第29話 柚餅子さん、闘う

 さーて、柚餅子ゆべしさんの上に乗って走り続けること十数分。普段であれば四十分程度かかる所、今日はもう既に目的地が遠くに見えている。

 やはり人の体で走るとなると時間がかかるのか、明らかに柚餅子が走った方が速い。飼い犬に負けているとなると少し悔しいような気がしなくもなかった。後で体力トレーニングの量を増やして置こうかな。って言っても、結局柚餅子と走っていることも多いので、自分が鍛える分柚餅子も鍛えられてしまうのだが。


 目的の迷宮ダンジョンに到着した。

 先週に一つ迷宮ダンジョンを攻略したばかりなので、この迷宮ダンジョンにはまだ入ったことがない。入り口の大きさを鑑みても、あまり時間が掛かるとは考えていない。それもあって、柚餅子の実力を測るに丁度良いかと思い、連れて来たのだった。

 背中の上から飛び降りると、柚餅子が褒めて欲しそうに体を摺り寄せて来る。この体躯であると、一般人に同じことをしてしまうと完全に怪我をするので、後で言い含めて置かねば………。今のところ被害に遭う可能性がある人間は父親だけなのだが、柚餅子は父親と相対するときにはあまりじゃれつかないので、直接的な被害は出ていない。ただし何か被害が現実に出てしまうよりも先に手を売った方が良いだろう。


 切り替えて、迷宮ダンジョンの周りにいる魔物に接近して行く。取り敢えず半分程に数を減らして、柚餅子を嗾けた。

 本当に体がデカすぎて完全にオーバーキルな訳だが…………。柚餅子さんは今のところ陸上の魔物とは戦ったことのない箱入り娘さんなのでね。


 まぁ、実際に戦闘になってみれば、柚餅子がただの魔物に負けるようには見えず。

 柚餅子は蹴散らす、という表現が適当に思えるほどの勢いで、迷宮ダンジョンの周囲に蔓延っていた大量の魔物を殲滅していった。非常に楽しそうに。


 ここまできたら出し惜しみする方が失礼だよね。迷宮ダンジョンの最初の方の魔物だったら苦労すらしないだろうし、俺も余裕がなくなる訳じゃないだろうから、柚餅子に何かあったら気が付けるだろうし。

 ということで、行ってきますか。迷宮ダンジョンの中に。







 迷宮ダンジョンの中に入ってから、早くも二時間が経過した。今日は入り口から進んでいることを考えると、最初から魔物と闘っているはずなのだが、柚餅子は未だにへバる様子はない。

 戦っている様子を見ても、前脚で蹴り付けたり、はたまた角で突き刺したりと多様だ。大抵は噛砕いているようだが。時折魔物をおやつにしてたりと、見た目は完全に悍ましい化け物そのもの。かなりの頻度でじゃれついて来るのを除けば。


 頼もしいというか何と言うか。この感じで行けば、今までよりも速いペースで迷宮ダンジョンの攻略が出来そう。何なら平日に柚餅子に迷宮ダンジョンの魔物の量を減らして貰うことも出来そうだな。

 まぁ、取り敢えず今は目の前の迷宮ダンジョンの対応だな。


 そうして戦い続けること数分、段々と周囲の魔物の数が増えて来た。どうやら、少し広い空間が出来ているらしく、そこに大量の魔物が集結しているらしい。入り口の付近から覗き込んでみると、体育館程度の広い空間が見える。


 なるほど。


 流れるような動作で、柚餅子を下から持ち上げて、部屋の中へと放り込む。レベルアップの恩恵でこんなこともできるようになったんですね。思ったより飛ばなかったけど。

 空中で身を捩る柚餅子。親指を立てて笑顔で見守ってやると、柚餅子が情けない声で鳴いた。私は地獄に投げ込むタイプの獅子。さぁ、頑張れ柚餅子。


 入り口から魔物が溢れ出てこないようにしつつ、柚餅子が戦う様を見守る。


 元は魔物であるが故か、最初は相手をする側も疑問を抱いたかのように柚餅子を見ている個体が多い。ただ、躊躇いもせずに同胞を喰らい散らして行く柚餅子の姿を見て、覚悟を決めたように襲い掛かってくる。ただ、覚悟なんぞをしたところで柚餅子の牙に貫かれてお亡くなりになるのだが。


 何度も言っていることだが、柚餅子は何よりも図体が大きい。そして、普段同じ場所に籠っている魔物よりは体力もあるだろう。更に言えば角がある分、武器が多い。

 ただ、闘っている様子を見るとそれだけではない。筋力の違いだとか、純粋な身体能力がズバ抜けて高いのだろう。明らかに他の魔物が完全に着いて来れていない。


 一対多数であるため、柚餅子は囲まれないように部屋の壁際で動き回りながら、Hit & Awayを基本戦法に闘っている。二匹が一度に向かって来れば、片方を蹴り付けて地面へと叩き潰し、数の有利を相手に渡さない。

 この数か月間の間、陸上では動きののろい水棲の魔物だけを相手にしていたはずなのに、明らかに戦い方が玄人だった。俺が出会う前にそれなりの戦闘経験を積んでいたのか、それとも純粋に天性の才なのか。


 相手の首筋に向かって噛み付くだけで、柚餅子の顎の大きさでは頭部を噛砕く形になる。軽く体当たりをするだけでも、サイズ感によっては相手は完全に戦闘不能になる。

 気が付けば、最初は二十匹を軽く超える数がいたはずの魔物は、柚餅子が躍動している内に、もう既に半分に減っていた。


 最初は正直あまり期待していなかったし、自分の中では完全にアニマルセラピー枠────主に老後の父親────だったが、このままで行くと本当に助けられそうだな。

 もし迷宮ダンジョンの攻略の速度が二倍になれば、それだけで純粋に収入が二倍。半年働いて半年休むとかいう成金な暮らしが出来るかもしれない。


 ということは、柚餅子を鍛えれば鍛えるだけ、俺が本来一人だけでこなせるスピードよりも速く迷宮ダンジョンを攻略できるということで。


 これは、柚餅子さんに頑張っていただかなければならないということでは…………?


 さぁ、どうしよっかな。純粋に考えて戦闘のスピードを上げるとしたら、数を熟すしかないような気もする。であれば、迷宮ダンジョンの中に魔物を放り込めば良いのでは。

 いやぁ、今後が楽しみですねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る