第69話 湖畔

 まぁ、どれだけ恐ろしい事実が判明したところで、今の所私に出来ることはないのでね。気にしたら負けみたいなところはあるよね。

 ということで、色々な不安を闇へと葬り去って、やって参りました自宅の裏にある湖。例の迷宮ダンジョンが下に沈んでいる見るも無残な湖です。


 今日の目的は、最近少しサボりがちだった回復薬ポーションの作成です。というのも、私たちの陣営には一般の方がいらっしゃいますので、いざって言う時の為に回復薬ポーションがあった方が良いんですよね。

 そう思ってこの裏手の迷宮ダンジョンで作るようにしていたのだが、ここ最近のことを思い出してみれば、最後に回復薬ポーションを作ったのは一ヶ月半も前の事。流石に容器の出来が悪い自家製回復薬ポーションではそこまでの長期間は効果を持続させることはできず、今朝がた確認して来たら見事にただの水になっていた。


 ということで本日は、まったりしながら回復薬ポーション作成をしたいと思います。


 用意するのは密封性が高そうなペットボトルと、市販で売っている精製水。これは容器の汚れを拭きとるために持ってきたもので、流石に回復薬ポーション自体として活用するだけの量は確保できなかった。

 そして何より重要な、魔力が豊富に詰め込まれた水。えぇ、目の前に大量にありますとも。


 さぁ、作っていきますかね。と言っても、作業自体は割とつまらないんですけど。

 水面から飛び出し飛び掛かってくる水棲の魔物を殴り飛ばし、コップで湖の水を汲み、それを火に掛けて沸騰するのを待つ。その間にペットボトルの内部に精製水と布切れを入れ、それを振って、内側に付着した汚れなどを取る。次は、湖から這い出して来た水棲の魔物を蹴り飛ばし、沸騰した水を軽く覚ましてからペットボトルの中に入れる。

 これで蓋をして完成。


 密封は完璧とは言えないが、それでも飲料水用に作られているだけあって、一ヶ月弱持たせるだけの気密性を保っていた。市販の道具でここまでできるのであれば、何も文句は言えないだろう。

 そして流石に数回目なだけあって、作業効率も段々と上がって来た。この調子で行けば、いつもより少し多く作ってもそこまで時間が掛からないかもしれない。


「淳介さん、餃子が凄い嬉しそうにしてるんですけど、あれ本当に大丈夫なんですか」


 と、一緒に来ていた大曾根さんが心配げな顔をして、湖の方を指さした。ちなみに彼女は柚餅子に厳重に守られている。

 彼女が指さした方向を見れば、湖の中に飛び込んで魔物と楽しそうに格闘している餃子の姿があった。…………まぁ、楽しそうだし大丈夫でしょう。力強く頷いて見せれば、大曾根さんは若干訝し気な顔をしてから戻って行った。


 ぼんやりと作業しながら、湖に入ったり出て来たりして久しぶりの水棲の魔物を食して楽しそにしている餃子と、それを見つめている大曾根さんの様子を眺める。

 餃子は、本当に何故陸上の魔物として生まれて来たのか分からない程に、水に住む魔物を好んで食べている。

 熊だから魚介が好きなのだと言われれば、魚については納得できるものの。明らかに蜥蜴みたいな爬虫類系の魔物をも美味しそうに食べるのは何故なんでしょうね。







 無心で作業をしていたせいで、気が付けば段ボール一箱分の回復薬ポーション入りペットボトルが出来上がっていた。取り敢えずこれで今は安心。

 最近は大曾根さんも色々と順応してきたらしく、回復薬ポーションを普通の飲料の代わりに飲んだりもしている。ただ、まぁ、もし怪我をした際に既に体の中に回復薬ポーションが入っていると思えば、別に取り立てて指摘することでもなかった。


 満腹らしく、湖から少し離れた所で腹を上にして潰れている餃子を回収する。胡麻は最初から最後までずっと水棲の魔物を倒して過ごしていたらしく、餃子が盗み食いしたものを除いても、大量の死体が近くに積み上がっていた。大曾根さんがそれを楽しそうに解剖したりして、何やら書類に色々と書き込んでいる。

 書類が凄い血だらけになっているんですが、それは……………。研究結果って言うかどっかのホラゲーのアイテムみたいになってるじゃないですか…………。


 こちらの用事が終わったことを察したらしい大曾根さんが、リュックの中に物を仕舞って柚餅子の上へと乗り込む。自分は回復薬ポーションの段ボールを胡麻の背中へと括りつけて、その後に柚餅子の背中に飛び乗った。

 そう、実は大曾根さんも一人で柚餅子の上に乗れるようになった。というのも、いつも乗るのに苦労しているらしい彼女の姿を見て、痺れを切らした柚餅子が、彼女が乗る時には限界まで体勢を低くするようになったのだ。まだそれでも高さはある為、上によじじ登るだけでも大変そうではあるが、それでも一人でも柚餅子に乗れるというのは色々と便利だった。

 まぁ、俺の手が空いてるときは未だに「待ち」の姿勢に入るんですけどね。何ででしょうね。そういうときの大曾根さん微塵も努力の気配を見せないからね。


 満腹故に走り難そうにしている餃子を、背中に段ボールを括りつけた胡麻が急かす。少し前と比べると、胡麻も体躯がかなり大きくなって来ていて、上に乗っている段ボールがやけに小さく見えた。餃子に関しても同様だ。やはり食事量が増えたのが良かったのだろう。


 柚餅子がゆっくりと走りだす。長くなって来た大曾根さんの髪が後ろにたなびいて来るのを指で弄びながら、ぼんやりと柚餅子の上の時間を過ごした。

 そろそろ自分が楽しめるような迷宮ダンジョンの攻略でもしてこようかな、と、そんなことを考えながら。

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