第54話 変人と結婚した変人
さて、姉の家に着いてからも「人語を解す」ための練習を施された訳だが、流石に三十分もすれば飽きたようで、姉は日用品を買いに行くためにスーパーへと消えて行った。
そして取り残される橘さんと私。…………どうして。
ということで、気不味い時間を過ごすのだろうと思っていたのですが。姉という変人と結婚した男のことを舐め過ぎていたらしい。
何となく嫌な予感がしたのだが、こちらが話さないことを全くもって意に介さずに、凄い勢いで話しかけて来る。何なら家から引っ張り出されて、今助手席に乗せられており、今どこい行くのかも良く分からないまま車に揺られている。その間、橘さんは話すのを辞めない。
「いやー、彩羽が面白い弟さんって言ってたから、ずっと会ってみたかったんだよね。ほら、彩羽って結構不思議な性格してるじゃん。その彩羽が面白いって言うんだから相当なんだろうなって思って。確かに実際会ってみたら一言も話さないどころか借りてきた猫みたいにずっと縮こまってるし、それでいて魔物と闘ったことあるんでしょ? いやー、事実は小説よりも奇なりって言うけど、本当に現実世界もここまで面白い家系が存在するんだね」
褒められているのか馬鹿にされてるのか正直良く分からないが、橘さんが話すのが好きだというのは分かった。そして姉と結婚している理由も何となく把握した。面白いことが好きというか、恵まれた生まれの人に偶にいる、趣味嗜好が謎の方向に歪んだ人なのだろう。
一言すら発せないのが少し申し訳なかったけど、この調子だと気にしなくても良さそうだな。
っていうかこの極度のコミュ障、ちゃんとどこかで直した方が良い気がしてきた。結局学校でも先生と退学の相談したときぐらいしか話さなかったし、あの時も結局こっちが殆ど話さなくても先生が全部説明してくれたから正直会話にカウントできるかどうかすら分からないし。
後は
プライベートの関係でなければ話すことはできるんだろうね。深く踏み込む必要もないし、深く踏み込まれる心配もないし。ただただ事務連絡をすればいいだけであれば、特に困ることはない。ただ今回の橘さんとの遭遇みたいに会話のキャッチボールを計らないといけない場合には非常に困る。
言語とか言う謎の技術を人類が過去に生み出してしまったばかりに、こうして苦しむ存在が後世に生まれることになる。何かを想像する際にはもう少し責任感を持ってほしいものだ。俺がどれだけ苦しい思いをしていると思っている。
コンビニとかマジで恐怖なんだからな! 普通の店員さんだったらいいけど、ちょっとフレンドリーな店員さんとかだと常連になった瞬間に謎に話しかけて来るあれ何なん!?
ということで最早一人言のような単語の羅列を繰り返している橘さんをラジオにしながら現実逃避を続けること早くも一時間。目的地に到着したと橘さんに告げられ、車から連れ出され、連れてこられた先に待っていたのは、二階建ての四角い建物だった。
態々時間をかけて都会に来たというのに、視界に入ってくるのは明らかに鬱蒼と繁った森。ぱっと見では魔物は見当たらないが、何故態々危険な場所に建物が建っているのだろうか。というか、完全に何かしら部外者が勝手に入れなさそうな雰囲気が醸し出されている場所に連れてこられたのは何故。
俺が頭の上に疑問符を浮かべていることも気にせず、橘さんは建物の中へと入って行く。一際大きな部屋に待っていたのは、白衣に身を包んだ数人の大人だった。
丁度昼食を食べている所だったようで、楽しそうに歓談していたのに、橘さんと俺が部屋の中に入った瞬間に言葉を飲み込んでこちらに視線を寄こす。
「こちら、私の奥さんの弟さんです。魔物と闘えるらしいので面白そうだから連れてきました。あー、山島、確か実験終わって処分用の魔物いたよな? 昼食終わったら連れてってくれ」
…………なんて?
困惑に身動きを取れないでいると、橘さんが研究者集団の横に座った。手で促されて、その正面に座り込む。
「いやー、魔物と闘える人間一回見て見たかったんだよね。
あっけらかんと橘さんが言ってのける。俺が何も言えないでいると、代わりに口を開いたのは橘さんの隣にいた女性だった。
「所長、一般人をここに連れて来るなって何回言ったら分かるんですか。…………っていうか、こんな若い子を魔物と闘わせるなんて正気ですか。私は全力で止めますけど」
いや橘さん所長なのかよ。
「一応段階踏むよ。弱ってる奴から戦ってもらって、それで無理そうだったら諦めるから」
「だめですよ。一般人を殺す気ですか。正気の沙汰じゃないですよ」
「いやでも俺、この子───淳介君って言うんだけど、凄いんだよ。ね? 淳介君。淳介君が魔物と闘ってる映像見たことあるけど、めちゃくちゃかっこよかったよ」
…………へ?
凄い笑顔でこちらを見る橘さん。残念ながら私はその映像の話を何も知らなくてですねぇ。
「いや、彩羽のお父さんが、何か映像送って来てくれて。『俺の自慢の息子だ。お前は淳介を超えられるか』って。凄いふわふわしてたから多分酔った勢いで送って来たんだと思うんだけど。いやー、にしても凄い戦いっぷりだったね。なんか魔物飼ってるっぽかったし。今のこの世の中じゃ淳介君より強い人間いないんじゃないの?」
いや何してくれてんねん。
あれか、前に森の中来た時に撮ってた映像を酒の勢いでバラまいたんか。
「あ、今スマホに入ってるよ。淳介君マジで凄いから。見て欲しい」
橘さんの言葉に興味を隠せなかったらしい研究所の方々が、いそいそと彼の周囲に集まって行く。そして橘さんは意気揚々と映像を彼らに見せ始めた。
なんでこの場で上映会始まるねん。なんか凄い黒歴史見られてるみたいで恥ずかしいんですが。どんな地獄だよ。
両手で顔を覆ってその場に沈み込む。流石にこの状況で食事をする気分にはならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます