第92話 交錯

 色々と資料を政府官僚に送り付けたりして、後は経過観察のみだと高を括っていた頃。一応動向を確認していたリゲイナーズの皆さんが急遽配信を始めた。計画が開始されるのは既に二週間後に迫っており、そろそろ動きがみられないと不味いと、こちらでは微妙な空気感が流れていた。


 現在の居場所は姉と兵吾さんの自宅。その一室にお邪魔している訳だが、今は橘夫婦が出かけているので、日和と二人リビングでテレビを見ていた。

 研究員の一人から連絡を受けて仕方なく起動したテレビ。その画面の奥では最近では最早見慣れて来た四人が何かを話していた。テレビの音量を上げる。


『………───が知っている通り、俺たちはもうすぐ大規模計画を始めます。その為の準備は既に始まっていて、ここ、都心の南部ではたくさんの人が集まってる。見て貰えばわかると思う』


 スタッフのような人たちに囲まれているらしいリゲイナーズの四人が立ち上がり、カメラを周囲へと向ける。確かにそこには様々なものが集まっていた。仮設テントのようなものから始まり、バスやら何やらの大量の車、そしてその合間を行きかう大勢の人。

 実際にこうしてみてみると、どれだけ準備が整いつつあるかが分かってくる。


 自分たちに今できることが待つ以外にないとは言え、ここまで状況が整えられているとなると若干不安に駆られてくる。

 ただ、この規模で迷宮ダンジョンを破壊して回れば、どう頑張っても魔物が発生することは身を以て知っている。日和に言われて何回か繰り返したからね。毎回のように龍に睨まれて凄い居心地の悪い思いもしたし。


「…………なんかめちゃくちゃ大事じゃない?」

「ね」


 日和からかけられた言葉に画面を見ながら返事をすると、彼女はソファの上でブランケットにくるまったままこちらに身を寄せて来た。


「これ、本当に大丈夫なの? 前に実験したときのあの量の魔物が出てくるってことでしょ?」

「…………まぁ、大丈夫じゃないよね。ただ、出来る限りのことはしたとしか言いようがないし」

「実際起こったら対応できるの? ここまでたくさんの探索者シーカーがいるんだったら大丈夫?」

「どうだろうね。魔物が発生するって言っても、生まれたばっかりの魔物だし」


 普段から魔物と闘ってるような企業勢の探索者シーカーなら、あの程度であれば対応できるような気がしなくもないが。

 いや、市街地の中で銃は使いづらいだろうから、戦い難くはあるのか。ただ、銃火器以外にも何かしらの戦闘方法はあるだろうし…………。


「っていうか、兵吾さんが凄い丁寧に作った資料送ったから大丈夫だと思う」

「…………まぁ、確かに凄い頑張って作った感じだったよね。あの資料」


 魔物の発生が実際に起こることをデータで示し、その状況についての細かい考察、それに加えて現在考えられる仮説が様々乗っていた。

 態々読みやすいように最初のページに概略が乗せられている訳だし、あれを見て何も気にしないという訳には行かないだろう。


『………―――だから、俺たちは戦わなければならない。辛い目に合っている人がいると、自覚して進まなければならない。現実から目を背け続ける訳にはいかない』


 画面の奥で若い男性が熱弁している。しかし決意の籠った瞳をしているのは彼だけではない。他の三人も含めて、誰もが定まった瞳で画面越しにこちらを見つめていた。


『首相から、計画が中止になるかもしれないとの連絡があった。どこかしらの研究所が、迷宮ダンジョンを破壊することに対する危険性を発見したのだと。…………俺たち四人で確認したが、明らかに数値のおかしいデータが含まれていたり、とても正確と呼べるようなものではなかった』


 …………わーお。


 そんなに信用ならない文面だっただろうか。折角兵吾さんが頑張って作ってくれた訳だが。


「何か対応しなきゃじゃない?」

「………そうだね」


 日和は若干青白い顔をしていた。彼女の手を握りつつ、リゲイナーズが配信していると連絡をくれた研究員の人へと連絡を入れた。

 …………どうやら姉と兵吾さんも話を聞いて急いで戻って来ているらしい。このまま家により、俺と日和を拾って研究所の方に向かってくれると。


 今まで油断していた分の焦燥が一気に押し寄せて来る。もし彼らに気にされていないようであれば追加で何かしらの情報を送れば良いと思っていた。少なくとも、粘れば規模縮小程度は望めるだろうと。

 ここまで正面から切って捨てられるのは想定外だった。


『俺たちは何があっても、この計画を止めることはない。俺たちは政治の為に闘っている訳でも、金のために戦ってるわけでもない。苦しんでいる人を助けるために闘っている。今こうして大手を振って活躍で来ているのが運の巡り合わせだとしたら、俺たちはそれを最大限活用する。…………これ以上、誰かを苦しませるようなことがないような世界を、取り戻したいと思ってる』


 付けたままにしていたテレビから、意気込んだ言葉が響いて来る。


 予定外の邪魔を受けて余計に意固地になっているのか、それとも純粋に苦しんでいる人を見過ごせない人の良さなのか。

 あと二週間という期間の短さが、やけに残酷に感じた。

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