第66話 躾
闇の中で薄く光を放つ、様々な色の瞳。一旦闇に眼が慣れれば、夥しい量の魔物がこちらを見つめているのが、黒い影となって浮かび上がる。どこに視線を向けようとも、静かな敵意を湛えた眼光がこちらを見返していた。
流石に大曾根さんを此処に連れて来るのは危ないので、彼女のことは柚餅子に任せて入り口で待たせている。大曾根さんも割と入り口の彼らには懐かれているし、いつも通り魔物達のことを眺めていれば直ぐに時間は過ぎるだろう。
自分も、そこまで長い時間をかけるつもりはなかった。
遠巻きに眺めるだけで何もしない魔物達を気にせず、前へ前へと歩いて行く。開けた空間の中心へと辿り着こうかというとき、一匹の魔物が立ち上がった。
捕らえられた魔物というのは、基本的には出身の
統領が立ち上がったことで、他の魔物達も一斉にその体を持ち上げ始める。しかし何より不気味なのは、その大量の軍勢を以てしても足音が大きく聞こえないことだろうか。
奇妙な沈黙に包まれた場の中で、軽く二十匹を超えた魔物に囲まれる。
数メートル距離を取って近寄って来ない魔物達の中から、先程の山猫がまた一歩前へと踏み出してきた。その後ろに、二匹の魔物が着いてくる。どちらも猿型の魔物であり、その手には拳大の岩が握られていた。
正直、彼らに関しては戦いたくなかった。二足歩行だからと言って他の魔物より優れている訳ではないが、立ち上がっているというだけでその体躯が更に大きく見えるものだし、何か道具を使われると純粋に対処に困る。飛び道具ともなると予想外の所から飛んでくることも少なくはなく、戦い難さで言ったら格別だった。
近づいてこない大量の魔物達に眺められながら、三匹の魔物と相対する。
最初に飛び掛かってきたのは、予想通り山猫だった。低い姿勢のまま、口を開けてそのまま噛み付いて来ようとする。右足を踏み出し、体を捻りながら、そのままの勢いで右手で山猫の顔を弾いて勢いをいなした。すかさず、直ぐ傍まで迫っていた猿が跳ねて飛び掛かってくる。
猿が右手を振り上げて叩き付けて来るのを掻い潜りつつ、右足を掴んで持ち上げ、態勢を崩させる。嫌がって足を振り回したその勢いを利用して、更に弾くようにして猿を投げ飛ばした。体が軽く浮き上がり、足が少し中に浮いた猿は、そのままバランスが取れずに地面へと倒れた。
それを踏み越えるようにして、次の猿が迫ってくる。
一旦横に跳んで、一つ大きな呼吸をする。近づいた人間を避けるようにして、周囲を囲んでいた魔物は場所を移動した。
右側から猿が追って来て、左側では山猫が駆け出していた。後ろから猫に狙われている状態で戦うのは居心地が悪そうなので、体を若干山猫の方へと向けて待ち構える。
と、腹部に強い衝撃が走った。鈍い痛みと共に、痺れるような感触が全身へと広がる。からん、と乾いた音が熱気に静まり返った
まぁ、飛び道具を使えるのは猿だけではないのでね。ちょっとやり返させてもらいますけどね。山猫が飛び掛かってくるのを、姿勢を低くして避け、魔物が体勢を直している隙に岩を拾って、それを先程の猿へと投げつけた。
避けようと跳び上がった猿の右足の付け根へと岩が吸い込まれて行き、鈍い音と共に猿は呻き声を上げて、態勢を崩しながら地面へと着地した。
それを見届ける暇もなく、もう一匹の猿と山猫の猛攻に晒される。異なる
突き出された猿の両手を避けるようにして腰を落とし、地面を蹴って速度を上げて、そこに迫って来た山猫を正面から受け止める。
流石に真正面から突っ込まれることは想定していなかったらしい山猫が、衝突の直前に焦ったように進行方向をずらそうとして、頭を下げた。その頭部に両手を掛けて、地面へと叩き付ける。地に頭を突っ込んだまま勢いが止まらなかった山猫は、俺の後ろにいた猿と絡まりながら遠くへと転がって行った。
足の怪我から戻って来たらしい猿が、不格好な走り方でこちらへと迫ってくる。一旦左に行くような素振りを見せてから体勢を低くして右に跳ねれば、猿は急激な進路変更のために左足でブレーキを掛けた。
勢いが止まった猿の右足、先程岩が当たった場所に、上から蹴りを叩き込む。今度は崩れ落ちた猿は、そのまま足を抱えるようにして、距離を取ろうと後退った。
遠くで起き上がった山猫が、蹈鞴を踏んでから、鋭く鳴き声を上げる。その合図を受けて、見守っていた魔物達が一斉に駆け出して来た。
さぁ、始めますか。
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