第70話 破竹の勢い

 リゲイナーズの四人が活動を始めてから、既に一月が経とうとしていた。男女比は三対一だったが、紅一点の気の強さもあって、四人のバランスは良く取れている。若者故の波長の一致なのか、それとも彼らを選出した者達の平衡感覚が優れていたのか、普段とは違う訓練メニューに挑む今日という日に直面しても、彼らの雰囲気は和やかだった。


 肇は、最早体に馴染んできつつある最新型のプロテクターを装着しながら、近付いて来た男と今しがた通達された今日の訓練内容について話していた。

 男の名は、鈴木すずき基次郎もとじろうで、メンバーからはモトジと呼ばれている。唯一の女性である細嶋ほそじま沙良さらが付けた渾名であり、既に彼らの中ではそれ以外の呼び名では伝わらない程に馴染んでいた。


「今日潜る迷宮ダンジョンはどこだったか。市街地から少し離れた土地だというのは聞いたんだが」

「モトジも聞かされてないんだね? 俺もちょっとレベルが上がるらしいことは聞いたけど、具体的な場所は聞いてない」


 そう、訓練と言っても彼らがその能力を鍛える場は屋内などではなく、最初から今まで迷宮ダンジョンの内部だ。もちろんそれは全員が以前から探索者シーカーとして働いていたからこそできることであり、今現在行っているのは主に全体としての動きの練習、更には互いにフィードバックを交わし合うことによる身体の動かし方の最適化だった。


 肘に付けたプロテクターが動きを阻害しないかどうかを丁寧に確認して、少しずつずらしながらバックルを留めて行く。

 以前までのプロテクターであれば、基本的には留め具はなくマジックテープで固定するだけの不安定なものだった。しかし、一か月前に活動を始める際の前祝として贈られたのが、この新式のプロテクター。全体としてカーボンファイバーが惜しみなく使用されており、留め金の殆どがバックル式だ。スノーボードの靴とボードを留める際に使用するものと同様の形状をしており、体に合わせて細かく調整することが可能になっている。


 他にも、銃火器を初めとして様々な武器が与えられている。もし魔物と近接戦闘に陥った際に直ぐに引き抜けるような小型のナイフ、銃弾が切れた際にその場を凌げるような少し長い得物、そして基次郎がロマン武器と呼ぶような様々な変わり種も。未だに全てを使うには至っていないものの、用意された武器の種類は信じられない程に多い。

 勿論銃火器に関しても数多の改良が成されたものであり、反動に目を瞑れば一発で魔物の頭部を吹き飛ばせるような代物もあった。普段使い用の扱いやすい銃にしても、軽さ、装填のしやすさ、反動の少なさ、そして威力の全てにおいて以前の物よりも格段に優れている。


「二人とも、行くわよ。準備は出来た?」

「ちょっと俺緊張してきたんすけど。なにこれ」


 と、沙良と共に大山おおやま遼河りょうがが部屋の中に入って来た。既に二人とも準備が整っており、それぞれの得物も二人の手の中に収まっていた。

 基次郎に目配せをして、肇は立ち上がる。目的地に出発するために、移動車の方へと向かった。弱気なことを言った遼河の背中を、応援する意味も兼ねて叩くことも忘れず。






 いざ迷宮ダンジョンを前にし、四人の空気感が引き締まる。肇は呼吸を整えようと一旦息を大きく吸い込んで、吐き出す。そして体を伸ばせば、少し緊張が和らいだような気がした。


 彼らは、自分たちに大きな期待が向けられていることを正しく理解していた。今はまだ社会へと大々的に発表されるには至っていないが、それでも一部の情報に凝った者達は既に把握している。更に言えば、永らく賢君として多方からの尊敬を得ている首相─────曽根そね林太郎りんたろう直々に指示指導を受けることもに稀にあった。

 そんな状況にあれば否が応でも自身に掛けられた期待の重さを知ることになるだろう。しかしそれでも一向に潰れる様子を見せないのは、この四人の素質故なのだろう。


 ただし、今回ばかりはそれだけが緊張の理由ではなかった。既に実地訓練は何度も積んでいる彼らではあるが、今回は普段とは違い、訓練状況の映像が事細かに撮影される。

 それは勿論世間へのアピールのための準備であり、いずれは主軸の一つとなるだろう広告塔としての活動の一部だった。今回撮影された動画は政府関係者及び、専門家を多数揃えた会議内で厳重に話し合われることとなる。


 肇は、失敗することが許されていない状況に思いを馳せながら、深く溜息を吐いた。彼らがもし無様な姿を見せれば、それは即ち人民全体の希望が失われることに繋がりかねない。

 いくら編集で消せるといえども、映像と実情があまりに違うのであればいつかは露見する。今は良い、などということはない。失敗してはならない。

 また、彼は大きく息を吸い込んだ。


 互いに顔を見合わせて、頷き合う。


「リゲイナーズ、出発します」


 肇が口元に付けられたマイクに向かって呟く。後ろで支援組が動き出す音がした。


 彼らは、後方も気にせずに前へと進みだす。散開しつつ、手元には各々異なった銃火器を備えている。

 基次郎は大型の猟銃のような形のライフル。沙良はスナイパーで、スコープが見やすいようにプロテクターのゴーグルは色味が殊更薄く作られている。遼河はそれぞれの手でハンドガンを握っており、そして肇はスタンダードに自動小銃をメイン武器として扱っていた。


 前に飛び出す魔物達を、それぞれの弾丸が貫いて行く。

 後方から追いかけている筈の沙良の銃が、遠方に現れた魔物を息つく間もなく命を奪う。動きが速くスナイパーでは追いつかない魔物は、基次郎のライフルが。小型で狙いが付けにくい魔物は遼河が丁寧に息の根を止め、それ以外の討ち漏らしは全て肇が正確に屠って行った。


 彼らの進行が阻害されることはない。前へ、前へ、前へと何かに飢えた獣のように、彼らは目の前の魔物にだけ集中して、息を潜めて前進していった。

 通常の探索者シーカーであれば、ここまで順調に迷宮ダンジョンを進むことなどあり得ない。その装備の違いもることながら、重度の緊張感による精神的疲労も問題だった。


 しかし何よりも彼らの前進を支えているのは、それぞれの個人の狙撃技術だった。高い集中力を保ち、魔物を殺しながら進み続ける。それは全員が全員を信頼していないとできないことでもあり、彼ら個人の能力の証明となりながらも、同時に、グループとしての完成度をも物語っていた。


 彼らの補助のために後ろから着いて行く、政府に雇われた探索者シーカー達。彼らは、目の前の若い四人組の勢いに気圧されながらも、リゲイナーズの後を静かに着いて行く。

 誰かが小さく感嘆の息を漏らす音が聞こえた。




────────




 同日、同時、遠く離れた場所で、佐藤淳介は久方ぶりの自由な迷宮ダンジョンの攻略を楽しんでいた。


 森の奥地にある迷宮ダンジョン、その奥深く。大量の巨大な魔物に囲まれた彼は、ほのかな笑みを浮かべながら、周囲に死体の山を築き上げて行く。

 武器として扱っていたはずの大腿骨でさえ持っているのが面倒になって、とうの昔に投げ捨ててしまった。隣では、主人の狂気に充てられた飼い狼が目を赤く光らせながら、魔物の喉笛を噛み千切っている。


 彼もまた、進み続ける。その後ろに大量の屍を残して。


 享楽、その感情が、彼の心臓から溢れ出て、周囲の魔力を揺らし、四方へと散らばって行く。魔物達はそれを受けて、目を細め、口角を吊り上げながらも彼へと向かって行った。


 地獄のような混戦が、洞穴の道と重なって、途絶えることなく延々と続いて行く。

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