第28話 柚餅子さん、走る

 さて、ということで、今日は初めて柚餅子ゆべし迷宮ダンジョンに連れて行こうと思っている。一応山の中に隠して育てているからまだ大きな問題にはなっていないとはいえ、傍から見たら完全に人類の敵だ。デカいし。角生えてるし。だったら魔物とも戦えるんじゃないですか、と思いまして。

 近寄ったときにすっごい嬉しそうに跳ね回る感じは、完全に犬なんだけどね。水棲の魔物とかも、捕まえて態々持って来てくれるときとかあるし。ただ、残念ながら私に魔物を食べる習慣はなくてですね。…………良く考えてみたら、別に食べれなくもないような気がしてきた。火を通して殺菌とかはした方が良いだろうけど、大部分は普通の動物と同じわけだし。

 後で試してみようと思う。


 ともかく、今日は柚餅子さんの初陣。幾ら此奴が迷宮ダンジョンの奥地出身であるからと言って、流石に初日から飛ばすというのは心配だ。

 何となく、今の柚餅子を見ている限り、そんじゃそこらの魔物には負けないような気もするけれどもが。現に普段の食事の時には獲物を虐めて遊んでたりもするし。

 …………さぁ、魔物を虐めて喜ぶなんて誰に似たんでしょうねぇ。


 そして、今日はやってみたかったことを。


「わぁ…………」


 それは、柚餅子の背中の上での移動だ。

 デカい生き物飼ってたら、一度は試してみたくなるよね。運んでもらう奴。

 時折森の中で放していたため、柚餅子の走る速度が速いことは分かっている。体が走るために出来上がっているためかは分からないが、既に俺より幾分も速かった。背中に座っていると、太ももの下で筋肉が力強く動いているのを感じる。景色が跳ぶように流れて行く。


 凄い楽しそうな様子で、柚餅子が跳ね回る。

 ここ最近の平日は、毎日朝と夕方に柚餅子と戯れていた。大抵は森の中を走り回っていることが多いが、偶にじゃれ合ったり、フリスビー持って来て柚餅子がぐっちゃぐちゃに噛砕いたりもしている。そのため柚餅子の癖だとか性格だとかをそれなりに把握して来たので、何となく走り方で今の柚餅子のテンションが高いことが分かった。

 一応俺も体重が六十後半になって来たので、そんな軽々しく運べるようなものではないと思うのだが。そんなことは気にも留めないと言わんばかりに、柚餅子がめちゃくちゃ楽しそうなのは何故。


 柚餅子とのコミュニケーションに関しては、今のところは何となくで意思疎通しているとしか言いようがない。もう既に色々とファンタジーなのだから、柚餅子が急に立ち上がって日本語を話し始めても驚かないようにと、心の準備は既に済ませているのだが………。

 そもそも私は人間相手であっても話さないので。犬より先に人と意思疎通しろよという話でありまして。更に言えば、父親とは一応話すが、何をどう理解しているのか我が家族の皆様方は俺の言いたいことを言葉なしでも把握してくるので、日常会話も実は殆どなかったりもしてですね。…………良く考えると、本当に喋ってないもんだな。


 とまぁ、会話が出来ているかと言われたら完全にそれはないのだが、柚餅子の賢さはそれなりであるようで、粉骨砕身モードで懇切丁寧にジェスチャーをすれば分かってくれたりもする。今日なんかも背中に乗ろうとしたら最初は困惑してたけど、頭撫で回したら満足したみたいで何も気にしなくなってたし。背中に乗ったら乗ったで、体重移動した方向に合わせて走ってくれるし。


 しっかし、背中の上がここまで良いものとは。


 馬に騎乗している人間なんかをテレビで見て、楽しそうだなぁと思ったことは幾度かある。車やら電車やらという乗り物よりも、何か生きているものの背中の方が実感があるように思えて。

 ただ、実際に乗ってみてここまで楽しいとは思っていなかった。ちょっとこれは、今後も柚餅子の背中の上で移動することが増えるかもしれない。普段は走ったりもするのだが、やはり人間の足では、この足場の悪い森の中では移動がしにくく、目的地に到着するまでに時間が掛かったりする。ただ柚餅子の上であれば、柚餅子も楽しい、俺も楽しい、移動時間短い。winwinwinぐらいの関係なのだから、最早これは躊躇うべきではないだろう。


 調子にのって、柚餅子の背中の上で体を持ち上げて手を広げる。下半身の筋力は重点的に鍛えているので、高速で疾走し続ける柚餅子の背中の上でも、足でしがみ付いていることはできた。

 こうして上体を起こすと、それだけで急に視界の高さが上がる。森の中とは言え、この季節ではあまり葉々が繁っていないために、遠くの方までの情報が視界に入って来た。顔面に風が強く当たるのが気持ち良い。


 と、前方から迫って来た木を避けるために屈む。流石に柚餅子ほどのサイズの魔物の上に乗った状態で立っているには、森の中と言う環境は障害が多すぎた。


 ここまで移動速度が上がるとなると、今度柚餅子と共に遠出するのも良いかもしれない。魔物を連れて歩くというのは方々に迷惑をかけかねないので、なるべく人里のない方向を選ぶ必要があるだろうが。


 いやー、夢が広がるねぇ。


 走っている柚餅子の首筋を撫でる。柚餅子は喉の奥で小さく鳴いて、嬉しそうに首を振った。



─────────


ちなみに柚餅子さんは、淳介に対してかなりの上下意識を持っています。最初に既に殺されそうになってるので。ただ、餌をくれるのでかなり懐いてますね。

淳介の父に対しては、同じ主人に仕えている同胞的な扱い。ただ、餌を分けてくれるという点では優しい奴だと思われています。そして淳介は柚餅子に対して色々と割と酷いことをしていますが、柚餅子にとっては「実害を伴ってないのでセーフ」判定。放置して死にかけた際には、柚餅子自身も、自分の体に何が起きているのか分かっていなかったですし。そしてその死にかけた記憶は、その後の初の食事、水棲の魔物で全て消え去りました。


「柚餅子の優先順位」

淳介>食事>淳介と戯れること>>>>>>>>淳介の父

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