第39話 死骸の道
先導する茂樹の直ぐ後ろを、いつの間にか回復したのか良太が着いて行く。魔物との邂逅に備えて銃のホルダーから手を離さない茂樹に対して、
そんな三人の様子を眺めながら、肇は周囲を警戒した。…………やはり、この
「………大量に魔物の死体がありますが」
「人の手が触れていない
声を上げた穂香に、茂樹の落ち着いた声が答える。
「死体が骨と皮だけだと、どうやって死んだかも分からん………」
ふらふらと壁際に寄って行った良太が、そう独り言を言いながら足の先で骨だけの死骸を突いた。からり、と乾いた音を立てたそれは、明らかに風化していて、随分と前に命を落としたように見える。
…………もし、これだけの破壊を齎せる魔物が野に放たれた状態で、しかもそれが長期間放置されていたとしたら。考えるだけで嫌気がさしてきそうな内容だが、肇はどうしても想像せざるを得なかった。
例の会議からどれだけの月日が経っただろうか。その間に行った
ただ、後から聞けば、日本の未来が危ういという言葉も良太がふざけて大袈裟に言っただけであって、現状では推測に過ぎないということだったのだが。
しかし、あれから一度だけ、明らかにサイズのおかしい魔物と遭遇していた。人里を少し離れた地点で、居住区の確保として
その時は、銃弾を数発撃ち込んで、闘うこともせずに逃げ出した。共にいた茂樹の判断であったため従えたが、パニックに陥っていた肇にとってはトラウマに近い経験だった。
変わらない景色の中、前に進んで行く。
砕かれた頭蓋骨。血痕の残る地面。明らかに体を半分にされた状態で放置されている骨。どこを見ても、死骸、死骸、死骸。
視界の悪い暗闇の中は、あたかも地獄の写しのような光景だった。
穂香も少しは精神的に辛いものがあるようで、洞穴の外にいたときに比べて明らかに顔色が悪い。彼女も
歩き続ける。
流石に脚の疲れが顕著になって来た。特に研究者である二人は、この距離を歩くのは辛いようで、時折休憩を取り足を揉みながらも前に進んで行く。帰りのことを考えると、前に進みすぎるというのはやはり避けたい。時間帯的にも、そろそろ限界は近づいているだろう。
息切れの激しい良太は、それでも熱心に何かを書き込みながら歩みを続けて行く。体力的な面での限界は近づいているにしろ、精神的な疲労はどこにも見て取れなかった。
人間誰しも他と違う部分を抱えているものだが、良太のこれはその程度の「違い」という言葉では表現しきれないような、異常な執着だった。良太が魔物に興味があるのは「ファンタジーっぽくて気に入った」というのが理由らしいのだが、それにしても度が過ぎているだろう。
横目で良太と穂香が話し込むのを見ながら、肇は茂樹の傍へと近寄る。五年ほど前までは、茂樹であればこの程度の距離は朝飯前だったはずなのだが、やはり積み重なり行く年齢には逆らえないらしく、額に玉のような汗を浮かべて疲れた表情をしていた。
「お疲れ様です、先輩」
「あぁ、お疲れ」
いるか、と小さな声で差し出されたエネルギー補給目的のチョコレートをありがたく受け取り、肇は地面に腰を下ろした。
「…………俺、正直怖いんですけど」
肇がそう呟くと、茂樹は静かに彼に視線を向ける。彼も、後輩のその恐怖は理解できるのだろう。
大きさは、それだけで大きな武器となる。
どうも人間同士が争うスポーツばかりを見ているせいで、多少の体格差であれば引っ繰り返せるものだと感じてしまうことも多い。スポーツというのはどこにでもドラマが生まれるもので、そうした身体的アドバンテージの差も、そのドラマへの貴重なスパイスになるのだろう。
ただそれは、体格差がある程度の範囲内に収まるからこそ、そう考えられるだけであった。
体格が大きい動物というのは、魔物以外にも大量にいる。一般的な日本国民と言うのは、生身で動物と相対した経験がないかもしれないが。
しかし実際そういった野生動物を前にすると、最初に感じるのは死の気配だ。数多の武器を創造してきたから、そして多少頭が良いから勘違いしているだけで、自らの体以外全てを奪い去られた状態では、人間は無力だ。
以前に遭遇した巨大な魔物は、争いの相手になるような存在ではなかった。敵ではなかった。自分が餌で、魔物が捕食者だった。
ただ、あのときあの魔物と遭遇した時でも、ここまでの惨状ではなかった。
そもそも、魔物と言うのは生まれた場所を動かない。
であれば、入り口から死骸が大量に放置されているこの
考えられる原因は二つある。一つは、強力な魔物が
もう一つの考えられる原因は、どこかにいた埒外な存在が、この
正直、後者の可能性は考えたくもなかった。
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