第55話 研究畑の愉快な研究者たち
色々ともう諦めたい。そんな現実逃避に思考が染められている今日この頃ですが。
最初は凄い反対してくれていた例の女性────
精一杯の抵抗を試みたが、凄い勢いで引っ張って行こうとする橘さんに逆らえず、最終的には建物の外に連れ出されて、目の前には鎖に繋がれた魔物が居た。
全身に格好悪い防具を装着させられ、一応常識人的な部分を見せようとしたらしい大曾根さんが救急治療用の諸々を持って来たりと、状況が着実に整えられて行く。
逃げたい。非常に逃げたい。ただ、状況が状況と言うか主に自分のコミュ障が原因で言葉が出ない。
橘さんが最初に魔物を連れて来るように頼んだ山島さんという人は、この研究所の中では珍しい研究を生業としない人であるらしく、一人だけ白衣を着用せずに作業着のようなものに身を包んでいる。楽しそうに語る橘さんによれば、あれはつなぎ服のように見えてかなり強靭な素材でできているとのこと。
その解説は良いから帰りたいのですが。現在の場所を把握していないばかりに逃げようにもどこに逃げれば良いかが分からない。
もう映像見られてるんだから諦めたらどうかって? 恥ずかしいんですぅ。戦い方とか本当に酷いもんなのでぇ。人に見せられるようなもんじゃなくてですねぇ。
ちなみに渡されている武器は、少し長めの両手剣のような物。幾つか置いてあった武器の内、使い易いものを選ぶように言われたのだが、流石に棒はなかった。っていうか銃火器が殆どだった。私使ったことないので使えないのですが。非常に残念ながら。
ただし渡された武器は、強度に着目すれば自分が使っていたものよりも格段に質が良い。やっぱ一般人が適当に用意した程度のものでは太刀打ちできないということなのでしょうね。分かってはいたけれどもが、少し悔しいというか何と言うか。本格的に武器が欲しくなってきたところなので、帰ったら少し考えてみましょうかと。
と、そんなこんなをしている内に、もう少しで魔物を放すとのこと。ただし放すとは言っても、今縛っている鎖の内一つを外して、動ける範囲を少し広げるだけらしい。両脚には枷を付けたままの状態で戦うようで、魔物は非常に動きづらそうにしていた。
魔物の大きさとしては、あまり大きな個体ではない。人里からあまり離れていない場所にいる、森の中でよく見かけるような魔物だ。
…………無用に長引かせるのもアレよね。身体能力を見せびらかしているようにもなりたくはないし、かといって素早く倒せますよみたいなのをアピールしているみたいに見えるのも恥ずかしいし。
何が無難? 真っ直ぐ進んでってぶん殴るで良し?
もうなんか面倒になってきた。深く考えたところで無駄でしょ。後で黒歴史には苦しむとして、今日は心を無にしますか。
山島さんの合図で、魔物の枷が外される。
迫りくる魔物に備えるために武器を正面に構えようとするも、何も動きがない。戦闘態勢を取っているらしい魔物は、近付こうとはしないで静かに体勢を低くしていた。
どちらにも動きがないまま数秒。ついに魔物が動いたと思ったら、ソレはその場に突っ伏した。そして情けない声で鳴きながら、縮こまる。
なんか非常に見覚えがある。頭の中でじゃれ付いて来る柚餅子を思い出しながら、剣を下ろした。
いやぁ、めでたしめでたし。
結局あの後、いつもより動きがない魔物に対して、普段はできない研究が出来ることに気が付いたらしい皆さんが凄い勢いで魔物の方へと寄って高って色々なことをし始めたので、結局魔物との戦いは有耶無耶になった。
ただ、一応は動きを止めているとはいえ、自分がその場を離れたら魔物が暴れはじめましたなどということになるのも後味が悪いので逃げ出すようなことも出来ず…………。
何となくここの人たちは────趣味嗜好が死んでいるであろう橘さんを除いて────根本的な部分で人間に興味がなさそうな性格をしているので、一緒にいても負担ではなかった。返事をしなくとも基本的には気に掛けないでいてくれるというのがありがたい。
それ故に、テンションマックスでわちゃわちゃしている研究所の人たちを眺めているというのも割と楽しかった。
にしても、例え完全に服従ポーズを取っているからといって、歓声を上げながら魔物に飛び込んでいくのはどうかと思う。
普通に考えて人類の敵でっせ。逃げようよ。ねぇ。
そして残念なことに、一番自制心を保てていなかったのは大曾根さんだった。危険の有無を確認する前に真っ先に飛び込んで行ったのは彼女だし、それからずっと魔物の傍を離れる様子がないのも彼女だ。
最初に私が魔物と闘うことに反対していた人は一体どこに行ってしまったんでしょうねぇ。流石にもう一般人ぶるのは厳しいと思うんですが。
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