第十話 良いことかな? 悪いことかな? うん、最低だったね!!

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 隷属の首輪の効力で従順になったヒャッハー達は、命令に従いぞろぞろと列を作ってサンクトゥースへと旅立っていった。正直あんな一団が門を潜って来たら恐ろしすぎるが、あの首輪はとてもよく目立つので問題はないらしい。


 どうやらああ言った集団が街の門を潜ることは珍しいことではないらしい。怖い世界だなあ……


「あんな連中でも街を発展させるための奴隷位にはなります、安易に命を奪うことは損失と言えるのです。それに、もし罪を償い心を入れ換えるのであれば、彼らも貴重な労働力であり、また守るべき民でもあるのです」


 グレコさんはそう言うと、ヒャッハー達の背中を黙って見送っていた。後ろに控える部下の皆さんは「まぁ、労働奴隷になった連中は大体問題を起こすから、戻ってくることは殆どねえがなぁ……」等と言っていたけど、グレコさんはその言葉を聞いて眉を潜めていた。


 多分グレコさんはあんな連中でも、できれば更正してくれる事を祈っているんだろう。僕はこのやり取りだけで、グレコさんにとても好印象を抱いた。いつか、ゆっくりとお話しできたら良いなあ。


 ……と、それより今は。


「……先輩はそれ・・を僕に着けてどうするつもりなのかな?」


「……こ、こう言うファッションも、キャワゥイ棗きゅんにならありかもかなぁ? って思ったんだなぁ」


 後ろを振り向くと隷属の首輪を持った葵先輩性犯罪者が立っていた。僕が気がついているとは思っていなかったらしく、振り向いた僕が目を見ると露骨に挙動不審になって目を泳がせている。こんなに判りやすい犯罪者っているんだね……。


「そ、それにこの首輪は私たちには効果が無いって話だったし? 別に私はこれで棗きゅんに色々な事をしてもらったり、してあげたり、出したり入れたり、こう、刀の鞘と刀身の様にしたいだなんて思ってなかったよ? 本当だよ!」


「なるほど、どうやら黒のようだね、て言うか想像してたより遥かに酷い。ギルティだよ先輩変態!!……アメちゃん発動!」


 僕は紫石の宿り木アメテュトゥス・ウィスクムを地面に打ち付けると、音に気をとられた先輩に、アメちゃんで増幅した幻術を全力で叩きつけた。意識を逸らされていた先輩は、もろにその幻術を浴びたけど、その表情にはまだ余裕がある、恐らく勇者の高い魔法防御力を過信しているんだろう。……でも、甘い!


「あれあれ、あるれ!? なんだか視界が……ひぃぇ!?」


 まったく、友達に隷属の首輪をつけようだなんて、悪戯にしても度が過ぎてる。こんな事する先輩にはは結構重めのお仕置きをする事にするよ。勇者である先輩に幻術は効きにくいけど、見せる幻術の内容をかなり限定的にする事で、魔法のリソースを全力で相手の防御突破に割り振った。こう言う事態があるかもしれないと、ウェニーおばあちゃんに相談しながら作り出した対勇者用お仕置き魔法だ。内容がショボい分、これをレジストするのは困難だよ!


「……ぅああぁぁぁあ、こんな、こんな、酷いよ、誰がこんな事を、嫌だ、ヤダヤダ、うわぁぁぁぁぁん!!」


 ――ただ、僕もまさかここまでの事態になるとは思ってなかった。幻術の内容的にちょっとした嫌がらせ程度のつもりだったのだけど、ちょっとやり過ぎたかもしれない。


 今僕の目の前には本気で涙を流して地面にうずくまる先輩がなにかを集めるように地面を這いずり回っていた。


「ナ、ナツメ様これは一体……」


「あ、グレコ様。それが、葵先輩が私に対して少し度の過ぎた悪戯をしてきた物ですから、軽く幻術をかけて反省を促そうと思ったのです、が……」


「術を失敗なされたのですか?」


「いえ……」


 失敗はしていない、その証拠に幻術の効果が発動しているからこそ、先輩は今こうなってしまっているのだから。ただ、誤算はあったのだ、まさかここまで先輩の愛が深かったなんて……


「なぁい、これも、これも……」


 この世の終わりのような表情を浮かべて地面に見えているそれ・・をかき集める先輩、正直見るに耐えない悲壮感だ。


「ナツメ様やりすぎで御座います! 一体なにをお見せになられたのですか!?」


 いやいや、そんなに外道を見る様な目で見るのは止めてほしい、僕はただ……。


「この斧も、この斧も……なぁい! 全部柄だけになってるうううう、ひどいよぉ、こんな残酷なことって!!!」


 斧の刃が全部引っこ抜ける幻見せただけで、こんなになるなんて思わないじゃない!?


「うわぁぁぁぁぁん!!」


 気がつけば、この場にいる全員から非難の目を向けられていた。


 うう、ごめんよぉ……。




 ――――……




 結局、十分後に幻術が解けた時には、葵先輩の衰弱は凄まじく。僕は馬車での移動中ずっと先輩に膝枕をしながら、頭をなでなでする労働を強制されてしまった。そもそも先輩の悪ふざけが原因だっただけにいまいち納得がいかないけど、本気で泣き腫らした先輩の顔を見るとなにも言えなくなってしまった……


「くすんくすん。棗きゅぅんもっと撫でるのです。うへへ……」


 しまりのない笑顔を浮かべながら僕に撫でられている先輩。うぅ、殴りたい、この笑顔。よだれ垂らしたりしたら承知しないからね?


「お二人は本当に姉妹のように仲がお宜しいのですね。お二人の仲睦まじい姿は、こうして眺めるだけで眼福で御座います」


 カローナ殿下が目を細めながら訳の分からないことを宣う。何となくコルテーゼさんも楽しげにこっちを見ている。


「納得が行かない……」


 世の中は不公平にできているなと感じつつ、僕は先輩に一生懸命ご奉仕する羽目になってしまった。

 そんなバカなことをしている間に、窓の外に、遠くにそびえ立つ白亜の塔が見え始める。


「ナツメ様。そろそろ聖都に着きますのでそちらのローブはお脱ぎになって、こちらのマディス教の正装にお着替えください」


「あぅ……はい!」


 コルテーゼさんに言われ、遂にこの時が来てしまったのかとため息を吐く。どうやらあの白い塔が、マディス教の大教会なんだろう。僕は女神様に頂いたアーティファクトのローブを収納すると、代わりに手渡されたローブを手に取った。手渡されたローブは美しい白を基調としつつもきらびやかな装飾が施されており、派手にはならないが、非常に美しく、いかにも聖女然としたデザインのローブだった。


「うぅ、どうしてもこれを着ないといけませんか?」


「誠に畏れ多いお話では御座いますが、どうかお聞きいれ頂ければと思います。こちらは聖マディス教の最高位であられる教皇猊下が、女神マディスが遣わされた聖女であられるナツメ様にとお贈りされたマディスの聖女の正装で御座います。確かにナツメ様のアーティファクトも女神マディスから直接いただた物ですので、格としましてはなんの問題も無いのですが、今回は教皇猊下と聖都の顔を立てる意味でもこちらをお召しいただきたいと思います」


 うう、そこまで言われてしまっては断れない……でも、この服。なんと言うかちょっとゴージャス過ぎると言うか、日本生まれの小市民男子といたしましては、このような服装をするのは少々抵抗があるんですよねえ。どう考えても服に着られてしまう。


 しかも多分これって、これを着たままパレード的な感じで晒し者になる気がするし……


 当然仮面被るのもダメだろうしなぁ。まあ、いつも着ている守護のローブも結構派手って言えば派手なのだけど。あっちは慣れてしまっているので余り気にならなくなっているんだよね。


 ――うっ、守護のローブ脱ぐと結構気温が高い。いつもあのローブのスキル”空調制御”のご利益にあやかっていたので、失ってしまうと一気に虚弱になった僕の体にダメージが入る。これ、普段はスキル切った方がいいかもしれない、何かダメ人間になって行っている気がする。


 ちなみに僕はあのローブの事を心の中ではエアコンローブと呼んでいたりするんだけど。一度、葵先輩が「私にもエアコン体験させてくれたまえー!!」等と叫びながらスカートに頭を突っ込んできた事があった。僕は即座にアメちゃんで突き刺して反撃をしたのだけど効果が無く、野獣と化した先輩に頭をスカートのなかに入れられてしまった。その時、先輩には”空調制御”は発動せず、汗だくになるまでスカートの中身を堪能された事があって、スキル効果は僕にしか反映されないことが解ったんだ。


 結果として守護のローブのスキルが持ち主にしか発動しないことが解ったのは良いのだけど、あんな体験をしたのは良いことなのか悪いことなのか……いや、悪いかな! 最低だよね!?


 何となく腹が立ったので、さっき膝枕をしているときにデコピンでもしておけばよかったと少し後悔。


 取り合えず渡されたローブに袖を遠し、マディス教高位信徒にのみ着用を許されたなんだかロケットみたいな帽子を被ると、先ほどの白い塔が大分近くに見えるようになっていた。


「さぁ、アオイ様、ナツメ様、前方に見える門を潜れば、いよいよ聖都で御座いますよ」


 うぅ、遂に噂の聖都にたどり着いてしまった。すごく緊張するなあ……。

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