐ろしい、あの巨大な山脈は凶器である、間違いない。僕はそっとアグノス様から距離をとろうとしたけど、今度は後ろからネットリとした視線を感じ、思わず振り向いた。――そこには欲望にまみれ、邪悪な視線を僕に向ける金髪の悪魔が。


「てぃっ!」


「あいたっ!? なんで、まだ何もしてないのに!」


「する気満々の顔をしていましたよ!!」


 行動を起こす直前の邪悪に正義のアメちゃんを振り下ろす僕。そんな僕らのやり取りをみて教皇猊下が大きな声で笑い出した。


「ふほほっ、どうやらナツメ様は中々に元気がよろしいご様子ですな」


「あわわ!?」


 まずいまずい、僕の聖女メッキが剥がれてしまう!?


「ふぉふぉ、それほど慌てなくても大丈夫ですよナツメ様。ここには一般の信者もおりません。どうか取り繕わず、アオイ様の様にあるがままのお姿をお見せ下さい」


 そうは言われても……困った僕は縋る気持ちでカローナ殿下の方を見ると、殿下も笑顔で頷いてくれた。

どうやら猊下に対しては猫を被らなくても良いらしい。良かった、とんでもない失態を犯したかとドキドキしちゃったよ……。


「丁度お茶も入ったようですな、よろしければ普段どおりの言葉でこのジジイとお茶を楽しんで下さい」


「うぅ、お恥ずかしいです。でもご厚意に甘えさせていただきますね」


 それからはお茶を楽しみながら、殿下と猊下の出会った頃の話や、僕や葵先輩の世界のこと、先日のトート襲撃の話などをしているうちに、夕刻になってしまった。お茶も美味しいし、教会の皆さんも皆いい人で、僕は最初の緊張なんかすっかり忘れて楽しいひとときを過ごすのだった。


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