第5話 はじめてのだんじょん

 さて、そういう訳で身体能力が向上してきたのだが。

 そうなると自分で魔物と闘ってみたくもなるよね、ということでありまして。


 いやね、流石に危険だから迷宮ダンジョンに挑むのは止めようと思ってたんですよ。怪我なぞしたくはないというのがパンピーとしての本音ですので。

 でもちょっとここまで調子良いと気になるじゃないですか。実際魔物の強さってどのくらいなんだろうってのが。


 ただし、実際の所迷宮ダンジョンに勝手に挑むことは基本的に難しい。

 というのも、迷宮ダンジョンの内部に仕事として入って行けるのは探索者シーカーとしての資格を持つ者だけ。一応は銃火器を扱う職業であるため、探索者シーカーライセンス────つまり調査員免許というのは国家資格だ。資格取得も難しければ、資格を取ってから実際に仕事を始めるまでに必要な条件なども多々ある。

 更に言えば迷宮ダンジョンも一般に開放されている訳ではなく、討伐依頼についても迷宮ダンジョンを保有する公的機関と企業との間でのやり取りが殆ど。命の危険に塗れている迷宮ダンジョンに勝手に侵入しようとするような者はほとんどいないが、それでも一部の無謀で命知らずな男子高校生などの者共が調子に乗ってやってきたりするので、公的に管理されている迷宮ダンジョンは大抵が厳重に封鎖されている。


 ただ、時間の経過に連れて数を増やして行く迷宮ダンジョン全てを対応することは、いかに国家権力を以てしても難しい物がある。それが人の少ない山奥などであれば尚更。それ故に田舎などで発生した迷宮ダンジョンというのは、その土地の受け渡しや管理依頼が無い限り、国が積極的に管理に乗り出すことはない。例え管理を依頼されたとしても、場所によっては手を出さない場合もある。迷宮ダンジョンの規模が埒外に大きくなってくればまた話は別なのだが。

 したがって、この十五年の間に、都心への人口集中は急速に加速している。そして今まで以上に過疎化した山村部では管理者不在で廃れた迷宮ダンジョンが大量に発生し、更にそれが中心都市へと人口を追いやることに一役買い───………。負のループと言えばまだ取り返しがつきそうだが、その実態は追い詰められただけの鼠。窮鼠猫を噛むと言うが、自然そのものである迷宮ダンジョンに歯向かう手段を人が持つ訳もない。


 こういった事情があり、敗戦ムードと呼べばいいのか、人類の───交信の絶たれている海外の状況を知る術もないため、より詳しく言えば日本の───間に漂う雰囲気は割と荒んでいる。

 今現在の自分の住居付近においても、人は段々と姿を消している。我が家の裏手にある迷宮ダンジョンが表沙汰になっていないのも、これらが背景だった。


 まぁ、つまるところ。


「壮観ですなぁ」


 人里離れちゃえば幾らでも迷宮ダンジョンはあるよねって話で。


 目の前に広がるのは山の中腹に空いた巨大な洞穴どうけつで、その周囲には跳梁跋扈する魔物等。有り余る体力に任せて少し奥の方まで来たため、想像以上に大きな迷宮ダンジョンが放置されていた。

 人の手が加えられていないため迷宮ダンジョンの中が魔物で埋まり、行き場をなくした魔力が溢れ出たお陰か、その周囲にも魔物が大量発生する。目の前にあるそれ、、は、そういった典型的な「荒れ果てた」迷宮ダンジョンの一つだった。


 つまり、やってまいりました迷宮ダンジョンでございます、ということでして。


 流石に迷宮ダンジョンに無策で突っ込むような真似をするほど危機感を捨てたわけでもないので、今は魔物達から距離を取った場所でゆったりと眺めている。

 というか、ここまで魔物で溢れ返っているとは思わなかった。ここまで中々の距離を歩いてきたのだが、その間に遭遇したのは鳥やら蛙やらのみ。

 まぁ、幾ら都会ではないとはいえ、人が過ごせる程度には平和なのでね。森に入った途端に魔物に襲われるような環境ではないわけですよ。


 そして、無策ではないと言ったのは。


「何とかなるもんかねぇ。どうでしょうねぇ………」


 ボソボソと独り言を呟きながら、鉄パイプの感触を確かめる。


 そう、これは全ての男子が恋焦がれて止まないもの────棒!

 一度握ればその精神は変貌し、それを持った者は一瞬にして周囲の危険を顧みない好奇心の塊へと姿を変える。一繋ぎの大秘宝ワンピースを求めしの英雄をも虜にしたという、全ての理を超越し───………。


 冗談はさておき。


 この鉄パイプは家の物置に眠っていたものを持ってきた。今ほど迷宮ダンジョン事情が逼迫する前には日曜大工を嗜んでいた父親が秘蔵してきたものだ。

 筋力が高まって来たというのは戯言ではないらしく、鉄パイプ武器を振り回すことには何ら問題もない。


 いやぁ、やっぱり鈍器が正義。

 刃物とか色々考えたけど、レベルアップの恩恵を活かせるのは直接殴る鈍器でしょうからね。ちょっと不良みが凄いけど気にしちゃいられないね。

 迷宮ダンジョンに入らなくても魔物と接敵することはできそうだし、取り敢えず適当に近づいて殴るで良いだろう。


 ………こら、「やっぱお前無策だろ」とか言うんじゃありません。

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