第三十三話 ふざけんな!

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「まったく。危ないから君は出てきちゃダメだよー」


「チチッチチチ!!」


 すっかりやる気スイッチが入って進行方向へ威嚇を続けるマウス君、後ろからそっと掴んで僕の鞄の中にしまう。こんな小さい子をあまり戦わせる訳にはいかないからね。マウス君は「すわ! 何をするー? 戦わせろー!!」と、言わんばかりにジタバタしていたけどね……何でこんなにテンション上がってるんだい君? いつもはもっと大人しい子なのに。鞄の中に入っても暫く動き回っている感触があったけど、僕がしっかり鞄の口を押さえていたので、暫くしたら諦めてくれたらしい。


 それにしても、コボルトが戦略を使ってきたのには驚いた。あの時はきつい一撃もらう覚悟をしたね。正直、咄嗟に助けてくれたマウス君には感謝しか無いけど、それでも君が危ない目に遭うのは見たくないんだよ。だから窮屈だろうから我慢してね? 僕の気持ちを知ってか知らずか、大人しくなったマウス君が鞄の蓋を上げてひょっこりと顔を出して僕を見つめてきた。


 ……っう。


 そ、そんなつぶらな目で見つめて来ても出してあげないからね?


「――ヘミング、貴様何をしている?」


「ひぇっ!?」


 リリリリ、リーデルしゃん、いつの間に僕の背後に!?


「答えろヘミング、貴様は今何をしていた?」


「な、なな、何もしておりません!!」


「……ほう」


 なんだろう。目が怖いですよ? ……あ、いつも怖いか。

 

 ……ひぃっ!? タダでさえ恐ろしいリーデル団長の目がいつもより余計に険しいような!?


「では別の質問だ。貴様、なぜ鞄に魔物を入れている?」


「……ッ!?」


 一瞬で膨れ上がる殺気、味方のはずのリーデルさんから何で!?


 咄嗟に抜いたアメちゃんで頭上をガードすると、鈍い音とともに凄まじい衝撃に襲われる。


「……やはりな。おい、ヘミング。貴様のその槍の柄はいつから我が剣の一撃に耐えられるような素材になった?」


 えぇぇぇ、今僕のこと唐竹割りにしようとしましたかこの人!? 僕が本当のヘミングさんで、柄が木製の槍で今のを防いでいたらどうなってたの!?


「最初から何かが可怪しい気はしていたが、認識阻害術かこれは。その槍も槍ではないな? 一体貴様何者だ?」


 おぉう、凄い形相。ひょっとしてこれはすぐに答えないと殺さちゃう流れなのでは!?


「名乗らないようだな。ならば少々痛い目にあってもらおう」


「気が短ぁいッッ!?」


 即断即決、疑わしきは斬り伏せる。そんなリーデルさんの刃が僕に向かって振り下ろされた。ちょっとちょっと!? 流石にこんな早い展開は想定外なんですけど!


 あまりの早業と恐怖に僕が動けずに居ると、目の前で激しい金属音と火花が飛び散った。


「――危っないなぁリーデル団長。君、少し行動が短絡的すぎるんじゃないのかい?」


「……そうか、貴方勇者アオイが守るという事は、そのヘミングは……また貴様か、聖女ナツメ」


「ひゃ、ひゃいい」


 あわわ、全然反応できなかった、危ない。僕の目の前には葵先輩の斧とリーデル団長の剣が交差していた。葵先輩が間に入って剣を受け止めてくれなかったら……今頃僕、真っ二つになってたんじゃないかな!?


「中身も確かめずに斬り捨てるのが君の、教会騎士団のやり方なのかい?」


「疑わしいものに反撃の機会を与えるような事はしない、即断即決を出来ぬものに騎士は務まらん」


「その結果、敵ではない人を殺してしまったとしても?」


「私はこの隊を預かっている。不確定要素は隊員の危険ともなり得る。早急に対処する必要がある事が分からないのか?」


 うぅ、リーデルさんの言葉は確かに正論なんだけど、何ていうか……何ていうかだよ。


「それで、君は棗君の正体が分かったのにまだ剣を引かないのかい?」


「いや、これは失礼した。ただ、そこのじゃじゃ馬の手綱はそちらでしっかり握っておいて欲しいものだ。重大な作戦に物見遊山でついて来られるなど行軍の妨げにしかならない」


「……ッ!」


 剣を鞘に納め、踵を返すリーデル団長。しかし、数歩歩いた所で振り向いた。その目はまっすぐ僕を見据えている。


「――聖女ナツメ。無礼を承知で言わせてもらうが、好奇心を満たすためについてきた貴女のせいで、要人警護の為の人員が割かれる。これで今回の任務における騎士達の危険が上がったのだと覚えていてもらおう」


「……」


「戦場に於いて、守られる人間が勝手な行動をするのが一番厄介だ、ここからは変な事をせず黙ってついて来て欲しい」


 好奇心を満たすため? 物見遊山だと?


「……ッふざけるな!!」


「!?」


 今なんて言ったコノヤロウ!


「黙って聞いてたら言いたい放題だね! 誰が守られる人間だ。逆だよリーデル団長! 僕は皆を守りに来たんだ!」


「なっ!?」


 僕の言葉に周りがざわめく。それはそうだろう、聖都を守護する騎士団を、小娘が守りに来たというのだから。


 僕はそんな騎士団の皆さんの前で、幻術を解き邪魔な兜を外した。白銀の髪が広がり陽光を浴びながらサラサラと下へ流れていく。


 ――ふぅ、風が顔にあたって気持ちいい。なんだか周りから「おおっ聖女様!?」等とどよめきが上がったけど、僕は構わずリーデル団長の前へと歩を進める。周りが呆気にとられる中を、肩を怒らせながらズンズンと歩み寄った。やがてリーデル団長が目の前に近づいてきたが、それでも僕は尚歩みを止めない。とうとう僕は、リーデル団長と密着するほどの距離にまで近づいた。この間僕はずっとリーデル団長の目を睨み続けている。所謂”ガン付け”だ。


 近づきすぎたために、僕の甲冑の胸当とリーデル団長の腰当てがぶつかり金属的な音が響き渡った……が、ぶつかったのは胸と腰……この人背、高いな!!


「どういうつもりだ聖女ナツメ。これ以上問題を起こすというのなら、俺も黙ってはいないぞ?」


「どうもこうもあるもんか! 確かに、勝手についてきたのは僕が悪い。そこは素直に謝るよ。だけど物見遊山で遊びに来たというのは取り消せ! さっきも言ったけど。僕は戦うために、皆を守るためにここに来たんだ!」


「――あれあれ、あるれれ? 棗君、どうしちゃったのかな? なんかスイッチ入っちゃってる?」


「戦う力もない弱者が何を言う。そも、我ら騎士は貴様の助けなど必要としない。弱者は何も出来ぬのが”森”という場所だ。大人しく守られていろ、聖女ナツメ。それが今貴様に出来る唯一の奉仕だ。大人しくしている限りは我々が責任を持って守ってやる」


 何だとコノヤロウ。頭キたぞコノヤロウ。よくよく考えてみたら僕は最初からこの人には言いたい事が沢山あったんだ。


「弱いかどうかは、これからの戦いを見てから言ってもらおうか! その上で役に立たないなら大人しく守られてやるよ!」


「何も出来ぬと分かりきっているものを無駄に遊ばせる余裕など無い。大人しくしていろ」


「そうやって、他人のことを見ようともせず、ただ騎士の使命で無理矢理に型にはめる。そんな事だからこの聖都は見た目だけの碌でもない都なんだ!」


「……なんだと」


 守ってやってるだと、ふざけんな!


「俺の事だけでなく、この教皇猊下の治める聖なる都を侮辱するのか。流石に看過できんぞ?」


「何言ってるんだ、教皇猊下の話をしているんじゃないよ。僕は街の治安を守っているつもりになってるお目出度い貴方の石頭の話をしているんだ!」


「なんだと貴様……」


「あれぇ、棗きゅん、どうして今日はそんな男の子モードなのかにゃぁ?」


 おーおー、怒ってるねリーデル団長。でも、どうせ僕の事は最初から印象最悪だろうからもう開き直った! 言いたい事全部言ってやる。なんか横で葵先輩がオロオロしてるけど……こっちはまあどうでもいいや!


「だいたいなんだよこの街の法律。お酒を飲んだだけで強制労働送り? お酒を飲むことがそんなに悪いことなの? 皆のちょっとした息抜きだろ!」


「当然罪だ。マディス教徒といえ、一般市民の心は脆弱だ。彼らはあらゆる誘惑でたやすく信仰を失う」


「それで彼らのささやかな楽しみを奪っているの?」


「そうだ、我々教会騎士は鉄の掟と信仰心で神の教えを弱き彼らに守らせる。そうする事で、いずれ弱き彼らを神の身元へと導くのが使命だ」


「それで町の人達にあんな窮屈な思いをさせてるの? 彼らの喜びや幸せはどうなるの?」


「弱き身で神の元へ至るのであれば多少の不自由は飲み込んでもらう。いずれは彼らも感謝をする事になるだろう。我らはその手助けをしているのだ」


 ――この聖都に来てからずっと思ってた事。教会の腐敗とは別に感じていた閉鎖感。そして教皇猊下に会った時に感じた違和感。あの優しいおじいちゃんがこの様な窮屈な街を是とするだろうか?いや、そんなはずはない。


 だから、この問題は教皇猊下が原因ではない。ずっとそう思ってた。そして、今確信した……


「かってに他人を弱者とか言うな! 何様だリーデル=ガヴリエーレ! たかが騎士団長如きが人を見下すんじゃないよ!」


「……言わせておけば」


 みるみる不機嫌そうになっていくリーデルさん。周りの騎士の皆さんの顔にも怯えと焦りが見える。でも僕は今、とても頭にきてるんだ。そんなに睨んだって一歩も引かないぞ!


「女神マディスの名において、聖女棗は、教会騎士団騎士団長リーデル=ガヴリエーレに勝負を申し入れる!」


「……ぇえっ、棗きゅん!?」


「……勝負だと? 寸止めの加減をした剣を見切ることも出来なかった貴様が俺と?」


 おっと……一応手加減はしてくれてたのか。意外と優しかった!!

 でも、まあ良いや、乗りかかった船だ。この際、このダイヤよりも硬そうな石頭、ゴリゴリ削って粉にしてやる。


「もちろん僕だって貴方に肉弾戦で勝てるなどと自惚れるつもりはないよ。その意味では僕は確かに弱者だからね……悔しいけど」


 ヒデとの戦いの時とは違う、これは僕の男としての尊厳の戦いじゃない。だから、僕は、僕自身は弱者でも構わない。


「これから、貴方が弱いと宣った聖女この僕の強さを見せてやる。勝敗はそれを見て貴方が決めてくれればいいよ。僕が弱くないと思わせる事ができれば僕の勝ちだ」


「なんだその勝負は、話にもならない。そんな物、俺の気分次第で貴様の負け決定ではないか」


「貴方はそう言う不正をする人間ではない。そこは信用しているよ。その四角四面な部分は貴方の美徳でもあるんだと思うしね」


 実際この人は悪人ではないんだ。枢機卿のところに助けにも来てくれていたしね。でも、このままじゃダメだ。絶対いつか、よくない事になる。


「……で、勝敗がついたらどうだというのだ?」


「僕が全く役にたたず、本当に弱者であれば今後貴方の言葉には逆らわないし、先程の発言を謝罪させてもらう」


「で、俺が負けた場合は?」


「別にどうもしないよ。でも、貴方が弱いと思った人間の強さを見るようになってほしい。そして貴方の信じる正しさについて一回良く考えてみて欲しいと思う」


「……なんだ、その曖昧で意味不明な賞品は。言っておくが後方支援でついて来て、運び込まれた者の傷を治すだけなど認めないぞ。それならば安全な街で待ってもらった方が、お前という治癒術者を失わないメリットがあるからな」


「安心してよ。僕が聖女の戦い方ってのを見せてあげるよ!」


「――ふむふむ~、ここでお姉ちゃんの出番かにゃ? 棗きゅ~ん」


 どうやら僕がやろうとしてることを理解して協力をしてくれようとしてるみたいだね。でも違うんだ、葵先輩じゃ駄目なんだよ。


「駄目だよ先輩、先輩と一緒じゃ僕の強さの証明にはならないよ。先輩は圧倒的に”強者”だからね……キースさん!!」


「え、あ、俺、じゃない。わ、私ですか!?」


 突然の指名ごめんなさいキースさん、めっちゃ驚いてるよね。でも、僕がこの騎士団の中で一番信用しているのは、少しでも話せた貴方だけだから。友達想いで優しい貴方を巻き込ませて下さい。御免なさい。


「僕はこのキースさんと二人で行動させていただきたいです」


「はへ!? せ、聖女様!?」


「……話にならんな。二人で行動するなど、効率が悪くなるだけだ」


「元々存在しない弱者の僕が騎士一人と行動するだけです。いないものだと思ってもらって構いません」


「そうはいかない。お前を守りながらではキースの動きも制限される。行軍の邪魔になると言っているんだ」


 このぉ、どこまでも見下してくれるな。この人の場合、これは騎士としての矜持なんだろうけど、あまりにも酷すぎる。


「まぁまぁ、やらせて見ればいいと思うよ。言っておくけど、棗君の治癒法術は生きてさえいれば相当な重症でも治せる。騎士キースはとりあえず危険なことにはならないと思うよ。彼の練度も高いようだしね」


 お、先輩が珍しくまともだ!?

 比べてリーデル団長の顔の方は憤怒の表情だね。眉間の皺が凄い……


「……わかった、少しでも危なくなったら此の様な茶番は終了するぞ。いいな?」


「……はい」


「ふんっ!」


 ふおぉー、ちょっと頭冷えたらめっちゃ怖い!! 顔見なくても冷や汗が出る。あの人超怖いよぉ。なにあの顔、よくさっきはあんな啖呵切れたな僕。凄いぞ僕。


「あ、あの。聖女様? お、私は何をすれば良いので、宜しいのでしょう?」


「あ、巻き込んでごめんなさいキースさん。僕、他の騎士様とは殆ど話もしてなかったので巻き込んでしまって」


「あ、あぁ、大丈夫だ、です。むしろ先程までの無礼、もうしわけないです」


「……ぷっ、口調はさっきまでと一緒でいいよキース・・・


 余程使い慣れてないのか、キースがけったいな敬語を使うのが面白すぎる。なんとなくさっきまでヘミングとして接していた感覚が戻ってきた。よし。


「あはは、なんでお前騎士なのに敬語できないんだよ」


「あ、や、私は騎士と言っても、両親は農民でございますんで。腕っぷしだけでここに入ったというます」


「その変な敬語意味不明だからさっきまでと一緒でいいってば。何ならヘミングって呼んでくれていいよ。その代わり僕もキースにだけは敬語使わないからさ」


「は、はぁ、そう言う事なら。――だけどよお前、隊長にもあまり敬語使ってなかったじゃん?」


「あ、あれは喧嘩してるんだから仕方ないの!」


「それに僕って……」


「あ、聖女の皮かぶり忘れてた。ヤバイな~、これも二人の秘密だぞ、キース!」


 しまった、頭に血がのぼってて……。


「棗きゅん……流石にそれは無理があるんじゃないかなー」


「……ぁう」


 ついカッとなって聖都ではずっとかぶることに成功してた猫の皮聖女の皮を騎士団の前で剥がしてしまった……


「うん、なんだろうな。最初は緊張したけどなんだか大丈夫そうだな。さてはお前ポンコツだろ? よろしくな偽ヘミング!」


 すっかりリラックスして僕の手を握ってブンブン揺らすキース。うん、たしかにこれで良いんだよ? 緊張されてると困るからね?だけど……


「あぅあぅ……」


「チチッ……」


 なんだよ、マウスくんまでそんな目で見なくてもいいじゃないかぁ……。


 うぅ、何か意気消沈しちゃったけどがんばるぞぉ……。


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