第71話 仕事人
十年以上も昔に、人類から見捨てられた土地。
この十年という間、人間という獲物が誰一人として訪れたことがないそれらの土地では、哀れな被害者を待ち続ける魔物達が
限界まで
しかし、食事、睡眠、生殖を必要としない魔物達に残された最後の感情、戦闘への渇望────飢餓とも呼べようソレは、時を経るにつれて大きく育って行く。気が付けば魔物同士での被食者捕食者関係が発生し、生存競争は激化の一途を辿って行った。
食し、食され、均質だった魔物達の強さは段々と階級的に区分されて行き、誰の目にも明らかな程に、魔物達の間では残酷がヒエラルキーが出来上がっていた。
しかしそれも、安定したものではない。人間の訪れが減れば減るほどに、血に飢えた魔物の狂暴性は増倍されて行く。彼らは常に強さを求めて生きていた。自分よりも強大な存在を、その足を掬う瞬間を待ち望んでいた。
見捨てられた土地────人間の手を離れ、最早手に負える範囲を超えてしまった場所。
森の中を数匹の魔物が駆けて行く。その姿は一様ではなく、細身でしなやかな体つきの魔物が居れば、暴力的な筋肉量を湛えた身体の魔物もいた。
しかし彼らに共通なのは、どの個体も無表情で、互いに意思疎通もせずに前方へと進み続けていることだった。何かを求めるでもなく、何かを訴えるでもない。その全身に静寂を伴いながら、正面を見据えて、ただただ足を前に踏み出して行く。
遠くで魔物の鳴き声がした。断末魔の叫び声のような、それでていて危機を知らせるための遠吠えのような声だった。
彼らは、注意を払うことさえしなかった。
十数分程そうして進み続けていただろうか。先頭にいた魔物が、短く低い呻き声を上げた。目立たない体格に骨ばった体────凡そ、この集団を率いているようには思えない。しかしその実、彼の能力はこの集団の中では飛び抜けていた。
彼の地位を支えているのは、力ではなく、速さでもない。それは、卓越した自身の体の
彼の合図を受けて、同伴していた魔物達も走る速度を上げる。彼らの視線の先には、巨大な
魔物達は、躊躇いもせず、
森の奥地であるというだけで、洞穴の外にいるような魔物に彼らが劣る訳がない。或る者は喉笛を噛み千切り、或る者はその強靭な脚で魔物の頭を蹴り砕き、或る者は勢いのままに突き飛ばしてその命を奪い─────彼らはそこにいる魔物達を軒並み蹴散らして行く。
洞穴の入り口、その周囲に魔物の死骸の山が積み上がるのに、さしたる時間は掛からなかった。そして侵入者である彼らは、自分等が成したことをまるで気にしないまま、無感動に
そして例え洞穴の中であったとて、彼らの足を止めるに値する魔物はいなかった。駆け抜ける足を止めることなく、跳ね、頭突き、蹴り、噛み千切り、彼らは踊るようにして、抗いようのない死を撒き散らして行く。
異様な静けさを保っていたはずの
一時間もせずに、魔物達は洞穴の最奥へと辿り着く。周囲を囲む強大な魔物達でさえ、彼らの牙の下では一瞬ですら抗う事が出来なかった。
そして、先頭を進んでいた小柄な魔物は、躊躇うまでもなく青白く光る球体を噛み砕く。急速に光を失った
彼らは上層へと戻って行く。感動を分かち合うこともなく、喜びを表に表すこともなく。
彼らにとって、生は無機質で無感動だった。漠然と心臓を動かすのは、胸の奥底で燻る渇望だけだった。一人の人間が、その全てを打ち払うまでは。
その存在に与えられた仕事は、自らの同胞の命を奪うこと。血縁という関係性を持たない彼らにとって、同じ生まれ方をした魔物達は一種の家族のようであった。それ故に、同族殺しという罪は彼らの中ではそれ相応に重い。
しかしその対価に得られるものが至宝なのであれば、何を躊躇うことがある?
彼らは進んで行く。彼らを統べる者に、新たに拍動を始めたその生を捧げるために。
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