第14話 重鎮方との会議

設定云々を書いてたら楽しくて長くなりました。助長なので読み飛ばしてください。


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 季節にそぐわない炎天下、草臥れたスーツに身を包んだ若い男、小坂肇が溜め息をきながら歩みを進めていた。

 脱色だけしていたはずの髪は、付け根だけが元の色に戻っており、生え際などが黒くなっている。最後に美容院に行ったのはいつだったか、と胸の内に彼は呟いた。


「先輩、なんで我々がこんな都会に呼ばれてるんです?」

「俺が一番聞きたいんだが」

「事の発端は先輩でしょう。ってか、何で一番の若造に全てを押し付けるっていう発想になったんですかね、他の上司のお歴々は」

「中小企業だからな、簡単に足を切られかねん。誰も責任を取りたくなかったんだろう」


 肇は、にこやかな笑みで上司命令権を行使してきた彼らに脳内で呪詛をく。社員同士の仲が良いというのが中小企業ならではの利点ではあるのだが、こうもフレンドリーに責任を押し付けられるのはいただけない。


 ここだ、と覇気のない声で呟いた茂樹に反応して、肇も顔を上げる。視線の先には、この時代に似合わない上背のあるビルが、威厳を放っていた。

 先程から止まらない嫌な予感に慄きながらも、彼は奥歯を噛みしめて気合を入れる。


「リゲイナーズの流石りゅうぜき様で間違いないでしょうか」


 入り口で待機していたらしいタキシードに身を包んだ無表情な男に茂樹が頷くと、その男は丁重に腰を曲げ、そして二人を建物の中へと促した。

 彼の案内に従いながら進んで行くものの、目に付くもの全てが、今の不況下で手に入れられるとは思えないような代物ばかり。迷宮ダンジョンによる混乱が激化する前に集めたか、それとも世情など影響されない程に安定しているか。どちらにせよ自分がここに馴染んでいないことは間違いない、と肇は留めていた息を薄く吐き出した。


 軽く十分近くは歩いた後に辿り着いたのは、厚みのある木造りの扉だった。案内人が両手を掛けると、扉は音も立てずに滑らかに緩慢な動きで開く。


 扉の先の部屋は、広かった。高い天井には巨大な天窓が開けられていて、青空と所々に浮かぶ巻雲が覗いている。

 南中の日の光に照らされた室内には、幅の広い長机が置かれていて、数十人の男が皆一様に手摺のついた椅子に大仰そうに座って待っていた。


「あぁ、リゲイナーズのお二人ですね。どうぞ、こちらへ」


 入り口に一番近い場所に座っていた男が立ち上がり、茂樹を一脚の椅子へと案内した。肇はその直ぐ後ろに置かれた小さな椅子を手で示され、彼は軽く頭を下げてから座った。

 集まっている人員は、誰を見ても明らかに重鎮だった。迷宮ダンジョン関連の権威が一堂に会するらしいという話は既に聞いていたのだが、この場を見る限り、少なくとも内二人は肇も知っているような著名人だ。


 緊張で変な汗が噴き出るのを感じながら、肇は何度目か分からない嘆息をした。






 会議が始まったのはそれから更に十数分後だった。先ほど茂樹に声を掛けた男が司会進行役を担うようで、何やらファイルのような物を机の上に広げ、その横にはノートパソコンを開いている。

 開始の文言の後直ぐに行われたのは、茂樹の紹介だった。情報提供者、という扱いを受けているが…………。結局、彼は何を嫌がったのか、肇にはその情報提供の内容をまだ伝えていなかった。


 会議という呼称に反して、重鎮達は口を開く様子を見せなかった。しかし身じろぎ一つしない彼らを全く気に掛けず、司会進行は昨今の迷宮ダンジョン事情などを、資料を配布しつつ説明して行く。

 大抵は肇達ですら知っているような常識レベルの情報であったが、時折西日本と東日本での迷宮ダンジョンの増加具合の差や、迷宮ダンジョンの密度限界など、新たに知れる知識なども存在していた。


 一通りの現状整理が行われた後、司会進行の男は更にもう一枚資料を配った。茂樹が振り返って一枚渡してくれるのに頭を下げつつ、手渡された紙を精査する。配られたのは、以前茂樹が肇に見せたあの、、資料だった。


「こちらが流石様によって報告されたものです。流石様が違和感を感じなさった資料の原本ですね。裏面には魔物の減少の部分について纏められたものが載せられています」


 静かな部屋の中に、大人数が一斉に書類を捲る音が響く。


「さて、では、つじ様。後はよろしくお願いいたします」


 その一言の後に、進行の男は頭を下げて静かに椅子に座る。それを受けて立ち上がったのは、茂樹の直ぐ隣に座っていた研究者然とした男だった。一応上等なスーツに身を包んではいるが、何日剃っていないのか、顎は無精髭に包まれている。そして長い髪を後ろで纏めており、瞳の下は黒々とした隈が占領していた。


 会議が始まってから今まで黙っていたせいか、辻と呼ばれた男は数度咳払いをしてから話し始めた。


「えー、SCEの研究所から来ました。辻良太りょうたです。今回皆さんにお集まりいただいたのは、えー、今回私共の研究によってですね、魔力についてコンバーター的な役割があることが判明したため、報告しようということになったためです」


 声音からして体調の悪そうな彼は、立ったまま司会進行の者へと目で合図をした。「部屋を暗転しますね」という彼の一言の後に、部屋の中が暗くなり、同時に小さな機械音と共にスクリーンが降りて来た。

 茂樹はスクリーンを見ようと椅子ごと椅子の向きを変える。丸椅子に座っていた肇はそのまま体勢をスクリーンを見やすいものに移した。


 辻の声から緊張感は感じられないが、話し慣れていないのか、時折口籠り話の内容が途切れる。しかし、一度内容が本題へと移れば、そのようなものは微塵も気にならなくなった。


 先程辻が言った通り、魔力が物質とエネルギーの変換を助ける存在であることが、少し前の実験によって判明したらしい。

 より正確に言えば、魔力は物質を、限りなくエネルギーに近い存在に変化させることができる、と。即ち、今まで魔物が活動するための原動力であると考えられていた魔力は、実際にはエネルギーそのものではなかったことが分かったのだという。

 この時点で今までの常識が覆されることとなるのだが、他の誰もが表情を変えない中で一人だけ狼狽えた様子を見せるような真似をするわけにも行かず、肇は必死に表情を引き締める。


 しかし今回の会議の主題は、それよりも踏み込んだ内容だった。


 辻は、あくまで実験結果を基にした推測でしかないと前置きをしつつ、語り出す。


 ………───魔力の性質は少し前に発見された事象であり、研究者畑では現在、その性質を前提に魔物や迷宮ダンジョンに関する調査が進められている。

 物質を魔力に、そして魔力を物質に戻すことで魔物を作り出していること。迷宮ダンジョンが成長をし続けているのは、成長によって削られた部分の物質を魔力がエネルギーに変換し、それを更に物質に戻すことで魔物を作り出しているだろうこと。これが今学界の間で流れている定説だった。


 その定説に一つ反論があるとすれば、魔物の体格差の存在だった。

 探索者シーカーを社員に持つ会社であれば分かることだが、迷宮ダンジョン内の魔物には個体差が存在している。そしてその個体差と言うのは魔物の身体的特徴による差異だけではなく、その体躯の差も含まれていた。現在確認されている中で最小の魔物は全長三十センチほどであるのに対して、最大では二メートル近くに育った魔物も報告されている。

 魔力によって一律に魔物が生成されているとすれば、魔物の大きさが此処まで上下する理由が分からない。魔力の濃度による変化があったとしても、この規模での違いというのは研究結果に反する。それ故に、この定説に縋り切って研究を進めることは難しいとされていた。


 しかし、魔物、、同士、、での、、捕食が、、、ある、、とすれば話は別だ。


 ここでリゲイナーズによる報告が重要となってくる。

 今現在、日本の無人地域では迷宮ダンジョンは増加傾向を保っている────と、そう言われてきた。しかし、報告にあるように、魔物は増加傾向を停止させ、更には減少傾向が見られる地域も少なくはなくなって来た。

 前述の迷宮ダンジョンの限界密度を考えると、迷宮ダンジョン自体の増加が停滞した理由は理解できる。しかし迷宮ダンジョン自身が形成されないとしても、余剰の魔力によって魔物は溢れ出し続けるはずであるのだから、魔物が減少する理由は不明だ。

 したがって、魔物数の減少は魔物同士の捕食被食関係が存在するためだと考えられないこともない。


 しかも魔物の減少が始まった時期を考えると、魔物は本来は、、、行わない、、、、はずの、、、相互の捕食を今になって始めた可能性が高い。


 迷宮ダンジョン内における魔物の食糧事情は、未だに謎が多い。一般には迷宮ダンジョン内部に満ち溢れている魔力を動力としている説が良く唱えられるが。

 ただ、魔力がエネルギーでないということを念頭に置くと、動力源として用いるのは不可能であるように思えることが問題ではあった。しかし、それがもし正しいとすると様々な事象に説明は付くのだ。

 例えば、迷宮ダンジョンを離れた魔物が人間を積極的に襲うこと。通常の野生動物を魔物と同一視して考えるのは危険かもしれないが、通常、動物が積極的に人間を襲うことは珍しい。それこそ、空腹などの原因がない限りは。そのため、迷宮ダンジョンを離れた魔物による被害が広がっていることに疑問を抱く声は少なくなかった。迷宮ダンジョン内において魔物が襲い掛かってくる分には、純粋に防衛本能ということで済ませてしまえるのだが。

 ともかく、もし魔物が魔力を動力源として使用しているのであれば、迷宮ダンジョン近辺を離れた際に魔物は、その動力源を失うこととなる。つまりそれは、生涯、、で初めて、、、、の空腹、、、を味わうということ。


 こうしたことを鑑みて、魔力が魔物の動力源であるとすると、今になって魔物同士の捕食関係が始まった理由も見えて来る。

 迷宮ダンジョンが増加の上限に達して飽和状態にあるとすると、迷宮ダンジョン内にとどまらず、迷宮ダンジョン外に於いてでも、魔物の密集度はかつてない程に上昇していると考えられる。いくら魔力が生きて行く上でのエネルギーを賄っているとしても、単位面積当たりの魔物の量が増えてしまえば、魔力が不足してもおかしくはないだろう。更に考えれば、同じ理由で棲息地の争奪戦が始まるのも当然の話だ。

 それ故に、魔物同士での争いが、魔物同士の捕食が発生する───………


 一息に話終えた辻は、そこで一つ大きな深呼吸をした。肇は話の続きを固唾を飲んで見守る。


「そして、こうして魔物内での食物連鎖が発生するということは、同時に、魔物同士での優劣の差が出て来るということを意味しています。今まで一律の身体能力であった魔物の均衡が、崩れるということです」


 声音が一段階低くなる。


「つまり、今まで以上に強力な魔物が、発生する可能性がある」


 日本の未来が危うい、辻はそう語った。

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