第38話 調査班
機能的なブーツを履き、全身にプロテクターを付け、そして腰に小火器を引っ提げた状態での行軍。久しぶりの、都市部を離れての仕事だった。
倒木を避けて回りながら、タンデムシートに座る男の調子を確かめる。相も変わらず顔色の悪いこの男は、死にそうな形相で肇の背中にしがみ付いていた。
髪は長いが、髭が剃られているせいで顔の印象が随分と違う。前回会った時────あの会議で顔を合わせた時とは。
痩せ型で身長の高い壮年の男、
視線を直ぐに前に戻して、目の前を走行する
ヘルメットのシールドの奥で涼しい顔をしているだろう茂樹に、心の中で軽く悪態を吐く。突けば死にそうな研究者、良太を乗せるのは茂樹の方が良いと抗議した肇だったが、先方直々に女性を乗せるのは熟練した者の方が良いという申し出があったために、こうして肇が死にそうな中年を乗せて森の中バイクを走らせることになってしまったのだ。
女性、そう女性だ。普通
だからこそ、研究者として女性が紹介されたときには驚き、しかも現地に同行すると言われたときには疑念を抱いた。ただ、雑談ながらに話を聞けば、女性は元は
名前は、
付近の街を出発してから早くも三十分が経とうとしていた。幾ら進めども森、森、森で、景色が変わる気配もない。偶には魔物とも遭遇するが、バイクで走っていれば手を出されるようなこともなかった。
バランスを崩さないように必死であるとはいっても、こうも長い時間同じことを繰り返していると飽きがやってくるものだった。いや、同じことを繰り返しているが故の気疲れなのかもしれないが。
地面から突き出した木の根にバイクのタイヤが跳ねて、背中から苦し気な呻き声が聞こえる。春空を一瞥して、溜息を吐き出した。
目的地付近に到着したのは更に一時間程後だった。早朝に出発したというのに、時刻は既に十時を回っている。
今回は純粋な調査が目的であるため、魔物との戦闘は少ないだろうとはいえ、
長時間の走行のお陰で、流石の茂樹でさえも疲労は有ったようで、年を滲ませる表情でバイクに寄り掛かりながら、バッグのサイドポケットに入れていた缶コーヒーを呷っている。死にそうな様子の良太は放っておくとして、唯一平気そうな表情をしているのは穂香だけであった。感情の読めない表情で、何やらリュックの中を探っている。
茂樹同様に疲労を感じていた肇は、ペットボトルのスポーツ飲料を乾いた喉に流し込む。絶え間ない振動と前傾姿勢のせいで、全身が嫌な疲れに支配されていた。
「今回の目的は、この地での魔物減少の理由の解明です。以前リゲイナーズ様から頂いた情報では、全国で魔物の数が減っているということでございましたが、この場所は特にその傾向が顕著です。もし当研究所の見通しが正しいのであれば、それだけ危険性が高い可能性があります。…………と、言う割にはあまりにもお粗末な人数ですが」
曰く、本当は時間をかけて準備をするところ、良太が耐えきれずに性急に準備を進めたため、このような形になったのだと。彼自身の
例え肇達リゲイナーズを同行させるとしても、通常であれば他の
穂香が、冷たい瞳で良太の方を見る。ただ、青い顔をした良太はそれどころではなく、彼女の方を向きさえもしなかった。
「では、我々は主に護衛をすれば良い、と」
「えぇ。基本的には辻のしたいようにさせるつもりではいますので、予定外の移動などもあるかもしれません。一応、契約の中には危険性についての話もあったと思うのですが」
「えぇ、把握はしています」
茂樹と穂香の間で話が進んで行く。肇は胸の内で、もしかしたら暴走した良太の御守を任せられることになるかもしれないと覚悟を決めつつ、諦念を抱えたまま遠くを眺める。
眼前に広がるのは、
しかし、異様なのはその大きさだけではない。
肇は瞳を細める。
放置されている筈の
周囲を見渡そうと、肇は後ろを向く。
踏み出された足の下で、乾いた木の枝が折れた。音のない森の中では、その小さな破裂音がやけに響いた。
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