第30話 柚餅子さん、食べる

 然したる時間もかからずに、柚餅子ゆべしは大部屋の中の魔物を殲滅し終えた。

 にしても、魔物が居なくなってみて初めて実感されるが、何故にここまで広い空間が形成されたのだろうか。通常の迷宮ダンジョンというのは、基本的に曲折した一本道であることが多い。大抵が奥に向かって行るほどに地中深くへと潜って行くような構造になっており、どちらかの方向に回転していることが殆ど。道の太さと言うのも一定で、こうして時折広場のような場所が出来ることもあるが、ここまでの広さともなると見たことがなかった。


 広大な地下空間ってだけでテンション上がるよね。秘密基地感があって。ここまで広いと周囲の目を気にせずに色々できそうだし、柚餅子と思う存分戯れたくなったらここに来るとか…………。今は森の中で走り回っていることが殆どだが、木々が多くて邪魔なのも事実。更に言えば、この森に誰か探索者シーカーが派遣される可能性がゼロではないのも確かだった。だったら、こうして周囲の視線が気にならない場所を把握しておくのも一つの手だ。


 ちなみに、迷宮ダンジョンと言うのはゲームのように層になっている訳ではなく、階段も何もない。何なら迷宮ダンジョンという名も俗称であり、正式名称は他に有る。

 上層、下層などという言葉を使ってしまうのも基本的にはネット文化が基であり、迷宮ダンジョン関連の語句というのはゲームなどから取られたものが多かった。迷宮ダンジョン発生当時、命知らずのネット民達が一早いちはやく盛り上がり、俺が俺がと攻略に乗り出そうと息巻いて迷宮ダンジョン関連の情報を整理し始めたことが原因だろう。魔物被害により日本の人口が三割減した辺りから、そういったテンションの話題も聞かなくなってしまったが。

 現在では、ネットと言えばもっぱら現実逃避の道具だ。最早新規参戦のゲームやコンテンツが存在しない中で、過去の事物に縋り付くだけの場所。何なら迷宮ダンジョン関連の話題を出してしまえば誰もが口を噤むほどだった。

 だからこそ、迷宮ダンジョン関連の情報を集めようとすれば、試験勉強対策のサイトか、もしくは行政関連の公式サイトからでしか情報収集が出来ていない。


 閑話休題。


 血だらけで飛びついて来た柚餅子を受け止め、バッグの中から食事を取り出す。時刻は既に十一時を回っており、そろそろ昼食を食べる時間だ。今日は柚餅子もいるので、少し早めに帰るつもりでいる。したがって、それに応じて昼食の時間もいつもより少し早めだった。


 柚餅子は地面に転がっている魔物の死体を一体引き摺って来て、隣で牙を立て始める。こうしてみると、本当にただ大きいだけの犬にしか見えない。

 特に野生の犬だったら、餌を食べるときは似たような姿になるだろう。口の周りが血だらけで、前脚で死体を抑えつけて、腹ばいになって食事を貪っているあの姿だ。

 犬。非常に犬。


 そう言えば、叩き潰して回った魔物の死体だが、実は迷宮ダンジョンの中では大抵が木乃伊みいらのような状態を得てから朽ち去って行く。迷宮ダンジョンの中では基本的には水分はNGであり、例えば水筒か何かをぶちまければ瞬間的に凄い勢いで全ての水を迷宮ダンジョンに吸収されるのだが、その作用のお陰で死体の血液が吸収され、乾き切った状態で放置されることになるのだ。そのため、迷宮ダンジョンの中でいくら死体を撒き散らそうと、次来た時にそれが腐っているなどということにはならない。乾いて皮だけになっている死体や、骨だけになっている死体を見ることは多いが、異臭を放っていることもなければ、水分が抜けてもろくなっているために邪魔になることもない。

 何なら死体が基となって、朽ち果て砂のようになり、それのお陰で岩場が歩きやすくなることもあるほど。死して尚人の役に立つとは…………。感動で涙がちょちょ切れそうだね。


 食事に満足したらしい柚餅子が、下半身と上半身の骨だけを壁際の方に足で追いやって、立ち上がる。

 そう実はこの行動、これのお陰で迷宮ダンジョンの奥地の大量の骨の謎が解けた。自然死しただけでは骨だけの状態にはならないだろうと思っていたのだが、食事として美味しく頂かれたのだったら納得だったからね。魔物同士で捕食し合ってるからあそこまで体がデカくなって、更に言えば骨だけの死体が大量に生成されてた、と。ついでに言えば迷宮ダンジョンの奥地だけでしか魔物同士で戦ってる姿は見ないし。あれも食物連鎖的somthingの一環だったと思えばかなり納得。


 さて、この犬ゆべしを見てて思ったんだが、誰か他人に「人間に敵対するタイプの魔物」だと勘違いされたら────現に人類の敵であることには間違いないし、どこからどう見ても魔物なのだがそれはこの際置いておくとして─────どうしようという悩み、首輪か何かを付けて飼い犬アピールをすれば万事おっけーではという天啓を得てしまった。

 いや、流石に野生の魔物が勝手に人工物の首輪をつけ始めるとは誰も思わんだろう。だったらアピール用の目立つ何か─────例えば全身ハーネスも良いので、犬が付けそうな首輪みたいなものを付けていれば、見かけた瞬間に問答無用に叫んで通報されることはなくなる。……………と信じたい。

 まぁ、物は試しというやつである。面白そうだし、一旦やってみようかなと。


 ……………いや、なんか、ペットっぽいじゃん。首輪。ほぼ代名詞だろ。ちょっとは動物飼ってる感楽しませてよ。




──────────


ちなみに英文法的には「食物連鎖的something」よりは「something食物連鎖的」の方が正しい。

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