第17話 将来の話

 あれから一ヶ月ほどが経った。もう既に冬も盛りで、昨日に降った雪が窓の外では薄い白色に姿を主張している。乾燥しきった空気では、暖房を付けている筈の部屋の中であっても、息を深く吸い込むたびに喉が渇いた。


 あの日は、時間を把握できていなかったせいで、結局夜中まで迷宮ダンジョンに籠っていた。父親には再度こってり絞られたが、以前よりも迫力がなかったように思う。二度目であるからこそ軽く感じたのかもしれない。叱られ慣れて来るというのも嫌な話だが。

 以来、迷宮ダンジョンに向かう際には百均で買った安い腕時計をして行くようになった。普段であれば体内時計が一時間以上大幅に狂うことはないのだが、無心で迷宮ダンジョン内を駆けずり回っている際はそうは行かない。父親の怒声が怖いというよりも、迷宮ダンジョンを出て夜だった時の焦燥感が精神上よろしくないような気がして、時間に気を付けるようになっていた。


 平日の体力作り、筋トレは相変わらず続けている。どうせ役には立たないとは分かっているのだが、ただただそれを思い知らされるのも悔しいような気がして、出来る限りのことは試してみていた。筋トレの道具を買ってみたり、長距離を走る際には速度を上げて見たり。後者に関しては、深夜に街中を孤独で爆走する変態になる訳にも行かないので、人目のつかないような農道や山道を走っているのだが。

 努力の結果か、迷宮ダンジョンに通っていることが原因なのか、少しは筋肉が付いて来たような気がする。母親譲りで身長は百八十前半程度あるため、少し肉が付いた程度では見た目に変化は全くないが。それでも、以前と比べれば若干違う。主に不健康に見えるか否かと言う点で。


 そして例の衝動に関しては、今尚苦労しているとしか言いようがない。何となく、何か別のことに集中して意識を逸らしたり、瞑想なり何なりをして紛らわす程度のことはしているが、具体的、抜本的な対策が見つかった訳ではない。

 身体能力や例の衝動に関して、日に日に増加傾向が激しくなってきているような気がするのも、危機感の一因だった。出力の調整に関しては最優先で取り組んだため、それなりにはなってきているらしく、不慮の事故を起こす回数は格段に減った。ここ二週間では一度も問題を起こしていない。この筋力の向上が続くのであればまた難しくなってくるのかもしれないが。


 そんなこんなが現状である訳なのだが、一つ上の先輩方が受験期であるが故に、どうしても将来に関して考える機会が増えた。自分自身は先輩と繋がりがなくとも、大変そうにしている様子を見ることはあるのでね。

 先輩の様子を引き合いに出して、先生に圧をかけられることも少なくはない。私立学校であるが故に進学率や就学率は学校の評価に繋がるため、進路に関しては割とシビアに指導が入る。そのため、二年の内からそれとなく将来の行く先を決めるよう促されるのだった。


 今考えているのは、やはり探索者シーカー関連の仕事だ。個人的にイケオジに憧れている面もあるし、純粋に自分の今現在の状況を鑑みた面もある。


 しかし、一括りに探索者シーカーと言っても、仕事のカテゴリーが統一されている訳ではない。一般的な探索者シーカーのイメージと言えば大企業と契約して、更には国からの干渉も入るような、上澄みも上澄みな層の方々だが、実際にはそれ以外にも様々な形態が存在していた。

 まず一つとして、前述の通り名の知れた団体に所属して、行政関連の大口の仕事を片付ける者達。

 次に、あまり規模の大きくない団体に所属して、行政関連の内軽めの依頼を熟す者達。

 更には、数はあまり多くはないが、個人で探索者シーカー事務所を立ち上げて、公的ではない依頼主と仕事のやり取りをする者達などもいる。


 さて、ここで考えて欲しいのは、探索者シーカーとしての仕事内容である。基本的に、最初の二つのグループであれば、依頼を受けて迷宮ダンジョンへと赴き、魔物の数を調整することを主な仕事とする。特徴としては、会社としての支援サポートを受けられること、そして自分の能力に適正な仕事が割り振られることだろう。

 しかし、そう、仕事の主な内容は魔物数の調整だ。基本的には市街地付近の迷宮ダンジョンを巡回して作業を行い、魔物が溢れ出て来ることがないようにするだけだ。


 しかし、実はそれ以外にも魔物の被害を減らす、そして安全地帯を確保する方法がある。それは、迷宮ダンジョン自体を機能不全にすること。

 それは裏山の迷宮ダンジョンのように何らかの方法で魔物を処理する何かを施すでも良く、迷宮ダンジョンコアを破壊して迷宮ダンジョンそれ自体を停止させるという方法でも良い。


 そしてこの迷宮ダンジョンの機能停止、実は行政によって推奨されている。何なら迷宮ダンジョンの破壊が現実的である場合には、それなりの量の補助金が出る。それはそうだろう。迷宮ダンジョンの拡大を止めることができる者がいるのであれば、例えそれが大企業でも何でも縋りたいはず。金銭の価値が日を追うにつれて低下している現代に於いて、ここで支出を恐れる理由がない。

 とまぁ、こんな制度がある訳だが、迷宮ダンジョン発現当初は利用していた者がいたものの、あまりの危険性に企業勢が続々と撤退リタイアして行き、そのまま界隈全体が衰退していった。


 ただ、もし個人で迷宮ダンジョンを破壊できるのであれば、個人には勿体ないほどの補助金が出る。一応は十年ほど前にシステム的に利用されていた制度であるため、かなり確りと系統だった方法で資金補助がある。今も利用可能であるかは分からないが、インターネットフォームが存在することは分かっている。成人しなければ利用できないような旨は書かれていたが、父親に頼めば代筆程度はしてくれるだろう。


 不安に思っていた就職活動も必要ではない。今も習慣的に行っている魔物との戦闘が仕事になるだけ。同僚やら上司やらとのコミュニケーションも必要ない。

 これだけの好条件の職場は、他に存在しない。何より、憧れていた、魔物との戦闘を生業とする者になれる。


 これは、やるしかなくない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る