第16話 自我の取り合い
手を痛めるだとか、結局そのような細かいことには気を配らなかった。
レベルアップのお陰で何とかなるでしょうという淡すぎる期待なんだけどね。まぁ、実際何とかなりそうだし。
足場の悪い岩場を緩く走りながら、呼吸を整える。
戦えば戦う程に、感覚は鋭利になって行った。
拳を振るえば、自らの肌が、魔物の肉の中に沈み込み、筋組織を割き、骨を砕き、臓器を抉る。その全ての感触が
幸い、場所が場所だ。どれだけ手を出しても良い相手が、吹けば零れる程に溢れ返っている。
それにしても、ここまで多幸感に塗れているのは、いつ以来だろうか。
楽しい。ただただ、楽しい。
「ふぁー!」
死ぬ程テンションが上がって
先程まで溢れ出る衝動に自我を奪われそうになっていた男ですが何か!?
いや、まじでこれはヤバい。っていうか今も抑えられてるわけじゃないし。
そろそろ対処しないと不味いかなとか思ってたけど、そんな楽観思考じゃ駄目だったね。もう時既に遅かったらしい。暴力の行く先が人間でなくて良かったとは思うものの、魔物であるから自身の感情の制御が付かなくなっても良いのかと問われると、そうではない。できれば全力で辞退したい。いや本当に。
魔物殺して楽しーい、わっほーい、ぐらいだったら良かったんだけど。
完全にエクスタシーだったね。テンションマックスの
取り敢えず、この衝動がどうにかなるまで適当に魔物を探さなければ。
時間が勿体ないという頭の冷めた部分の要求と、早く血を見たいという頭の理性が吹き飛んだ部分の要求が合致したので、
明日の筋肉痛が少し心配ではあるが、取り敢えず今はこの衝動の方が先決だ。…………もし
見かけた魔物を、一息に蹴り付ける。鈍い感触と共に、魔物が洞穴の壁に叩き付けられて呻き声を上げた。そのすぐ隣に跳び、頭を更にもう一度蹴る。
ガッ、と重い音が響くと共に、魔物の頭部が変形して、そのまま動きを止めた。それを見て、また走り出す。
身体が嫌に軽やかなせいで、気が付くと走る速度が上がって行く。…………こんな無茶をしても息が若干乱れる程度で済んでいるのは、ここ数か月心血を注いできた体力作りのお陰なのか、はたまた度重なるレベルアップのお陰なのか。
どうせ後者でしょうけどね。知ってる知ってる。俺の努力とかマジで無意味だなんて百も承知ですし。うーん、泣きたい。
鋼の精神で足の動きを抑え、周囲に気を配りつつ前へと進んで行く。情報過多で混乱する程度には視力が向上しているために、
道中にいた魔物に突っ込み、体に弾みを付けたまま、溜めた拳をその胴体へと叩き込んだ。打撃に叩き落とされて、その魔物は地面へと崩れ落ちる。
夥しい量の血が溢れ出て来るのを見て思わず顔を顰める。靴を汚さないように避けて通ろうと思ったら、先程魔物を蹴ったせいで既に靴は魔物の血液と体液で気持ち悪い有様になっていた。無意識に乾いた笑いが漏れる。
姿を見せた馬鹿に拳を。飛び出した阿呆に脚を。
気が付いたら相当奥にまで入り込んでいたようで、魔物の量が目に見えて増えて来た。今までの場所は、過去の自分が十全に間引きをしている。そのため魔物の量というのが、
が、この辺りから先では話は別だ。
しかしここまで早く着くもんなんだね。頑張れば。
元々、この場所には急いで向かうつもりだった。どうせ魔物と闘わなくてはならないなら。しかも、魔物と闘うに当たって数が求められるのであれば、ちまちまと魔物を倒すよりもここまで来てしまった方が速い。
こうして大量の魔物と相まみえると、この
この
道の先に魔物が群れを成して現れる。そっと、足を止めた。
歩みを止めてみると分かる。この場所に溢れ返る魔物の量が。奥へ奥へと続く道には、まるで羽虫のように、大量の魔物が跳梁跋扈している。
無意識の内に心拍数が上がるのを感じた。
さぁ、ここから。
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