第73話 都会、再び

 さて、今日は用事があってですね。ちょっと橘さんの研究所の方に行こうかと思っておりまして。用事と言っても例の魔物大量発生の件のより細かい報告と、大曾根さんが厚めに集めた魔物関連の情報提供でしかないんですが。後は大曾根さんが古巣に一旦帰るっていう機会でもあるけどね。この人殆ど勢いで飛び出して来たし、色々と忘れ物もあるでしょうし。今更感凄いけど。

 まぁ、つまりは色々と用事が重なったからちょっと行ってきましょうということですね、はい。


 という訳で久しぶりに電車に揺られている訳だが、実は今回に限って姉の家には行かないことになっている。というのも、都会には未だに宿というものが少数ではあるが現存しているようで、それを利用しようという話になったのだ。

 確かに商業用の宿泊施設を経験することなぞ、普通の生活をしている限り可能になることはない。幸い金だけはあり、機会もあったので、これは利用するしかないと大曾根さんと話が纏まったのだった。

 その関係で、前回は向かわなかった都会の中心部に足を運ぶことになる。アパート、マンションが林立している人口密集地帯に、言ってみようじゃないのということである。ただ残念ながら大曾根さんに関しては、都会生まれ都会育ち、つまりは生粋の都会っ子であるためにあまり感慨は大きくない。


 ちなみに現在、大曾根さんは爆睡中である。というのも、橘さん達に提供する情報の数々だが、全体量の多さも相まってかなり乱雑に保管されていた。事前に準備しておかなかったおかげで前日である昨日に整理に追われることとなり、その結果大幅に寝る時間が遅れ、現在こうして折角の電車旅を寝て過ごしている人がいる訳だ。

 まぁ、我々に計画性を求めちゃだめだよね…………。俺もそうだけど特に大曾根さんは常にフィーリングで動いてるから…………。


 ぼんやりと窓の外を眺めること数時間、目的の駅に着いた。最近はこうしてゆったりと時間を潰すこともなかったために、体感時間は想像以上に短かった。眠りこけている人を抱き起して、荷物を片手に電車を降りる。

 しかしそれにしても、流石に都会の中心ともなると駅に活気があるらしい。寝ぼけてどこかに歩いて行こうとしているこの人によれば、どうやらこの駅は商売の中心地としての役割を未だに保っているらしく、それ故に電車の利用者は少なくとも、駅を訪れる人の数は多いのだと。確かに売っている物品を眺めて見れば、特に目を引くようなものは無く日用品が殆どだった。


 人が多い場所は何となく落ち着かないので、大曾根さんの手を引き手早くその場を離れる。駅の外に出れば、かつて話に聞いたような上背のある建物が大量に乱立していた。

 この建物の各々の中で大量の人間が暮らしていることを思うと、簡単を通り越して不気味だった。生まれてこの方大量に人を見ると言えば高校程度でしかなかったために、その量の人間をいまいち想像できない。

 しかしやはり人が多いということは必要とされるものも多いらしく、普段自分が引き籠っているような場所では見ない建物が大量に並んでいた。道に沿って歩いて行けば、数分に一度はコンビニに遭遇する上、図書館だとか食事屋だとか、更に言えば銀行やら何やらの公的機関も含めて、やはり目新しい物が多い。


 と、あまり長いこと歩かないうちに目的の場所に辿り着いた。足早に建物の中に入って行けば、白髪の男性が受付に立っていた。外で疎らにいた人たちの声が聞こえなくなったおかげで、一気に静けさに囲まれたように感じる。

 男性の丁寧な対応に何となく面食らっていると、四角い形状の透明なガラス棒が付いた鍵を渡された。そこに書いてある番号の部屋に行けば良いのだという。一応頭を下げてから近くにあった階段を昇って行く。部屋番号は305。三階にある五番目の部屋だという意味なのだそう。


 一つ二つ階を昇ると、先程感じていた静寂が更に倍増されるような気がした。床がマットにになって足音がしない上、ロビーに比べれば狭い廊下の中であるが故により一層孤立感が増す。他の利用者の気配はなく、隅々にまで清掃が行き届いているせいで、あたかも新雪を土足で踏みつぶして歩いて居るような気になって来た。

 扉に書かれた番号が鍵の番号と一致することを再度確認して、部屋の中へと足を踏み入れる。


 部屋の広さ事態で言えば、想像よりも広かった。自宅のリビングの二倍も行かない程度だろうか。二つベットが置かれているせいで若干狭く感じるような気がしなくもないものの。

 自分の知らない部屋に泊るということで若干緊張していたが、この程度であれば逆に普段と違う環境を楽しめそうだった。


 まぁ、普段洞窟の中で寝袋で眠ってるような人たちだからね。ベッドがあればそれだけで普段より良い環境になるんだから、楽しめない訳がないよね。






―――――――――――――


一話で纏めるつもりだった都会編が研究所にすら行かず一話目が終わってしまいまして。ちょっとだらだら三話ぐらい書くかもしれません。

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