第6話 衝動
こんな場所で突っ立っていても何も始まらないので、深呼吸をして、更に呼吸を整えてから、前へと走り出す。以前の自分よりも格段に速く動かせる足は、こんな足場の悪い森の中でも壮健だった。
若干の緊張は避けられないようで、足を一歩踏み出す度に心臓が拍動するのを感じる。
さて、話は変わるが。
いや今話変えるのかよって話なんだけどね。
────足音を聞いた魔物が跳ね上がるようにこちらに視線を向け、その牙を剥きだしにして唸る。
筋肉痛擬きが辛いっていう話はしたと思う。まぁ、ここ数日筋肉痛は来てないから割と流れが変わりつつあるのだが、それはそれとして。
実はそれ以外にも異常はあった。いや、より正確に言えば、ただの違和感でしかなかったのだが。
最初は、気のせいだと思っていた。いや、気のせいだと信じたかった。それでも、
それが分かってからは、最近の人類の不況の、この漂う重たい雰囲気にやられて、自分も気が変になっているのだと思っていた。
────振り上げた鉄パイプ。それを振り下ろす前から鼻腔を刺す、鮮血の匂いの予感。
度を超えた破壊衝動。
同様の経験がある人は少ないかと思うが、もしいれば、これが如何に辛いかは分かってくれると思う。普段より格段に怒りに思考が染まりやすく、そして衝動的な行動を抑えられないことが増える。自分が自分でなくなってくような気がして、それが更に苛立ちを増長させて行く。
抜け出せない。
力が強くなったのが、より一層事態を悪化させている。
衝動を堪えようとして握り締めた物が悉く自壊して行く。スマホも壊したし、つい殴り付けたベッドもマットレスのスプリングが歪んだ。記憶がない内に手を出していたのか、いつの間にか本棚にも穴が開いていた。
────自らの腕が
どうにか隠そうとしていた。こんな衝動を隠して生きて行ける程、器用な性格はしていない。
どうにか耐えようとしていた。変わりゆく自分自身が恐怖だった。
ただ、もう耐えなくても良い。
振り回すには、鉄パイプではあまりにも軽くて物足りない。こんなもので生き物を叩き潰しても、薄い感触がやんわりと伝わってくるだけ。それだけでは、あまりにも面白くない。
それでも、自分の中で自制を促す声がある。そこから先に踏み込んではいけないと、踏み留まらせる言葉がある。
────生温かい血の、燻るような強い匂い。
ただ、人類の敵なら。幾人もの無辜の民を死に追いやってきたような存在なら。
良いよね? ね?
まぁ、許可出されなくても勝手にやるんですけどね。
駆け出したままの勢いで殴りつけた魔物は既にその命を潰えていた。鉄パイプがここまで軽く感じるとは思ってもいなかったが、闘う分に不備はなさそうだ。魔物もそれ相応に硬いのか、鉄パイプの先端部分が若干
いや本当に怖かったのよ。おかしいじゃん。ずっとイライラしてるし。「殺戮衝動が………!」なんて言ってると中二病扱いされそうだから言わないけど。
いつの間にか蟻の行列眺めながら一匹一匹指先で潰してたときはビックリしたよね。端から見たら完全にサイコパスだし。てか無意識ですぜ? しかも指先。純粋に汚い。
え、いや、私はサイコパスではありませんよ? いやだなぁ、こんな善良な市民が気の狂った人間だなんて、そんなわけがあるわけないじゃないですか。
やべ、今はそんな場合じゃないんですよ。
というか、この魔物たちはどう感じているのだろうか。今殺した魔物は明らかに他の魔物と種類が違うわけだし、同族が殺された恨みなんかでこちらを見ているようには見えないのだが。
………ん、あれか。俺が感じてる衝動と似たようなモンを魔物も持ってる可能性があんのか。俺がこの衝動を感じているのは明らかに魔物を殺したせいだろう。ここまでの異常を引き起こす物として考え付くのは
それはそれで生きるの大変そうだね。実際俺は大変だったわけだし。
ということで、火蓋が切って落とされたわけですが。
まぁ、私がすることは変わらないよねという話で。
明らかに自分の精神状態が良いことを感じながら、前方へと走り出す。向かう先は
鉄パイプを両手で握り直し、その感触を密かに確かめる。
魔物はその身を翻して、そしてこちらに駆けて来る。
足の裏で、靴のソール越しに森の粗い地面の感触を確かめながら、腕の範囲内に入った魔物の頭へと鉄パイプを振り下ろした。
─────
クエスト 「はじめてのだんじょん」が 始まりました
にげる
はなしあう
*たたかう
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