第111話 謎能力

(佐藤淳介視点)



 時間は、というよりも日々は刻々と過ぎて行っている。体躯からして不利な戦いではあったが、実際にここまでの状況に陥るとは思ってもいなかった。一進一退、と言えば響きは良いが、明らかな膠着状態。

 何せどちらにもいわゆる回復能力がある訳で。かたや攻撃力が足りず、かたや攻撃が当たらないとなれば、勝敗がどちらかに傾くことはない。


 ………正直そろそろ飽きてきましたねぇ。恨み辛みが募って六条の御息所になりそう。


 まぁ、とにもかくにも。此方としてもそろそろ体力の限界なので、何かしらの決定打を見つけなければということですね。この数週間の間ずっと考えてきた上で何も思いついていないのだから、望みは非常に薄くはあるものの。


 ということで、日課のドラゴンアタックの最中の訳だが。

 なんか今日弱いな、おぬし………?


 動きが鈍いというか、何と言うか。明らかに脚の動きも遅いし、牙を剥きだしにして迫って来るいつもの動きにしても、切れが足りない。

 相変わらず標準デフォルトの怒り顔だが、それにしても色々と追いついていないような印象が。


 なんでしょうねぇ。こちらとしては、今日の状況が普段とどう違うのか、ちょっと良く分からないのですが。

 こうやってちょっとした変化があった時にちゃんと気が付けるような人が成功して行くんでしょうね。と、思いつつ。ふと日和の顔が思い浮かぶ。

 ちゃんと目の前の龍に集中しなくては、とは思っているんですが。流石に会ってなさ過ぎて色々と欠乏症が起りそうで困っている。最近時間が空いている時には大抵彼女のことを考えている、と言えば、どれだけ限界常態か分かるだろうが。


 彼女には心配かけていると思っている。日和以外にも、姉やら義兄やら、父親やら研究所の面々やら。あの魔物騒動の後何もなかったかも気にはなるし、本当の所を言ってしまえば帰りたい。

 ただ、如何せんどちらに行けば帰れるかが分からない。その上、この龍と対面で色々と試せるという状況は、逃すには惜しい機会だった。


 何せ、そろそろ魔物自体の問題を解決せねば、流石に困る。知らない人も含めてこの世の人間全員助けようだとか、そう言った高尚な精神を持ち合わせているつもりはないが、だからと言って血も涙もないわけではないので。

 だからこそ、この機会を活かさなければならない。明らかな異常である龍から何かしらの情報を引き出せなければ、この先どれだけ地獄が続くかが分からない。魔物の研究は進められている。それでも何も分かっていない。地道に研究する以外に何かしら道が必要だった。少なくとも自分はそう思っていた。


 話が逸れに逸れた。

 ここまで色々と考えられるのも、余裕があるからに他ならないのだが。


 ────と、油断していたのが祟った。


 唐突に口を開いた龍が、目に黒々とした光を湛えて炎を吐き出す。その奔流が、その光が、視界に急激に迫って、瞬く間に視界を覆う。


 反射的に、両手を顔面の前に掲げた。それだけで防げるものはないとは、頭のどこかで理解していながら。

 やけに緩慢とした動きで、閃光が迫り来る。徐々に、徐々に、視界を埋めるようにして。


 熱さに肌が焼けるようで、焦げ臭さが鼻の奥へとこびり付いて、強熱された全身が骨の奥から軋むような感触がした。

熱は次第に辺りを包む。ゆったりと、何か重たい液体で辺りが満たされているかのようにして。


 …………ん? いや、これちゃんと炎止まってるっぽくね?


 今まで動かせなかった耳が動かせるようになったような、やけに居心地の悪い感覚を感じながら、必死に両手を前に掲げたまま横に跳ねる。炎の行く先から逃れた途端に、入れていた力が抜けて、龍の吐き出す熱の奔流が辺りを襲った。


 火事場の馬鹿力とも、窮鼠猫を噛むとも言うが、人間窮地に立たされると想定外の力に目覚めるものらしい。


 もはや龍畜生と闘っている所ではないので、一旦逃げる。

 数十メートルも離れれば、龍はいつものように興味を失い、獲物を追うのを止めた。足を止めて龍の方向を向けば、また例の感情の抜け落ちた爬虫類畜生の顔に戻って、体力を回復するかのように身を縮こまらせて動きを止める。

 それを見届けつつ、拠点としている場所に向かう。


 まさか、この時期タイミングで謎能力に目覚めるとは思ってもいなかった。確かに漫画なんぞでは有りがちな、チープな展開ではあるが。

 創作物に準拠するというならば、ここ数週間何の進展もない状況に陥ったことに文句を言いたい。切実に。何せ、滅茶苦茶に辛い時間だった。


 これが何であるか判明しなければ埒が明かないので、龍の炎を止められたことが、この苦境の成果かどうかは分からない。ただ何にせよ、何の変化もない単調な日常よりも変化があった方が嬉しいものだ。

 取り敢えずは一旦、持ち帰って検討ですね。





―――――――――――――――



大変永らくお待たせしております。

本来の予定よりも話が長引いたせいで、忙しい時期に丁度被ってしまい、長いことこのサイト自体を開く時間すらなく………。

この時期に多忙ということで事情をお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、ここから更に二月ほど忙しさが続く予定です。できれば、時間が空き次第続きを書ければ良いなとは、思っているのですが………。

後少しというところで申し訳ございません。

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