第65話 棲家

 例の迷宮ダンジョンの果てまで辿り着くのに、結局四日もの日数がかかった。それに続く迷宮ダンジョンに関しても、殆どが三日で、二日で終わったものはただ一つのみ。最後の方には流石に体の感覚も戻って来てはいたが、やはりなまっていた部分は否めなかった。

 ただ、危険な目に合う訳でもなくただただ時間が掛かるだけなので、今のところはあまり重要視するつもりはない。これがもし細かなミスが頻発するような程度なのであれば、少しは考えなくてはならないが。


 そうして一応は納得した上で、拠点へと戻って来た。生活自体の内実はあまり変わらないものの、やはりここに来ると安心感が違う。この周囲は大方迷宮ダンジョンを機能停止してあるということに加え、迷宮ダンジョン付近の張り詰めたような緊張感よりも、住み慣れた土地特有の空気感の方が安心できた。それは自分だけの話ではないようで、大曾根さん含め三匹の魔物は迷宮ダンジョンの床に寝転がって起き上がってくる気配がない。


 ……………胡麻に至っては完全に腹を上に向けた状態で寝てるんですが。野生を失いすぎではありませんかねぇ。


 とまぁこんな感じで一旦色々と落ち着いた訳だが、少しだけ確認したいことがあって今から出かけようかと。流石に大曾根さんから目を離すのは怖いので地面から引っぺがして、散歩を悟ったのか立ち上がった柚餅子の上に乗せる。

 折角帰って来て落ち着きたい所申し訳ないのですが、完全に引きずられている状況で良いんですかあなたは。


 そう言えば、大曾根さんは既に鞍を使わないのでも乗れるようになったのだが、やはり何かしら掴む物がないと体勢を崩すということで、大抵は首筋の前の方に座って柚餅子の角に捕まり、そうでないときは俺の背中にしがみ付いて乗っている。どちらの状況にせよ、柚餅子が急な動きをすれば、握力があまりお強くない大曾根さんは無残にも地面に投げ出される運命にある訳だが。ただ今の所は、柚餅子が気を遣ってくれているお陰で、不幸な事故は起こっていない。幸いにも。

 …………いやぁ、本当にありがたいね。大曾根さんだと、走ってる柚餅子の背中から落ちただけで命の危機だし。

 ただ、一つだけ懸念事項があるとすれば、寝ぼけたこの人が急に変な動きをすること。偶に急に横に倒れそうになったりするし。急に何かに触ろうとして手を伸ばしたりするし。流石に怖いので止めて欲しかったりする。一応目は離さないようにしているけれどもが。


 のそのそと柚餅子の角に掴まった大曾根さんの姿を確認して、柚餅子に走り出すように促す。今回の目的地は、この迷宮ダンジョンを消した地帯の少し端の方。流石に端の端にまで行くつもりはないものの、この中心地からは少し離れた場所にある。


 数分も待てば、大体目的の辺りに辿り着いた。いつものように軽く柚餅子さんを撫でてから、その背を下りる。

 視線の先には、数匹の魔物がたむろっていた。どれも体格が確りしており、この距離から見ただけでも重厚感が感じられるような気がする。流石に柚餅子さんには劣りますけどね。でもまぁ、野生で見かける魔物よりは、こちらにいる皆様の方が明らかにかっちりとした身体をしている訳で。


 こちらに気が付いた彼らが、こちらに駆けて来る。先頭を走ってくるのは狼型の魔物で、その後ろに着いて来るのは、鹿、熊、狐と様々だ。十匹にも満たない群れなのだが、この体躯の魔物であればそれでも威圧感があった。

 …………この状況で嬉しそうにしている大曾根さんは一体何者なんでしょうねぇ。


 戦闘を走っていた青みがかった灰色の狼の魔物が、柚餅子と鼻の先端をぶつけあってじゃれ始める。それ以外の魔物に関しては、近寄っては来るものの、うろうろと歩き回るだけで何かしらの行動を起こす気配はなかった。

 一匹一匹に近寄り、その鼻頭あたりを撫で回して行く。いやぁ「魔物と仲良くしないようにしている」なんて、どこの誰が言ったんでしょうねぇ。飼っている、とまでは行かなくても、ここまで良く見かける間柄になると、かなり愛着が湧いて来るんですが。


 そう、実はこの皆様、身内の魔物さん方です。


 基本的には、一定期間近くに置いた魔物は、遠くへと放して各自で迷宮ダンジョンに挑んでもらっている。ただこの数匹には特別に、この拠点周辺を見回り、迷宮ダンジョンが新しく発達しないかどうかなどを確認して回って貰っていた。云わば親衛隊のようなもので、此処周辺の平和を維持するのに一役買っている。


 そして注目して欲しいのが、この青灰色の狼。実は柚餅子と良い感じなのです。

 魔物同士が番になるなどということを聞いたことがなかったために、可能性を完全に頭から削除していたのだが、どうやら柚餅子がこの狼の下を離れたくないらしいことに気が付いてからは、遠巻きに彼らの仲を応援するようにしている。

 最近では向こうさんの方が柚餅子の下へと遊びに来る機会も増えており、割と微笑ましい光景を見られることが増えていた。


 そんな魔物を引き連れて、柚餅子に乗り更に数キロ進んで行く。辿り着いた先では、魔物が大量に溢れている迷宮ダンジョンがそこにあった。

 この迷宮ダンジョンは意図的にコアを破壊しないで残してあるものであり、捕らえて来た魔物や先程の数匹には、ここの迷宮ダンジョンに棲み付いてもらうようにしている。というのも、やはり迷宮ダンジョンコアの近くにいなければ食糧問題というものが無視できなくなってくる。それを誤魔化すためにも、一つだけ迷宮ダンジョンを残して、それを魔物達の家としていた。コアが近くにあれば魔物は食事を必要としないからね。


 柚餅子から飛び降り、迷宮ダンジョン入り口にいる魔物達に駆け寄って行く。ここらの魔物は、大抵が他の迷宮ダンジョンの攻略を望まないような温厚な魔物達で、内側から出てくる若い衆を抑えてもらうのが主な仕事だ。と言っても普段はこの辺りで日向ぼっこしていることが殆どで、どの個体も日頃は動きが緩慢で幸せそうにしていた。

 快く迎え入れられているのか下に見られているのか。魔物達は顔を舐めたり体を摺り寄せたりと、気が付けば周囲に大量に集まってくる。


 どうしても魔物を捕らえる際には乱雑になってしまうため、出会って間もない魔物達には怖がられたり嫌われたりすることも多い。ただ、ここらの魔物であれば、捕まえてからかなりの時間が経っているために、割と大丈夫そうなご様子。……………まぁ、この迷宮ダンジョンの奥にいる、まだ新参者の魔物には蛇蝎の如く嫌われている訳なんですけど。


 一匹一匹の頭を撫でつつ、迷宮ダンジョンの中へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る