第7話 返り血と帰宅

 さて、もう日が暮れそうなんですが。…………いや、色々と言いたいことがあるのは分かるよ? さっきまで魔物と闘おうとしてたところだったじゃん、とか。結局一日戦い続けてたんかい、とか。


 ────その周囲に大量に倒れている血まみれの魔物の死体は何か、とか。


 まさか闘ってる最中に更にハイになるなんて想像もしてなかったよね。でも元から極限状態だったからね。予測できなくても仕方ないよね。

 ゆるしてください。何でもします。いや何でもはしないけど。


 手に持った鉄パイプは歪んで、もう原型を留めて居ない。本当は怪我とかが怖いから素手で戦うなんてことはしないように思っていたんだけど、ここまで歪んじゃうと手で殴った方が速いとか思わなくもないよね。流石に拳では戦わなかったけどね。


 ただ、長時間の戦闘で随分と服が汚れた。家にいるのは父親だけだろうから、彼が眠っていればなんとかなるとは思うのだが………。

 微妙なタイミングで絶妙な察しの良さを発揮する父親のことだから、鉄パイプ抱えて家を飛び出した時点で色々と把握していそうではある。姉が結婚の報告しにくる時も、母親が不倫してたことが発覚した時も、父親だけは落ち着いていた。察してるなら何かアクション起こせよとは思わなくもないけどね。


 ま、気にしても仕方がないか。どうせ服が汚れてるのはこの場では洗いようがないし。どっかで服買えば解決かもしれないけど面倒だし。金持ってないからどうもこうもないし。

 っていうかこの田舎に服屋なんてないけどね。自分の住んでる場所からは別に十キロも離れてない場所にあるから車か自転車で行けなくもないけど………。徒歩だと、ねぇ………。今いる場所栄えてる側から反対だし。


 とりあえず歩き出す。行きはまだ小走りでこちらまで来る元気があったけど、動き続けたせいで体力ガガガガ。

 というか、魔物を殺し続けてレベルアップをするらしいはずなのに、今日の魔物との戦闘では何も感じないのはなぁぜ。確かに殺す魔物の量が少なければレベルアップを実感することはできないらしいとは聞いたけれどもが。一日戦ってましたよ私。どうなんですかね、そこんところ。


 ………よく考えれば、今日とて、迷宮ダンジョン中の魔物を殺し尽くしたわけではない。大量に魔物を殺した、と実感はしていても、それは自分が手ずから戦闘をしているからそう感じているのであって、総数は三十匹かそこら。昼食も取らずにこのペースで戦い続けたのだから、魔物との戦闘に手間取ったという訳ではないと思うのだが。


 となると、どれだけ魔物を倒すことによる身体の強化に頼ることが現実的でないかが分かる。今日は三十匹かそこらと戦った訳だが、それは強化された身体があったからこその話であって。もしレベルアップという裏技なしの自分の身体能力であれば、まず戦いにすらならないと思う。

 しかも、レベルアップの増進がある自分でさえ、この量と戦うには精神的にも身体的にも厳しかった。身体能力がいくら向上して、体力がいくら増加したとはいえども、元の体は人間の身体の枠を超えないものであって、無理な動きをすることもなければ、酷使されたことで疲労された筋組織が魔法のように復活することもない。

 一日のみならまだしも、連日となるといくらレベルアップを重ねた者であっても厳しいものがあるだろう。


 であれば、仮令たとい企業にサポートされて魔物との抗争にその人生を捧げるような探索者シーカーであっても、レベルアップに頼り切るということは難しいのだろう。だからこその銃火器で、だからこそのあの強靭な身体。

 探索者シーカーは、レベルアップだけでやって行けるような生半可な職業ではない。


 しかし、そう、自分の場合には無限に魔物を殺し続ける迷宮ダンジョンがある。普通であれば血の滲むような苦労と緊張によってもたらされる量のレベルアップを、ただただ待っているだけで享受できる代物が。

 迷宮ダンジョンの隅に至るまで、発生する魔物を片端から殺して行けるようなモンスタートラップ────それが、いかに破格のものであるか。それを今までは分かっていなかった。


 ただ、だからこそ、このままじゃ不味いとも思うんだけどね。

 それこそ探索者シーカーになるような人は、さっき言ったように常日頃から危険を意識して生きている。レベルアップという不確定要素を抜きにしても戦えるだけの戦闘能力は、有しているだろう。それだけの覚悟が無ければ続けられない仕事だというのは、俺も良く知っている。

 であれば、自分はどうなのかと。こんな偶然の産物によって、突然に力を得ただけで、ろくに自分では努力もせず、適当な意識で迷宮ダンジョンやら魔物に挑む。これで、本当に良いのだろうか。


 別に完全に悪いってわけでもないとは思うんだけどね。人生は運あってなんぼだし。ただ、それに頼り続けて生きて行くのはちょっと格好悪いと思うだけでありまして………。

 こんなことが思えるってのも恵まれてる証拠ではあるのだろうが。


 人というのは結局外聞を気にして生きて行くものだ。いかに自分の好きなようにして生きられるか、それに頼って生きて行くというのも悪くはないだろう。

 人の流れに迎合する生き方も、楽ではあるけどね。そっちの方が性に合ってるし。


 ま、なるようになるか。

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